第9話アーバン家の暗雲


「……え? これだけ……ですか?」


「はい。契約通りの金額ではありませんが……今月ご提出いただいた魔力の糸の量に準じた金額にさせていただいております」

「……そうですか、わかりました」


 国の役人に魔力の糸の納品を終えたアーバン家当主ザイルは想定よりも薄い札束を受け取り帰路についた。



「おい、ルネッタ。国に渡す魔力の糸の量が減っているようだが」

「……お父様」


 屋敷に戻って早速、ザイルは娘ルネッタに声をかけた。

 

 もうすでに後払いの契約で当たり年のヴィンテージワインを買ってしまったところだ。もらえると踏んでいた額の金がもらえなかったのは痛い。

 まあ、今月については不貞の娘を売り払った金があるから大事には至らないが。


「……申し訳ありません。ちょっと、調子が悪くて……」


 ルネッタは美しい顔を曇らせて、小さい声で言った。


「まあ、たまにはそういうこともあるだろう。ルネッタ。おまえは父の私よりも強い力を持っているんだ。その力、活かさぬわけにはいかないぞ」

「ええ……。そうだわ、お父様。そろそろ自動繰糸機じどうそうしきを新しいものに変えませんか?」

「繰糸機を? しかし、アレは高いからな……」

「でも、お姉さまが嫁いでいったお金があるでしょ? ほら、お姉さまを養うお金も浮いたのだし。いいんじゃないかしら?」

「ううん……そうは言ってもな……」


 ザイルが言葉を濁していると、居間の扉をコンコンとノックする音が響いた。


「ザイル様。コルジット商会の方がいらっしゃっております」

「おお! そういえば今日は約束の日だったな。よし、いつもの部屋にお通ししてくれ。私もすぐに行こう」


 執事の呼びかけにガタッと音を立ててザイルは席を立つ。被せるようにコホン、と後ろから咳払いがされた。

 ザイルが振り向けば、妻マーゴットが気難しげに眉間に皺を寄せていた。


「……あなた。いつまでもそう金遣いが荒いのは困ります。ロレッタも嫁に出て行ったし、ルネッタもまもなく家を継ぐ年です。そろそろ蓄えも作らねばまた借金に苦しむことになりますよ」

「フン、ルネッタさえいれば金には困らんさ。電気の魔力は有用性が高い。高く売れる。まあ……お前の火の魔力も悪くはないが、魔道具を稼働させるのに一番適しているのは電気の魔力だ。ルネッタは俺よりも優れた魔力を持っている。なんの心配もいらんさ」

「今月我が家が国に納めた魔力の糸の量はちゃんと把握されていますか? 先月までとは大違いですよ」

「お前も聞いてたろ? ルネッタは調子が悪かったんだ、具合が悪かったんじゃしょうがない」


 妻はしかめっ面を続ける。相変わらず美人だがつまらない顔ばかりする女だなとザイルは呆れてしまう。

 まあ、この女もルネッタのような優れた娘を産めたのだから全くの役立たずというわけでもなかった。とはいえ、すでに役目を果たした女だ。ザイルは妻に愛情の類はなかった。


 ルネッタの魔力継承の儀が終わったら、この女とも離縁をして若い女を後妻に取るかと考え、ザイルは頬を緩めた。



 ◆



「……なによ、お父様ったら。自分が好きなものには小金を使うくせにケチったら」


 ルネッタは自動繰糸機の置かれた部屋に一人佇んでいた。

 魔力の注入口に魔力を注ぎ込む。今日だけで何回も繰り返した。


 けれど、繰糸機が吐き出す魔力の糸はほんのわずかだ。

 無理に体の中の魔力を搾り出し続け気持ちが悪くなってきたルネッタはずるりとその場にしゃがみ込む。


 自分が必死に繰糸機に紡がせた魔力の糸は、姉があの離れで時代遅れな手巻きで紡いでいた量の半分にも満たない。


「……絶対に、機械の調子が悪いのよ……」


 母の不貞でできた姉、野良犬を父に持つ黒髪の女。平民と同じ色の髪のくせに、なぜか魔力だけはあるあの女。


 何の力も使えない気味の悪い魔力。それで紡がれた魔力の糸。


 ルネッタはそれを「自分が作ったもの」として父に渡していた。

 出来損ないの姉が紡いでいた魔力の糸。あんなものより、アーバン家の血を引いた高貴な貴族である自分が紡いだものの方が良い出来に決まっている。一日中暇だからバカみたいな量を紡いでいたけど、あの姉ができるのだから、自分にも当然アレくらいの量の糸は作れるのだと、そう思っていたのだが。


 姉に魔力の糸紡ぎを任せていたルネッタは自分で魔力の糸をどれほど作れるのかを把握できていなかった。


「……お姉さまより私が劣っているだなんて、あり得ない……!」


 ルネッタは母によく似た美しい顔を歪ませた。

 

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