第19話僕の作りたいもの③

「……僕は両親がいない。物心ついた時から一人だった。だから、小さいころは……本当にいろんなことをした」

「はい」

「君が僕にふさわしくないと考えるなら、僕の方こそ、本当はふさわしくないんだよ、僕、窃盗も詐欺も喧嘩も……本当になんでもやってたから」


 夜の工房は冷える。わたしたちは屋敷の中に戻ってきていた。

 軽く湯を浴び、そして初めてバルトルと会った日……書類上の夫婦となったあの夜以来、初めて夫婦の寝室で過ごしていた。


 普段使われていないにも関わらず、寝室は掃除が行き届いていた。使用人たちがまめに換気もしてくれていたのだろう。室内は清潔感が保たれていて寝台の布団もふかふかだった。

 大きな寝台に二人並んで腰掛けて、わたしはバルトルがぽつりぽつりと話す昔の話を聞いていた。


「バルトルは電気の魔力を持っているでしょう。それだったら、あなたを養子に欲しがる家は多かったのではないですか?」


 たとえ身寄りのない子どもだったとしても。魔力持ちであれば、国に申し出ていればすぐに保護してもらえたはずだ。


「うーん……。そうかもね、でも、僕はずっとコレを隠して、逃げ回ってたから。魔力さえあれば国に大事にされるってことも、貴族になれるのも知ってはいたよ。……でも僕、貴族って大嫌いだったんだ」

「……そうなの」

「君が思っているよりも、平民は貴族が嫌いだし、貴族も平民を嫌ってる。君さ、僕が貴族の嫁を欲しがっていると勘違いしていたけど、もしも本当に僕が誰でもいいから貴族の嫁を探していたとしても、多分誰も僕みたいな平民男のところに嫁にくる人はいなかったはずさ」

「バルトルはこんなに格好いいのに?」

「そうだよ。……君、結構サラッと褒めてくれるんだな」


 ふふ、と面映そうに微笑むバルトルはやはりハンサムだった。


 ……これだけ格好良くて、優しくて、優秀な方だから、絶対にそんなことはないのに。そう思ってしまう。


「でも、それならどうしてバルトルは……大きくなってから自分は電気の魔力を持っていると公表したのですか?」


 あー、とバルトルは少し乱雑に金色の髪を掻いた。


「公表したってよりも、バレたんだよね。勝手に色々魔道具の開発してて、自分の魔力使って試運転とかやってたら。お前一度も国から魔力の糸を買ってないのになんでそんなに大量の魔道具を動かせるんだって」

「……まあ」

「でも、いい機会だった。それからは、それまでよりも開発もやりやすくなったし、国からも依頼を受けられるようになった。……君とも結婚できたしね」

「バルトルは本当に立派な人ですね」

「そんなことないよ。僕が魔道具を色々改良開発するのも貴族が大嫌いだからっていうとこから始まってるし」


 バルトルは青くてキラキラとしたきれいな瞳を柔らかく細めて、クスッと笑った。


「君ほんとサラッと僕を褒めるね。……ねえ、それよりもさ、君と結婚できてよかったのくだりに反応はないのかい」

「あっ……」


 改めて言われ、わたしは口を噤み、小さく顔を俯かせた。

 バルトルはわたしの肩を抱き、胸元に引き寄せる。……頭のすぐ上でくつくつと笑われ、こそばゆい。


「本当に君はかわいい人だね。……君と結婚できて、よかった」

「……バルトル、ありがとう」


 くすぐったさと気恥ずかしさをごまかすように、ぎゅ、とバルトルの綿の寝間着を握りしめる。

 バルトルはまた目を愛しげに窄めている。


 そっとバルトルは屈み、わたしの唇に触れるだけのキスを落とした。


「おやすみ、ロレッタ。また明日」

「……はい、バルトル、おやすみなさい」


 そしてわたしたちは、手を繋いで眠りについた。



 ◆



 そして、ある日のこと。


「……ルネッタが、魔力継承の儀を執り行う……ですって……?」

「それに伴って、親族一同に向けてクラフト侯爵家の次男坊との婚約発表も行うようだね」


 アーバン家から初めてバルトルの屋敷に文が届いた。


 来たる日、アーバン邸にて儀式を執り行うと。嫁入りしたとはいえ、アーバン家の長女である自分宛に招待状が送られることはそう不思議なことではない。


 バルトルは招待状をつまみあげ、目を眇めていた。


「……僕はこんなの行かなくてもいいと思うが」

「……」


 高級な厚紙を用いたメッセージカードの他に、三つ折りにされた手紙が一枚入っていた。


 母からのものだった。


 内容はなんてことはない。『あなたはアーバン家の娘なのだから、この日必ずここに来なければなりません』というものだ。

 ただ、それだけ書かれた薄い紙切れ。だが。


 ──わたしは母の指示に背くことはできなかった。


 わたしの表情からそれを察したのか、バルトルはため息と共に肩をすくめた。


「……ごめんよ、大丈夫。ついていくよ」

「……ありがとう、バルトル……」


 バルトルは眉を下げ、困ったような笑みを浮かべながらも優しくわたしの肩を抱いた。




(魔力継承の儀。つまり、これでアーバン家はルネッタが当主となる。……わたしはアーバン家とは、これでおわかれ)


 ──未だ自分の心を縛るアーバン家の楔を断ち切るため、わたしは『魔力継承の儀』への参列を決めたのだった。

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