第24話 旅立ち
「決闘の日にちは、5年後!月光歴505年10月20日の、レイモンドが17歳、フィンゼルが12歳になった今日から5年後行うものとする!」
5年後? 随分と猶予をくれるんだな。
「あなた!約束が違うわ!今すぐにやる約束でしょう!」
「話を聞いていただろ、ミリーシャ。これからはギュンターが国防を担ってくれるのだ。その前に決着をつけてしまって、ヘストロアを切ってしまえば、支援が期待できなくなるではないか。あと5年の辛抱だ。5年あればベルフィアも立て直せる」
オリバーの話を聞いてもワーワー聞き分けのないミリーシャ第二夫人。
オリバーはそれを優しい口調で宥めていた。
フリーダとの扱いの差にイラっとしたし、よくもまぁ、ヘストロア派の目の前でそんな堂々とヘストロアを利用すると言えるものだ。
だがしかし、危ないところだった。ギュンターがオリバーの要求に答えなければ、今から決闘だったのか。
魔法が上達したといっても、まだ7歳。筋力では圧倒的に不利だ。負ける気はさらさらないが、時間をくれるというならありがたい。
レイモンドが此方を忌々しそうに見ている。
「とりあえず、ここでやることは済んだ。 夕食にしよう! 準備はできているのだろう?」
「もちろんでございます」
そばにいた使用人がオリバーに答える。
初めの機嫌の悪さが嘘のように笑顔になっているオリバー。
そういえばゲオルグという騎士はオリバーの機嫌の悪さが原因でエルフ狩りに行かされていたよな。大丈夫だろうか?
俺はヘストロア派と一緒に食堂に向かった。
食堂はバイキング形式で用意してありヘストロア派と反ヘストロア派で別々だった。
どうやら使用人同士が一緒に作業できなくなるほど仲が悪かったみたいだ。
もっとアリスと話したかったのに残念だ。
ヘストロア派の貴族は俺とフリーダしかいないため、食事係の使用人以外は一緒に食事することになる。
バイキング形式で二人だけで食事とか寂しすぎる。
マリアと何食べようか迷っていると、食堂の隅っこで佇んでいるギュンターを見つけた。
「ギュンターさっきは災難だったな」
「お義父様、お疲れ様です」
俺とマリアは、糾弾されたギュンターを慰めるため、話しかける。
「これは、坊ちゃまにマリア。 お心遣い感謝いたします」
「しかし、お前が元帝国の軍人だなんて驚いたぞ。お母様はさすがに知っていたみたいだが」
「はい。申し訳ございません。黙っているつもりはありませんでしたが、ベルフィアが帝国に遠征に言っている今、怖がらせてしまうと思いまして、言えなかったのです」
そう言って悲痛な顔をするギュンター
確かに、戦争している敵国の軍人と聞いたら怖いかもな。
「そうだったのか……。だが俺やマリアからしたら、帝国軍からこっちにきてくれて嬉しいけどな!なっ!マリア!」
「はい! 私なんてお義父様がいなかったら、アポタインでどうなっていたか分かりません!」
「坊ちゃま、ありがとうございます。 マリアもありがとう」
ギュンターはさっきまでの悲痛な顔はなく笑顔になっていた。
「ところでギュンター、国防を安請け合いしてよかったのか? ヘストロア派にそんな軍事力ないだろ?」
ちょっといい雰囲気になったので、俺はギュンターに気になったことを聞いてみる。
「そうですね。確かに今ここにはありません。しかし、ヘストロア領にはアレク様が抱えている私兵がたくさんいますので、ちょっとお借りしようと思います」
私兵ってそんなに簡単に貸し借りできるものなのか。
「それに、これはあくまでも保険です。私は、この5年では帝国軍は侵攻してこないと考えています」
「ほう、その根拠は?」
「根拠は帝国の支配体制にあります。ベンセレム王国は貴族にその自治権が認められていますが、帝国は違います。他国を侵略しては、その王族、貴族を取り潰し、取り込んでいく。アルスマーナ最大の国土を持つ大国を皇帝ただ一人が治めている国です。それ故にいくら巨大な軍事力を持とうとも、反乱の目をすべて潰すのは難しい。そして今回の反乱は、王国が煽った影響もあり過去最大の規模。帝国も反乱の鎮圧に忙しく侵略する余裕などありようもありません。しかし油断は禁物、もしもの為に兵をお借りしに行くのです」
借りに行くか。てことはヘストロア公爵に直接頼みに行くよな? 公爵にまさか手紙でだなんて失礼すぎるからな。
「なるほど。理由はよく分かった。俺も付いていこう」
「フィンゼル様が行くのであれば、私も行きます!」
ギュンターに付いていけばベルフィアから出られ、外の世界を見に行けるチャンスだ。これを逃す手はない。
「いけません。坊ちゃま。私が一人で行きます。すぐに戻りますので待っていて下さい」
「え? どうして―――」
だよ、と言おうとした時―――
「いいえ、ギュンター。私が兄に会いに行きます」
フリーダが後ろにサディーを従えて横から会話に入ってきた。見ないと思ったらどこに行っていたんだ?
