第17話 どこにでもいる暗黒騎士と騎士と王様と

 エーゲモード城は白亜の城とも形容される美しい城だ。


 外壁は純白の煉瓦で組み上げられ、広大な庭には色とりどりの花が咲く。場内には赤い絨毯が敷き詰められ、天井から壁まで煌びやかな装飾品が調和を生む。


 この世の栄華を凝縮したような城の中を、アスカとハジメは歩いていく。


「はぁー、すっげぇなぁ。あれは魔石を使って照明にしてんのか……使えそうだな。あっちは削った場所が光を屈折させて、へぇ……」

「下手に触らないでくださいよ。平民の首が飛ぶくらい高いんですから」

「うへぇ」


 珍しいものを見るようにキョロキョロしていたらアスカに釘を差され、こえー、と顔を顰めるハジメ。


「で、どこにいんだよ王様は」

「この城には東西南北にそれぞれ塔があります。恐らくそのどれかかと」

「おいおい、こんな広い城の四箇所を虱潰しってか?」


 時間ないのに、と肩を落とすハジメにアスカは笑いながら言う。


「流石にそこまではしません。会った人に話を聞いてみましょう」

「そんなにうまくいくのかよ」


 行き当たりばったりにしか聞こえないが、アスカは問題ないと笑みを浮かべる。


 そんな二人の前、廊下の奥から武装した騎士が歩いてくる。


 衛兵とは明らかに違う装備を身にまとう騎士を見て、アスカは「上級騎士です」とハジメに耳打ちして騎士に近づいていく。


「もし、そちらの騎士様。少々お時間はありますか?」

「……なんですか?」


 手揉みしそうなほど低姿勢で近づいてきたアスカを訝しそうに見つつ対応する騎士。


 それがですね、と話し始めたアスカの後ろで騎士を眺めていたハジメは彼の顔に見覚えがあることに気がついた。


 鎧の紋章に蒼い外套をつけた鎧。


 短めに切られた焦げ茶色の毛髪と硬質な光を放つ鳶色の瞳。


 少し丸みがあってまだ幼さを感じさせるが端正な男性へと変わりつつある顔立ちは、森の中でリンの妹を守っていた騎士のもの。


 ああ、あの時の、とハジメが思い至ったところで相手の方と目が合った。


「どう言うおつもりですか?」

「……どうと言いますと?」


 アスカの言葉を無視した騎士の発言に眉をピクッと動かして疑問を投げかけるアスカ。


 彼の質問に対して騎士は、腰の剣を抜くことで答えた。


「そっちの異質な力を纏った者です。貴方は王の行方を尋ねてきた。そのような者を連れてです」


 それを聞いたハジメは、心のなかで「あちゃー」と頭を抱えてしまう。


 魔族であること、言葉を通わせるために水晶の力を使っていること、二つとも魔法に長けた者が見れば違和感があるだろうとはハジメも考えていた。


 しかし、それを王の体調不良と結び付けられるのは予想外だった。


「いえ、そんな。彼は私の弟子でして」

「ならば貴様が王を呪う指示をしたということか?」

「そんなことは――」

「いいよ師匠。そいつの言う通り怪しいからな俺」


 庇おうとするアスカにまで敵意が向きそうなのを感じて、ハジメはアスカを庇うように前に出る。


 そうすれば当然騎士の前に立つことになり、今にも斬り掛かってきそうな気迫が降りかかる。


 そんな気迫を受けながら、ハジメは努めて気楽な様子で騎士に声をかけた。


「よう、森で戦った以来だな。あんたのことはよく覚えてるよ。森の騎士さん」

「森の……? 貴様、あのときの魔族か!!」

「待て待て、そう殺気立つんじゃねーよ。こちとら丸腰だぞ? 変なことなんてする気はない」


 帯剣した剣に手をかけて今にも斬りかかりそうな騎士に、両手を挙げて丸腰であることを見せるハジメ。


「ならば何をしに現れた。この国を滅ぼすためではないのか」


 視線だけで人を殺しそうなほど睨みをきかせる騎士に、ハジメはこの国に来た理由を素直に教えることにした。


 信じるか信じないかは騎士次第だが、もしかしたら手を貸してもらえるかもしれない。


「俺がここに来たのは、拐われた女を取り返すことだ」

「拐われた……?」

「ああ。森の中で拾った女だ」


 拐う、拾った、そうした言葉が気になるのかピクリと動いた眉を見て、騎士の興味が引けたことを確認したハジメはそのまま説明を続ける。


「今から数ヶ月前、俺は森で行き倒れた女を見つけた。火傷や切り傷、毒矢を受けた重傷の女だ。俺はそいつを家に連れて帰って手厚く治療してやったんだ。看病の甲斐あって回復した女は、リンと名乗って俺と一緒に暮らすようになった」

