第8話あなたの仕事を知りたい

 昨日はとてもよく眠れた。お風呂をいただいた後、倒れるようにそのまま寝てしまった。

 翌朝を迎えて朝食の場でお会いしたバルトル様は変わらない爽やかな微笑みを携えていた。


「昨日は疲れたろ? 今日は家の中でゆっくりと過ごそうか」

「はい。ありがとうございます」


 バルトル様の労いはありがたい。実は、足が痛かった。筋肉痛だ。


「……昨日もずっとお気を遣っていただいていてすみません。その……とても楽しかったです」

「その一言を聞けたら十分どころか最高だ。こちらこそありがとうだよ」


 オーバーなバルトル様のお言葉に自然と顔が綻ぶ。


「よかったら今日も君と一緒にいれたら嬉しいんだが……」


 バルトル様は『三日間』休暇を取られたとおっしゃっていた。

 わたしを実家に迎えに来たのが一日目で、昨日が二日目。今日がバルトル様の最終日だろう。


「はい、もちろんです」

「はあ、よかった! いや、君がもう寝ていたいって言うならそれでもよかったんだけど。でもせっかく君と新婚さんなんだ。一緒にいれて嬉しいよ」

「……まあ」


 バルトル様の言葉は一つひとつが大袈裟に過ぎる傾向がある気がする。正直、悪い気はしない……のは彼の持ち前の人格の良さなのかしら……。

 でも、そういう風に本当に嬉しそうにされてしまうと、頬が熱くなってしまうから少し控えてほしい……気もする。


「居間でゆっくり過ごしてもいいし、君とボードゲームで遊んでみるのも楽しそうだし、庭でのんびりしてもいいね。昨日案内もしたけど、屋敷の中を探検隊してもいいよ」

「……では、差し支えなければなのですが……バルトル様の工房を拝見してみたいです」


 バルトル様はほんの少し目を大きくして瞼を瞬いた。



 ◆



「まさか僕の仕事場を見たいというとは」


 お庭を少し歩けば工房にはすぐ到着する。ガタンと音を立てて扉をバルトル様が開いてくださる。横開きのつくりらしい。


 魔道具は大きいものも多いから、横開きの方が運搬するときに都合がいいのかしら。

 扉を開くと、金属と油の臭いが鼻をつく。でも、嫌じゃなくてワクワクとさせるものだった。


 中に入ると、不思議と落ち着く感じがした。


 ……実は少し、わたしが過ごしていた離れに雰囲気が似ているなあと思っていた。大きさはバルトル様の工房の方が大きいし、ご立派だし、人が住むためのものでなくお仕事をするための場所と違いはたくさんなのだけど、お庭の中にポンと建つ建物というだけで私は既視感を覚えてしまっていた。


「すみません、神聖な仕事場に」

「全然いいよ、僕の仕事に興味を持ってくれて嬉しい」


 バルトル様はニコニコと笑ってわたしに工房の中を案内してくださる。


「僕は基本的には改良開発を中心に行っているんだ。一般に流通するような製品の製造は街にもっと大きな工場がある。国から依頼があれば出張で大型の魔道具の開発をしに行くこともあるかな」

「……色んなものがありますね」


 色んなもの、と拙い表現しかできないのが恥ずかしい限りだけど、本当に色んなものがバルトル様の工房にはたくさん並んでいた。


 大小さまざまな魔道具。外装がついておらず中身が剥き出しになったものも多く、見ただけではなんなのか正体がわからない。


 キョロキョロと落ち着きなくあたりを見回してしまうわたしをバルトル様は温かい眼差しでニコニコと眺め、好きなように工房の中を見せてくださった。


「元々魔道具は……電気の力がなければ動かないものだった。けれど、一般に広く流通させるために、電気以外の力でも動くように改良したのが今の魔道具だ」

「はい」


 『異界の導き手』と呼ばれたかつての偉人。彼の功績については物心ついたばかりの幼子でもみな知っている。


「ただし一部の魔道具についてはどうしても電気の魔力を流さないと動作しないものもあるんだけどね。水質管理システムの機材とか、国が管理している大型の機械の多くはそうだ」


 聞きながら頷く。我が家はそういった機器を動かすために電気の魔力を国に納めて報酬を得ていた。


 ……わたしがいなくなっても、ルネッタはきっと困ってなんていないんでしょうね。国に渡す魔力の糸については『電気』の魔力で紡いだものと指定があったから、それについてはお父様とルネッタが紡いだものを渡していたでしょうし……。


 いいえ、今はバルトル様がお話をしてくださっているのに、そんな他所ごとを考えているのは失礼だわ。わたしは気づかれないようにそっと小さくかぶりを振った。


「魔道具を開発した彼……もう数百年経つけれど、未だ誰も彼の発明に追いつけないんだよね。どうしてこんな装置の数々を思いつけたんだか。本当に異界の住人だったとしか思えないよ」

「彼については功績は数多く語られていても、その出自については明らかではないのですよね」

「そうなんだよ。こんなとんでもない発明家、天才なんて一言じゃ片付けられない。彼がいるせいで僕は『天才』とは名乗りづらいんだよ」


 片目を窄めてバルトル様ははあと大きくため息をつく。


 バルトル様もまだ年若いながら功績を残されている立派な『天才魔道具士』だと思うのだけれど……でも、だからこそ、偉人に対するプライドもあるのだろう。


「ロレッタ。これ、ちょっといじってみないか?」

「……ええと、これは……」

「こことここの線をココに繋いでごらん。はい」


 作業台に案内され、バルトル様に小さな……基板と工具を手渡される。

 バルトル様に言われるままに赤い線と黒い線を繋いでみる。


「で、ここに電気を流す」

「わっ」


 バルトル様が親指と人差し指を軽く擦るとバチバチと火花が走る。バルトル様は電気の魔力を持っている。パチパチと音のなる指で線をつまむと、線の先にある小さなランプに灯りがついた。