「奥様が……ですか? しかし、ベルフィア辺境伯との制約で、奥様と坊ちゃまはこの領地から出れないはず……」
「それなら、カトレアさんが今あの人に掛け合って解いてくれている頃よ。ともかくあの人が帰ってきた今、ここには居たくないわ。私に行かせて頂戴」
オリバーとそんな約束していたのかよ……。
「フィン。いい子で待っているのよ。そんなに遅くならないと思うから」
「え!? 連れてっては貰えないんですか?」
「あなたにはやることがあるでしょう。5年って長いようで短いの。ギュンターにしっかり鍛えてもらいなさい」
まさかの誤算だ。 俺を置いていくとは。
食堂の扉が開かれ、カトレアが入ってくる。
「フリーダ様。制約が解除されました。いつでも外に出られますよ」
「ありがとう。カトレアさん。ふふ、久しぶりのヘストロアだわ」
フリーダは旅行に行くようなテンションになっている。
大丈夫か? 兵を貸してもらいに行くんだぞ。
「フリーダ様、一人では危険ですので、このカトレアがお供しますよ」
「よし! 決まりね! それならさっそく準備しなくちゃ!」
フリーダとカトレアは食事もせず、食堂からでていった。
――
次の日
早朝からフリーダとカトレアはヘストロアに向けて馬車に乗り込むところであった。
「それではカトレア殿、あなたの事ですから大丈夫だとは思いますが、奥様の事、よろしくお願いします」
フリーダとカトレアは昨日の夜のうちにヘストロアに行く準備を整えてしまった。
どれだけここに居たくないかこの行動力だけで察しが付いてしまう。
「お母様、やはり3人だけ危険では? 僕も付いていきましょうか?」
最後の望みをかけてできるだけ媚びた声で尋ねる。
「ありがとうフィン。でもサディーとカトレアだけではないのよ」
駄目だったか。俺は肩を落とすと違和感に気付く。3人ではない?
後ろからドドドド、と何かが走ってくる音がする。
振り向くとたくさんの馬車が走ってきており、フリーダとカトレアが乗る馬車を囲むように次々停車していく。
おいおい、これはまさか―――
「ヘストロア派総勢で帰るのだから、心配はないのよ」
フリーダは俺にウインクしながら馬車に乗り込んでいった。
俺が連れって貰えそうになく、肩を落としていると
「大丈夫ですよ!フィンゼル様!私とお義父様は残りますから!」
マリアが俺を励ましてくれた。 別に寂しくて落ち込んでたわけではないが、その一言で元気が出た。
「さぁ! ヘストロアに向けて出発よ!」
「フリーダ様。窓の外から顔を出すのは危険ですのでおやめください」
御者を務めるサディーに注意されるフリーダ。いつになくテンションが高いな……。相当ストレスが溜まっていたんだろうな。
フリーダの号令で馬車が走り出し、その周りにいた使用人の馬車たちもフリーダの 馬車を囲むように走りだす。
俺はフリーダたちの馬車が見えなくなるまで手を振っていた。
「では私たちも行きましょうか」
「そうだな」
俺は城に戻ろうと、城の方角に歩きだしたが、ギュンターはなぜか逆方向にある一台残った馬車に向かって歩きだす。
「おい、ギュンター。どこに行こうとしているんだ?」
「それはもちろん。ベルフィアの最前線。帝国と国境に接している城壁都市、アバディンです」
なに!?
「おい、それは俺も付いて行っていいのか!?」
「わっはっは! 当たり前じゃありませんか、坊ちゃま。今やベルフィア城は反ヘストロアの巣窟。そんなところに坊ちゃまを残しておくわけには参りません。それに前線は帝国と隣接しているだけでなく、モンスターの被害が多いですので、実践を積むにはいい機会かと」
おお! ここにきてやっと冒険の匂いがしてきた。 俺も男の子だ。モンスター退治と聞いて心が躍らないはずがない。
「よし!では行くぞ!城壁都市アバディンへ!」
俺は馬車に向かって走り出す。
「待ってください! フィンゼル様! 走ると転んでしまいますよ!」
そう言ってマリアも走り出す。
ギュンターはそんな二人を見て微笑ましく笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます