第3話
「あーおいしかった! やっぱり
存分にお腹を満たした私は、紅玉宮を出るなり満足そうにお腹をさすってみせた。
隣では桂蓮姐さんが、呆れ顔で私を見つめている。
「まったくあんたは、あんな見え見えの手に引っかかって……!」
「しょうがないじゃないですか。甘味の力は偉大なんですよ。それに、姐さんだってちゃっかり食べていましたよね?」
隣でもぐもぐと
指摘すると、姐さんはぐっと言葉を詰まらせた。
「そ、それはそうだけど……。それにしても最近は
「まあそうなんですけどね」
私はまだ砂糖の甘さが残る指をぺろりと舐めながら考えた。
後宮の女たちは皆、皇帝というただひとりの男のために存在する。
皇帝に見初められれば天にまで昇れるし、逆に見向きされなければ一生日の目を見ることなく萎れることになる。
だから自身のためお家のため、皇帝にあの手この手で近づこうとするのがある意味、妃嬪たちの仕事であるはずなのだが……。
「ま、“石無し”の私は、ある意味ごっこ遊びにちょうどいい人選なのかもしれないですね」
女好きの皇帝陛下は、既に齢四十を超えている。まだ十代の妃嬪たちからすれば、父親ぐらいの年齢にあたるだろう。
対して私は、彼女たちと年齢が近く、また見目麗しく、官服を着ているのもあって男に見えなくもない。けれど実際は女で、何より“石無し”という最底辺。
疑似恋愛の相手にはもってこいなのだ。
「まったく妃嬪たちにも困ったもんだよ。こうなったら少しでも女らしく見えるよう、紫瑶にも化粧をしてもらおうかね」
その言葉に、私はげぇっと声を上げた。
「や、やめてくださいよ。化粧なんてめんどうなもの、絶対にごめんですから! それより官帽をつけさせてください。あれがないせいで、だらしない! って時々絡まれたりするんですからね」
「だめだよ。あんなものをかぶっちまったら、それこそ男にしか見えなくなって死人がでる」
「死人って……」
帽子ひとつでそんな大げさな、と私は苦笑いした。けれど桂蓮姐さんは大真面目らしい。
「いーやだめだ。服装をあなどっちゃいけない。今のあんたはまだ“面のいい男っぽい女宝玉治癒師”として一線を踏み越えずにいるけれど、帽子をかぶった
「そんなにですか……」
確かに制服というものは、一揃い全部着ることでピシッとして見える効果があるけれど……。
「だから帽子はだめだ。そして化粧をしな、
「それより、最近妃嬪たちの色艶がいいですね」
また化粧の話をぶり返されそうになって、私はあわてて話題を変えた。
色艶というのはもちろん、額玉の色艶のことだ。
宝玉治癒師は、後宮で輝く最上級の額玉たちの健康を守り、さらに強く輝かせるために存在する。当然、彼女たちの動向には常に目を光らせているのだが、ここ最近皆やたらと色艶がいいのだ。
「確かにそうだね。春になると花の蕾が開くように、妃嬪たちの調子もよくなることは多いけれど……」
「それにしたって皆さん艶々していますね。……少し、調べてみた方がいいかもしれません」
この国において、顔の美醜よりも重要視されるのが額玉の輝き。
当然、妃嬪たちは己の額玉をもっと輝かせようとしたり、拡大化を試みたりと様々な方法を試すのだが……時々うさんくさいものに引っかかって、逆に額玉が荒れたりということもある。そのため、由々しき事態になってないか常々目を光らせておくのも、宝玉治癒師の仕事だった。
話しながら、私たちは次の目当てである宮の前でぴたりと歩みを止めた。
普段なら広々と開け放たれている青色の大門は、今は来るものすべてを拒むように固く閉ざされていた。
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