「こんなのは子供向けの工作なんだが、これが魔道具の基礎だよ。今流したのは電気だけど、属性に関わらず魔力を流すことによってここのランプが点く」


 今度はバルトル様はどこからか魔力の糸を取り出して線に絡ませた。すると、またランプは光る。


「これを色々応用して、色んな魔道具は作られているってわけ」

「なるほど……」


 面白い。

 この線に繋がれて魔力が流れていき、ランプが点るという仕組み。今までなぜ魔道具は動くのか、どのようにして動いているかなど考えたこともなかった。


 でも、ランプが点くのはともかく、魔力の力で物が動いたりするのはなんでなのかしら?

 ついしかめ面で装置を見つめてしまう。そんなわたしにバルトル様は「どうしたの?」と不思議そうに声をかけた。


「……その、魔力の力によってランプが点く……のはなんとなくわかるのですが、扇風機のように電気を流すことで羽が回ったり、冷蔵庫のように中を冷たく維持したりする仕組みというのはどうなってるのでしょうか……」

「それが気になる?」


 頷き、そしてバルトル様を見上げると、青い瞳がキラキラと輝いていた。


「それはね、モーターが動いているんだよ。で、どうして電気……いや、魔力でモーターが動くかというのが疑問点なのだと思うけど、これは実は磁石が関係しているんだ。磁石は知っているよね? S極とN極。これをくっつけようとしたとき違う極同士なら引き合うけれど同じ極同士だと反発し合うわけだが」


「は、はい」


 磁石?


 ……魔道具の仕組み、どうして魔力で動くの? という話で『磁石』が出てくるとは思わなかった。頭に疑問符を浮かべながら必死にバルトル様のお話を聞く。


「実はね、鉄にコイルを巻いて魔力を流すことでそれが磁石と同じ作用を持つようになるんだ。それで……引き合う力と反発し合う力が連続して……」


「は、はい……」


「……ああ、で、冷蔵庫なんかはさ、ペルチェ効果というのがあるんだけどね、それを利用していて……」


「はい……。はい、はい……!? ……」


 ──どうしよう。バルトル様の仰っていることがどんどんわからなくなってくる。


 バルトル様がとてもイキイキとしていらっしゃるということしかわからない。




「……っと、ごめん。つい話し過ぎたな。魔道具について、どうだい? わかった?」


 正午を知らせる王都の鐘が鳴り、バルトル様は我に返ったようだった。瞳は変わらずキラキラとして期待を込めてわたしを見つめている。


 ……申し訳ない。とは思うけど、わたしは素直に答えることにした。


「……ごめんなさい、その、あまりわかりませんでした」

「いや、ごめん。つい楽しくって調子に乗ってしまった! 気にしないでくれ、よく言われるんだよ、僕の話はわかりにくいって」


 バルトル様は照れ臭そうにアハハと笑いながら頭を掻いた。

 わからないと言われても気分を害した様子のないことにホッとする。あれだけ楽しそうにお話されていたのに「わからない」と言ったらきっとガッカリさせてしまうと思った。


「あの、ですから……もしもそういうものがあればなのですが、魔道具について書かれているご本があればお借りしてもよろしいですか?」


 知らない単語も多くて口頭の解説では頭がついていかなかったけれど、じっくりと文字で読んでいけば少しは理解できるかもしれない。


「君は本を読むのかい?」

「はい。実家で過ごしているときは……たいてい本を読んでおりました」


 本を読んでいるか……もしくは糸紡いでいるか、だったけれど。糸紡ぎのことは一応伏せておく。あの家ではわたしに与えられた仕事はなかった。……アレは妹が「自分のもの」としてお父さまに渡していたのだから。


 バルトル様は一瞬驚いた顔をして、でもすぐに嬉しそうに破顔された。


「本なんていっぱいあるよ! そうだな、色々あるが、魔道具の基本的な構造について書かれているものがいいよね。少し待ってて」


 いそいそとバルトル様は工房の壁に並ぶ本棚を物色しだす。


「これは比較的発行が新しくて図説も多いから初めて読んでも理解がしやすいと思うよ。わけわからなくても絵を見てたら楽しいし」

「あ、ありがとうございます」


 バルトル様が差し出してくださった大判の本を受け取る。大きな文字で『よくわかる!』と表紙に書いてあり一目見て初心者向けと分かる。


 それから、バルトル様は「ええと」と少し気恥ずかしそうに背中の後ろから一冊の小さな本を取り出した。


「……こっちは僕が初めて読んだ本だ。だからちょっと君に渡すには気が引けるくらいぼろぼろなんだけどさ」

「まあ」


 カバーもついていない小さなその本は日焼けしきっていて、真っ黄色だし、表紙が千切れていたり、角も丸くなっていた。


「……こちらの本も、お借りしてよいですか?」

「うん。ぼろぼろだけど、いい本だよ。実はこっちの方がオススメだ。ぼろぼろなせいでちょっと言いにくかったけど」

「ありがとうございます。大切に読ませていただきます」

 

 バルトル様の笑顔に、わたしもニコリと微笑んで返す。


 きっと、バルトル様が幼いときから大事にずっと読まれていたご本なのだろう。そう思うと、気づけば自然と抱き締めるように抱えていた。

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