爺ちゃんとポン太

 爺ちゃんが、柴犬のポン太を散歩に連れていくと言って出かけたまま、一日経っても帰ってこなかった。

 家族はもちろん、心配した近所の人が集まり、それはもう大騒ぎになった。


 役所が放送してくれた『迷い人のお知らせ』を皆で暗い顔で聴いていると、誰かが「あ! お爺さんだ!」と指をさして大声で叫んだ。近所の人たちが口々に「よかった」「無事に帰ってきた」と言うので、家族皆が慌てて走り寄ると、そこには変な奴が立っていた。


 そいつは爺ちゃんの服を着て背格好も同じだったが、マーブルピンク色の肌をしていて、頭には小さなシュークリームをたくさん載っけていた。そして顔は、目も鼻も口もなにもなく、つるりとしていた。

 爺ちゃんもどきの手には紐が握られていて、その紐の先に、柴犬のポン太と同じ大きさの犬型バルーンが、地面に近いところでフワフワと浮いていた。


 僕が「こいつは爺ちゃんじゃない」と叫ぶと、他の家族や近所の人たちは変な顔をして「なにを言っているんだ」と笑った。


 マーブルピンクの爺ちゃん擬きは僕らと一緒に家に戻り、元の爺ちゃんと同じように暮らし始めた。犬型バルーンも、ガスが抜けて萎む様子もなく、庭の犬小屋周辺をフワフワ漂っていた。


 数日経った頃、本物の爺ちゃんが「ただいま」と、ポン太と一緒に、ひょっこり帰ってきた。僕は喜び、家族にその事を伝えたが、

「爺ちゃんはずっと、いただろう」とまた笑われた。

 マーブルピンクの爺ちゃん擬きと犬型バルーンは、いつの間にか消えていなくなっていた。


 納得できなかった僕は、爺ちゃんが首からぶら下げていた携帯電話を見せてもらった。中を確かめると、表示された日付が数日ずれている。

「散歩中、いい写真もとれたぞ」と、ポン太にオヤツをあげながら爺ちゃんが自慢げに言うので、それも見てみた。


 溶けたミントチョコアイス色の歪んだ空間を背景に、柴犬らしい「へけっ」とした笑顔に見える表情で、ポン太がとても可愛く写っていた。

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シナモンロールの種 坂本 有羽庵 @sakamoto_yu-an

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