第7話 種明かし

 歓喜の声がエシェンの大地を揺らしていた。久しぶりに立ち上がった男たちが、犬のように駆け回っている。奇跡だ、奇跡だと叫びながら。


「まさか本当に奇跡のたぐいでも起こしたのか?」


 リカルドも、この鮮やかな回復には目を疑っていた。この呪われた地に来てから、自身の信念が頼りなく感じる。

 しかしメリアは相変わらず、無味乾燥な声で否定した。


「そんなわけがないでしょう。ただの医術、いえそれにも及びません。ただ、水を飲ませただけですから」


「そうです、あの水にどんな秘密が?ただ湯を沸かしただけに見えましたが」


 ヨハンは子供のような好奇心を隠しもせずに、会話に横入りしてきた。学者の家系らしく、こういった未知の物事については、立場も忘れて食いついてくる。


「湯を沸かしただけです。それである種の成分を分離しました」


「成分とは?あの白い粉のことですか?釜の底にこびりついていましたが」


 ヨハンはハンカチに包んでいた薄い欠片を取り出す。少し透明感のある結晶の塊だった。


「うーん、塩のようにも見えますね。海辺の街で、海水を煮詰めているのを見学したことがあります」


「近い、と言えるでしょう。それに塩気はありませんが」


「で、結局何なんだこりゃ」


「ああ!」


 リカルドがヨハンからハンカチを奪う。副官は哀れっぽい声を上げたが、気にしない。


「石です」


「石い?」


「正確には、石の中の、水に溶けやすい物質になります。……リカルド様は、どうして沼地ができるとお思いですか?」


 いきなり質問を返してくる。リカルドは怪訝な顔をして、それでも考える。


「そりゃ、水が滞るからじゃないのか?窪地なんかに水がたまって、出るにも出られないから泥と混ざって沼になる」


「おっしゃる通りです。では、そんな沼地で安全な水とは、どこから取れるのでしょう」


「井戸だな。沼からできるだけ離れた場所にある、深い井戸がいい」


「完璧です。それならまず安全でしょう」


「色々な土地に行けば自然と身につく知識だろ。まあ褒められて悪い気はせんが」


 何度か痛い目を見て体得した経験則でもあるが、そのあたりは威厳を保つため黙っておく。

 

「しかし、その井戸水に問題があったということですよね。これまでのやり方からすると」


 ヨハンの言葉に、メリアは頷く。


「石が、水に溶け込むのは、自然なことです。しかし、量が過ぎると、性質に変化が生じます。このような水では、薬草を煮たりしません。薬効成分が溶け出さなくなるのです」


 リカルドは昨日飲んだ茶を思い出す。味が薄い原因はそれだった。


「それで、腹を壊すことあるということですね?」


 ヨハンが尋ねる。


「はい。水が合わない、という言葉はどこにでもありますが、こういった、水に含まれる成分の違いが原因になることもあります。皆様が沼地に入った時は、まだ何人かが腹を下す程度で、報告さえされなかったでしょう。しかし病で弱った体には毒です」


「つまり俺たちは、病で起きた腹痛と水に当たったのを混同してたってことか?」


「そうなります。肝を痛めた方は顔色が暗くなりがちですが、半分以上は痛みと栄養不足で白い顔になっていました。水分と栄養を取らせて元気づけ、半日も眠らせれば、元気になるのは当たり前です」


 

 なるほど、治療というよりは看病だった。しかし呪いを恐れて気力を奪われていた兵士たちには、何より活力というものが必要だったのだろう。

 リカルドはメリアの小さな手を取った。


「我が兵を助けていただいたこと、深く感謝する。神官どの。この恩は必ず返す」


「いえ、恩返しはけっこうですし、まだ仕事は残っています」


 メリアはあくまで冷たい。そして職務に忠実だった。


「ああ、そういえば呪いはまだありましたね。それも分かったんでしょう?しかし蟲はどこにいるんです?」


「それも水です。お見せしましょう」


 メリアは懐じゃら何かを取り出す。手鏡ほどの大きさの、しかし中心に小さなガラスがはめ込まれただけの板だった。

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聖王庁の魔女 @aiba_todome

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