第18話僕の作りたいもの②

 ◆




「──僕はね、本当は平民にもみんな魔力はあるんじゃないかと思っているんだよ」


 さっき、君が気にしていたことだけど、と前置きしてバルトルはぽつりと語り始めた。


「……えっ?」

「そうでもなくちゃ、おかしくないか? 平民から僕みたいな魔力持ちがいきなり生まれるとか」


 バルトルは自身を指で指し示す。


 それはたしかに、その通りだ。平民の魔力持ちは特別変異であるという扱いをされているけれど、バルトルの言う通り『なぜ魔力持ちの平民がいきなり生まれてくるのか』を考えてみると、バルトルのその考え方の方が自然、とまでいえるかもしれない。


「あと、こっちの方がちゃんとした根拠なんだが……」


 バルトルは一呼吸置いてから続けた。


「魔道具を起動させるのになにかしら押すだろう。スイッチとか、ボタンとか」

「はい」

「あの時に微量でも魔力を流すことで魔道具は作動している」

「えっ? そうなのですか?」

「本当に微量だよ。魔力を通さない素材の手袋とか……そういうのを身につけた状態では何をしても魔道具は動かないことは確認済みだ。でも、それだとおかしいだろ? 魔力を通さない状態では魔道具を使えない、それなら魔力を持たない平民たちは魔道具を使えないことになる。つまり、彼らは本当は魔力を持っているってことだ」


 わたしはあっけにとられる。


 ──本当にそうなのか? わたしが目を丸くしていると、バルトルは作業台の傍らに置かれていた物々しい手袋を片手に嵌められて、実演してくださった。


 バルトルは論より証拠、とわたしに何かを教えてくださる時は口頭だけでなく、こうして実践してみせてくださることが多かった。


 小型の魔道具……温風で濡れた髪を乾かす魔道具だ。持ち手の部分にあるスイッチをバルトルが押しても、それは動かない。バルトルは今度はわたしにそれを手渡し、スイッチを入れるように促す。わたしが素手でスイッチを押すと、ゴーと音を立て魔道具は稼働を始めた。


「それは……バルトル以外に把握されている人は?」

「多分、いないな。……いや、気づいてもみんな無視してる、かな。コレさりげなく言ったら貴族連中に睨まれたし。平民の魔道具士だって、なにかと貴族様に頼ってないとやってけない商売だからさ。いちいちそんなこと検証している奴……僕しかいないよ」


 多分ね、と繰り返し、バルトルはアハハと笑う。


「……その、それは……能力として発現しないだけで、魔力を持たないとされている人たちにも魔力はあるということですよね?」

「そう、君が現にそうだろ?」


 しげしげと魔道具を見つめながら、わたしはつぶやく。


「……発現する魔力と、そうでない魔力の違いは……」

「……これは僕の仮定だが、純度の問題じゃないかな。貴族は同じ力の系統同士で婚姻することが多いらしいじゃないか。でも、平民がそういうのは気にしないからさ、っていうか自分達に魔力があるとか思ってないし」


 バルトルは手招きし、わたしを工房の作業台の近くに招く。


「魔力には属性ごとになんらかの形があって……そして、能力として発現するには身体にその属性の魔力に合った穴みたいなものがないと発現できない、みたいに考えたらわかりやすいんじゃないかな」

「穴……」

「うん。例えばさ、火だったら丸、水なら雫型、風なら三角、電気なら四角みたいな形。持っている魔力と同じ形の穴が身体にないと、出てこないんだ」


 バルトルは工房の作業台の椅子に腰掛けると、紙に書いて図説してくれた。


「で、純度が高いほどその穴の形が合いやすいけど、色々混ざり合っているとイマイチ形が合わないから力が使えない。……とか、どう?」

「──は、はい。なんとなく……わかりました……」


 バルトルの図説を眺め、わたしはおずおずと頷く。


「これは僕の憶測だが。君はきっと、全ての属性を持った魔力をしているんだと思う。でも、その魔力の形に合うような穴が身体にないんだ。その代わり、魔力の糸は紡げるけどね、魔力を糸の形に変えているからきっと糸だけは身体の外に出せるんだ」


 魔力の形と、体にある魔力を吐き出すための穴の形。その形が合わないと、魔力を発現できない。その理屈には納得がいった。そうであれば。……でも。


「全ての魔力……? でも、そんな……」


 母は火の魔力を持っていた。そして、不貞相手である名も知らぬ父は……平民だ。


 バルトルの仮説を用いるのであれば、平民は色んな系統の魔力が混ざり合っているのだということになる。とすれば……あながち的外れではないと察することはできる。


 でも、全ての魔力だなんてそんな大それたことがあるわけないとも、思ってしまう。


「髪の色に、魔力の属性は表れるというだろう」

「はい」

「ロレッタ。絵の具で絵を描いたことは?」

「あ、ありません」

「うん。あのね、絵の具って色を混ぜると別の色が作れるんだけど、赤と黄色と青と緑と……とにかくいろんな色を全部混ぜたらどんな色になると思う?」

「ええっ?」


 眉を顰めて真剣に考えるが、それでも想像がつかない。

 オロオロするわたしにバルトルはクスリと微笑まれる。


「黒になるんだよ。全部の色を混ぜると」

「黒……」

「君の髪の色だ。きれいなきれいな、黒色」


 バルトルの長い指がわたしの髪をすくう。


 つい先程のことを思い出してしまい、つい顔が熱くなる。バルトル。名前を呼ぼうして、わたしは息を吸い、そしてそのままうまく吐き出せないまま呑み込んでしまった。

 熱っぽかった瞳をパッと笑みに変えて、朗らかにバルトルは続けて言った。


「アハハ、まあ、絵の具でやったら君の髪みたいなきれいな色にはならないんだけどさ。こうね、比率によっては茶色っぽくなったりね……。でも、ホラ、平民の髪の色って言ったら、大体は黒か茶色だろ。いろんな属性の色が混ざり合って、そうなんだとしたらさ、結構いい仮説だと思うんだが」


「……本当に、そうですね……」


 なぜだろう。バルトルが言うと「そうなのかもしれない」と思えた。

 きっと、バルトルがいろんな事を幅広く、柔軟に考えられる方だからだ。


 ニッ、とイタズラっぽくバルトルが笑う。


「……もしもさ、平民でも魔力の糸を作れたら……それって結構すごいよな?」


 わたしはまたぽかんとしてしまう。

 バルトルの笑顔は……キラキラとしていた。


 今は貴族にしか紡げないとされている魔力の糸。納税の対価として配られる他、魔力の糸は高値で売買もされている。

 貴族の権威はこの魔力の糸の希少価値に底上げされている。


 平民でも魔力の糸を作れたら。……本当にそれは、すごいことだ。


「……確かにそれは……きっと、貴族たちは怒りそうですね」

「あはは! 間違いないな! まずいなあ、屋敷に火つけられたり、工房壊されないように気をつけなくちゃね」


 バルトルはあっけらかんとして笑った。


「でも、僕はさ、それを目指したい。貴族でも、平民でも、関係なく魔力の糸を作れて……もっと誰でも、魔道具という便利なものをもっと活用できるようにしていきたい」

「バルトル……」

「……きっと、僕の夢を叶えるまでに君にたくさん協力してもらうことがあると思う。嫌がらせも受けるかもしれないし……それでも、僕は君に隣にいて欲しい」


 バルトル様の青い瞳が細められる。その瞳には再び熱が宿っていた。


 わたしはそっと、バルトルの手のひらを握りしめ、それに応えた。

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