第10話繰糸機……って?①
「今日はいい天気だね」
「ええ、気持ちがいいですね」
わたしとバルトル様は、お庭にお弁当を持ってピクニックを楽しんでいた。
工房でお仕事をされているバルトル様に執事の方のおすすめでお弁当を持っていったのだけど……なんだかあれよあれよと一緒にお庭でお昼を楽しむ流れになってしまった。
芝生の上にシートを敷いて、二人で座ってサンドイッチや魚のフライをいただく。元子爵家の所有していたという邸の庭に植えられた樹木はみな背が低く緑溢れながらも開放感がある。
青々としたお庭に見惚れて嘆息していると、バルトル様は「僕には庭のことはなにもわからない」と言って、とにかくひたすら元々あったお庭のままの形を維持させているとお話された。
「でも、君が気に入ってくれたならよかったよ。センスのいい当時の子爵殿に感謝だな」
「バルトル様はどうしてこちらの邸を買われたのですか?」
「まあ何も爵位を貰うったって、お屋敷に住む必要はなかったんだけどさ。自分の工房が欲しかったからね、王都にあって広い敷地の邸が欲しかった。一番はたまたま売りに出されていたタイミングが良かったからだが」
バルトル様はソースでもこぼしたのかぺろ、と自分の指をお舐めになった。「あ」と思うが、無意識のようだし、それを言うのは野暮が過ぎるだろう。なによりお行儀が悪いと思うよりも、それだけ今自分に気を許してお寛ぎになっていることに嬉しさを感じて、なんだか微笑ましかった。
「君とこうして過ごせるなら庭付きの家を買って正解だった」
「まあ……」
バルトル様は相変わらず甘やかな言葉ばかりを仰る。
(……どうしてかしら?)
バルトル様と暮らすようになって、だいぶ経つ。
初夜の日に「式まで君を抱かない」と宣言された通り、夜は別々の私室で眠るし、バルトル様はわたしに手を出すことは全くない。
けれど、その代わりバルトル様は……とても、甘い言葉をわたしに囁いてひたすら甘やかす。
どうしてだろう。彼が出世を望むなら、いち早く子を作るべきだろうに。
(……魔力を持つ子が欲しいから貴族の娘と結婚したかった。それ以外の理由で、わたしと結婚なんて……)
愛ではなくて目的のある婚姻。ならば、本来こんなに優しく甘やかす必要もないはずなのに。
考えているとふと思い出す。バルトル様は結婚したその日の夜に「少しでも早く君を連れ出したかった」と仰っていた。
「ん? どうかした?」
聡いバルトル様はわたしが物思いに耽っていることにすぐ気がついて小首を傾げる。
青いきれいな瞳は日差しの中でますます美しくキラキラ輝いていた。眩しい、と思ってしまう。
「……」
どうしようかしら。悩んで結局わたしはそれを口にした。
「バルトル様はもしかして、以前からわたしのことをご存知だったのですか?」
わたしの言葉にバルトル様は一瞬きょとんとして、すぐにいつもの微笑みを浮かべられた。
「ううん、そうだね……。半分は正解で、もう半分はそうじゃない」
「と、言いますと?」
「僕は君が紡いだ魔力の糸を見ていてね、それで君に惹かれたんだよね」
「……えっ?」
今度は私が目を丸くする。
「君の家、アーバン家から提供された魔力の糸。ほら、アーバン家は電気の魔力だろう。魔道具との相性はピカイチだからね、特に君の家のものは評判が良かった。僕は国家からも依頼を受けて魔道具を作るから、それで君の家の魔力の糸に触れる機会は多かったんだ」
確かに、父は領民に配る以外にも国に魔力の糸を売っていたという。
「ええと……。でも、それは、きっと父か妹のものだと思いますが」
「わかるよ。君のお父さんのものか、それ以外の人が紡いだものなのかは。君の家が国に売っていた糸は君のお父さんのものではなかった」
「では、妹の……」
それでも魔道具を動かすことはできるから、領民に配る分としてわたしは妹にそれを渡してきた。
国に納めてきた電気の魔力の糸は父のものでなければ、妹のものだ。
でも、バルトル様は首を横に振った。
「いいや、違う。わかるよ、君の妹が紡いだものではないことは」
「いえ……でも、その、わたしの魔力は電気の魔力ではないのです」
そういった属性を何も持たず、なんの力も発揮しないハリボテの魔力。
ただ、魔力の糸としては生み出せるしそれを使って魔道具も動かすことはできるようではあったけれど……。
「おかしいな、それじゃ僕は人違いで求婚したことになるな」
「……あっ……」
——そうか。そうだったのか。バルトル様は、本当は妹に求婚していたんだ。それをお父様が嫌がらせでわたしを嫁がせたのだ。
合点がいく。貴族の娘なんてたくさんいる。バルトル様のようにたとえ平民の出でも、これだけ優れた方ならばきっと他にもお相手はいただろうに。
それをわざわざ我が家に……いえ、わたしに婚姻の打診をするだなんて。
バルトル様の甘い言葉は本当は妹に囁かれるべきものだったのだ。
わたしの思い詰めた顔を見てか、バルトル様がはあとため息をついた。わたしは肩をびくりとさせる。
「僕は自信があるよ。きっと、僕は間違えてないはずだって」
「そんな……」
「そんなに言うなら、そうだ。君が糸を紡ぐのが見たいな。そうしたら、僕が今まで想いを馳せてきたあの魔力の糸を生み出していたのが誰だったのかはっきりするはずだよ」
バルトル様の輝く瞳があまりにも強くわたしを見つめるものだから、わたしは頷くしかなかった。
バルトル様に連れてこられたのは、工房の隅に置かれた大きな機械。
私の背よりも高いそれを見上げる。大きな歯車、ローラー、ピンと張られた糸。
「ホラ、これを使って」
「ええと。これ、ですか?」
「うん。君の家にあるものと使い方は同じはずだよ。型の違いはあるだろうが、基本構造は大きく変えられないものだからね。僕の目標としてはコイツももっと効率化したいトコだが……」
「……これは……」
「これは568年製のコルト式
「魔力の……?
思わず大きな声が出る。バルトル様はなんだか驚いた顔をしていた。
はあ、とわたしは感嘆する。
「……こんなものが、あるのですね……」
「えっ」
なんて画期的な、便利なものだろう。魔力さえ注いでしまえばあとは自動で糸を紡いでくれるとは。
糸紡ぎには両手を使う。量を生成するならば時間もかかる。領主としての仕事をしながら領民に配るための膨大な量の糸を紡ぐのは効率的ではないなあとは思っていたのだ。
「……君の家にもあったと思うけど、まさか、君は使っていなかった?」
「は、はい。その……私は、病気のため離れにいましたので……」
「病気の療養してたのに手織りで魔力の糸を紡いでいた?」
バルトル様の形の良い眉が歪む。ああ、しまった。失言だった。病気で臥せっていたのではないか? と疑問を持たれても無理はない。
「……まあ、それはいいんだが。うん、だから君を連れ出したわけだし……」
「えっ?」
「いや、変な顔して悪いね。これは君の元・家族宛だ」
コツン、とバルトル様は繰糸機……なる大きな機械を軽く叩いた。
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