「数ヶ月前……毒……」

「リンが動けるようになってからは、森の中に出来た瘴気を浄化したり近隣の村を巡って結界を張ったり色々して平和に暮らしてたんだが――」

「待て。……その女性の容姿は?」

「あん? あー、蜂蜜みたいな濃い金髪で、空みたいな綺麗な青色の目をしてて、そんでもって淫魔みたいにすっっげぇ美人」

「――――それ、で、その女性が拐われたっていうのは?」


 サァっと顔から血の気を失わせながら聞かれ、想像以上の反応に驚きながらハジメは言う。


「二日前、ハジリマ村にリンを連れて行ったんだ。俺が用事を済ませて村に戻ると、村は王立騎士団という戦士たちに制圧されていたんだ」

「おうりっ、そんなわけないだろ!? 騎士団が」

「だが事実だ。王立騎士団第六特務隊ゲドゥとしっかり名乗っていたぞ」


 真剣な表情をしたハジメを見て、だが、しかし、と呟きながらも何か思案している様子の騎士。


 なにか心当たりでもあるのだろう。考え込むような素振りの騎士からは完全に敵意が消えて、剣に添えられた手にも力が抜けていた。


「村人四名を見せしめに殺し、他の村人にも危害を加えられた上でリンを誘拐された俺は、特務隊の奴らから黒幕の名前を聞き出してここに来たってわけだ」

「……その黒幕の名前は」

「フェイグ。フェイグ・メウシーカ・エーゲモードだ」

「――――」


 騎士はカッと目を見開いたかと思えばすぐに目を閉じて深呼吸をする。


 数回深呼吸をした騎士は二人に背を向けた。


「……あなたたちを連れて行く必要があるようだ。ついてきてほしい」


 騎士の言葉にアスカの方を見て「どうよ?」と言わんばかりに両手を胸まで持ち上げて両手の親指を立てる。


 殺気立った相手を前にしても尚


 と、ぐるんと首だけ回した騎士がハジメを睨みつけた。


「お前のことを信じた、などと思い上がるなよ魔族」

「おーこわっ」


 攻撃性を剥き出しにした睨みを受けてケラケラと笑いつつ、ハジメはアスカと一緒に騎士の後を着いて行くのであった。








 煌びやかな城内とは違い、むき出しの石造りの廊下や塔のあちこちに存在する鉄格子など物々しい雰囲気の漂う四つの塔の一つ、北の塔。


 城というよりは要塞の中といった雰囲気の塔内を、緊張で表情を固くするアスカとは対象的に楽しそうに辺りを見回しながら歩くハジメ。


 騎士に先導されて階段を降りていった二人の前で、巨大な鉄扉のドアノブに手をかけた騎士が、ドアノブで二回扉を叩く。


 ガンガン、ガンガン、と二回続けて叩き少し時間を開けて「バルト・ファイファー入ります」と声をかけて騎士が扉を開ける。


 鉄扉の向こうは広間のような部屋となっていた。


 しかし、かなり広い空間なのだが、武器や本が置かれた棚に何かしらの薬剤や瓶の置かれた机が所狭しと設置されていて、その中心に大きなベッドがぽつんと一つ置かれていた。


 騎士はベッドまで近づくとその足元で膝をつき頭を垂れて跪く。


「バルト・ファイファー、王に謁見したいと言う二人組をお連れしました」


 騎士――バルトの言葉を聞き、アスカは騎士と同じように膝をついて跪く。


「面をあげよ、騎士バルト」

「はっ」


 深くしゃがれた男性の声が聞こえ、バルトが顔を上げた。


 ハジメはベッドの上で大きな枕を背もたれにして身体を起こした老人に目を向ける。


 彼こそが目的の人物であるホモノン王、の筈だが思い描いていた姿との落差に落胆を覚えてしまう。


 垂れ下がった白髪と深いシワの刻まれた黒ずんだ肌。


