第11話 奈落

 その頃、ダンジョンに入ろうとしていたリズが風紀委員に止められていた。


 見れば、リズ以外にも同様に生徒の立ち入りを禁止しているようであった。


「あの、なにかあったんですか?」


 現場の風紀委員がちらりとダンジョンを見やる。


「ダンジョンの床が崩れたんだよ。いま被害の状況を確認しているところだが、巻き込まれた生徒がいなきゃいいんだけど……」


「そう、ですか……」


 忙しそうにダンジョンを行き来する風紀委員を見て、リズは一抹の胸騒ぎを覚えるのだった。



 ◇



 がれきの山から這い出ると、俺は息をついた。


『死んだか?』


「生きてるよ……」


 ベリアルの軽口に答えながら、周囲を見回す。


 鬱蒼としたジャングルの広がっていた第15層の面影は見る影もなく、辺りには第15層にあったものとおぼしき木々や土が散乱していた。


 さしずめ、<超重領域>で亀裂の入った地面に、<邪神撃>の一撃がダンジョンの床をぶち抜いたのだろう。


「……とりあえず、助かった、のか?」


『そのようだが……油断はするなよ。俺たちが落ちてきたってことは……』


「まったく、とんでもないことしてくれたわね」


 近くのがれきからレティシアが身を起こす。


「あの土壇場で逃げるでも防ぐでもなく私を狙うだなんて……貴方あなた死にたいの? どうかしてるんじゃないの?」


 呆れ半分で睨むレティシア。


「逃げるような時間はないし、防げる程度の威力じゃないなら、術者を倒した方が勝機があるだろ」


「……………………」


『……………………』


 レティシアが、気がつけばベリアルまで呆れたようにため息をつく。


 あれ? 俺そんなにおかしいことを言ったか?


「……いま、ようやくエイルという人物が理解できたわ。貴方あなたバカなのね? それもただのバカじゃない。超がつくほどのおバカなのね?」


『正解』


 なにが正解だ。


 まったく、二人して人のことをバカ呼ばわりするなんて……。


 がれきの山から身を起こそうとする俺に、レティシアが手を差し伸べた。


「……ほら、行くわよ」


「えっ?」


 差し伸べられた手が理解できず、しばし呆然とレティシアの手と顔を見つめてしまう。


「もう魔力も体力も残っていないでしょう。……私が外まで送ってあげるわ」


「レティシア……」


 ……なんだよ。ただの血の気が多い厨二病かと思ったら、案外いいやつじゃないか。


 レティシアの手をとると、どうにか立ち上がる。


「やりかたはどうあれ、私と対等に戦った貴方あなたに、こんなつまらないところで死なれたら興ざめだわ」


 口ではそう言いながらも、俺のことを認めてくれたということか。


 そういうことなら、ありがたく厚意に甘えよう。


「第一、こんなつまらない幕引き、私は納得していないから」


 ん? なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。


「次、私と戦う時は、もっと力をつけてから挑むことね」


「いや、そっちからケンカ売ってきたんじゃん。模擬戦のときも今回も、レティシアの方から挑んできたじゃん。」


「…………魔剣使いに魔剣を晒すということは、すなわち戦いを挑むということに他ならないわ」


 なんだそれ。初めて聞いたぞ。


「とにかく! 貴方のこと、多少なりとも認めてあげてもいいわ。せいぜい、貴方と引き分けた私の顔に泥を塗らないようにすることね」


 レティシアの素直じゃない物いいに俺は苦笑するのだった。



 ◇



 地上に戻ると、ダンジョンの入口ではレイチェルが必死の形相で待ってくれていた。


「坊ちゃま!」


 既に日も落ち、いい時間になっている。


 俺の帰りが遅いことを心配して、待っててくれたのだろう。


「悪いな。心配かけた」


「もう……」


 唇を尖らせて抗議するレイチェルだったが、次の瞬間には顔を綻ばせていた。


「とにかく、坊ちゃまが無事でよかったです」


「ああ……」


 こうして、俺とレイチェルは寮への帰路につくのだった。

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