 ベッドの上まで伸びる白髭やふかふかの布団の上に置かれた小枝のような指は弱々しく、強く鮮烈な者の多かった魔王を思うと目の前の王は弱々しく頼りないように思える。


 少し嘲りの感情が心のなかで持ち上がったが、落ち気味な瞼の内側に見えるその深い深い青色の瞳と目が合ったとき、ハジメの首を電流が駆け抜けた。


――あー、これは王様だ。


 その目に魔王たちと同じものを感じ取ったハジメは即座に倉庫に入れていた魔具を抜き、柄を左に回して剣の腹に手を添える。


 そして捧げるように両手で魔具を掲げながらハジメはその場に跪いた。


「こちらの礼を知らないため、我々の流儀で挨拶をさせていただくことをどうかご了承いただきたい」

「…………名前は」

「新羅魔導諸族連合国暗黒騎士、ハジメ・クオリモと言います」

「……そうか、魔族も国を持つようになったか」


 まるで魔族の事を知っているような言葉に思わず顔をあげると、老人と目が合った。


「魔族にも国ができる、そう語っていたがそうか、ついに出来たか……」

「失礼ですが、王は魔族のお知り合いでも?」

「……下手な敬語もいらん。そんなところまで人間と似てくれるな」


 よく分からないが、ホモノン王は魔族の事をよく知っているらしい。


 言い慣れていない敬いの言葉を使わなくていいと言われ、胸を撫で下ろしたハジメ。


「わかった。それじゃあ遠慮なく」

「お前……ッ」

「そんなに怒んなよ。王様が良いって言ってんだから良いだろ。なにか? 王様の言葉に歯向かうってのか?」


 からかうような口調に、ギリィッと激しく奥歯を噛みしめる騎士。


 少しだけ弛緩した空気の中、ハジメは立ち上がると無遠慮にホモノン王の傍らまで歩いていく。


「俺からあんたへの要求は二つだ」


 ホモノン王の枕元に立ったハジメは倉庫からドーグル・ケイを取り出しながら言った。


「ハジリマ村の村人を殺した首謀者への報復と、現聖女リンドヴルム・ウル・ドラコメインの身柄」

「んなぁ!? そ、そんなことが許されるとでも」

「よい」

「し、しかし王よ」

「バルト、お前は落ち着きが足りん。もっとよく見極めることだ」


 ホモノン王に窘められては口出しできないようで、悔しそうに顔を歪めながらも引き下がる騎士。


 そんな会話を尻目にハジメはドーグル・ケイのコードをホモノン王の腕や胸に繋げていく。


「ふむ、これはなんだ? 見たことのないものだが」

「魔王軍で採用されてる検査機械だ。携帯する物だから薬剤の生成とか出来ないけど、確認できてる魔法や病気と照らし合わせて診断ができる」

「ほう、それを使ってどうすると?」


 ドーグル・ケイが診断を開始し、すぐに診断結果が表示されていく。


 それを見て倉庫の中から治療薬を幾つか取り出したハジメは、ホモノン王に治療薬の入った瓶を見せながら言う。


「あんたの治療を条件に、俺の願いを叶えてほしい」


 ハジメとホモノン王の視線が交わり、二人の間に重たい沈黙が訪れる。


 命と引き換えとは言え、国防の要らしい聖女と後継者を差し出すとは思えない。だが、出来ることならこのまま要求が通ってほしいのだが。


 この後のことを考えて緊張で手が震えるハジメ。


 そんな彼と違ってホモノン王の反応は薄く、ただ見定めるようにハジメの目の奥をじぃっと見つめていた。


 そして十分とも一時間とも思えるほど重苦しい沈黙の時間の中、ついにホモノン王が口を開いた。


「……わしは――」

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