第10話 死んだ方がマシ

「<邪神礼讃>」


「<超重領域>」


 魔剣の宝玉から禍々しい光が放たれた。


 ベリアルから発せられた超重力が大地を揺らし、レティシアから伸びる“影の手”が音もなく地面を滑る。


 超重力の中にあっても減速する気配がない。


 まさか、この手は……。


『重力の影響を受けないのか……?』


 ベリアルが愕然とつぶやく。


「だがレティシアの方はそうでもないみたいだぞ」


 俺の視線の先では、顔を歪ませたレティシアが蛇腹剣を振っていた。


「……厄介ね。そのチカラ……」


 “影の手”の群れの中からレティシアの蛇腹剣が迫る。


 余裕を持って避けると、“影の手”を斬り伏せた。


 模擬戦の時に比べてレティシアの動きが鈍い。


 あれだけキレのあった剣さばきが、超重力の中にあっては大振りになってしまっている。


 超重力であることを差し引いても、これなら余裕をもって防げる。


 そうなると、問題は“影の手”の方だ。


 目の前に迫る3本の“影の手”を、斬って避けて斬り伏せる。


 クソ! これじゃあ“影の手”の対応に手一杯で、レティシアのところまでたどり着けない!


 レティシアの強みは、圧倒的な手数・・にある。


 <邪神礼讃>による無数の“影の手”に加え、レティシア本人から繰り出される蛇腹剣の圧倒的な制圧力。


 それこそがレティシアを強者たらしめる戦闘スタイルだ。


 『ヒーローズオブアーク』では、主人公アランに加えヒロイン4人で手数を上回り、間隙を縫って繰り出される蛇腹剣を突破してダメージを与えていた。


 すなわち、いまの俺も同じように手数で上回り、蛇腹剣を突破すれば勝機があるということになる。


 四方から迫る“影の手”を躱し、1本2本と続けざまに斬りつけ、足元から迫る“影の手”を避ける。


 ……一人でやるのか、これを。


 主人公が5人がかりで倒した相手を、一人で。


「……………………」


『おい、さっさと攻めろ。魔力なくなるぞ!』


 思考が停止しかけた俺をベリアルが急かしてくる。


 わかっている。俺の中の魔力も残りわずかだ。


 このまま現状維持しているのでは、どちらが先に力尽きるのか目に見えている。


 ――と、足元に火球が迫ってきた。


「――っ!」


 紙一重でかわすと、“影の手”の奥でレティシアが舌打ちした。


「魔法まで重力に捕まるとなると、いよいよ面倒ね……」


 おいおい、魔法まで使えるのかよ。


 ゲームだと使わなかったのに!


『おい、お前も魔法を使え』


「無茶言うなよ。残りの魔力も少ないんだぞ」


『だからこそだろうが! 長期戦じゃ勝ち目がないから、速攻で倒すんじゃなかったのかよ!』


「……!」


 ベリアルの言う通りだ。


 体力魔力が少ない現状では、とるべき作戦はそれしかない。


 俺は魔剣を握り直すと、さらなる魔力を送り込んだ。


「ファイヤーボ――!?」


 呪文を唱えようとしたレティシアの顔が歪む。



 <超重領域>、10倍。



 超超重力が周囲にのしかかる。


 木々が軋み、俺たちの立ってる部分から亀裂が走っていく。


 さすがの高出力。


 桁外れの魔力消費だが、現状を打開するにはこれしか手はない。


 出力を上げられるとは思っていなかったのか、レティシアが膝をつき、苦悶の表情を浮かべた。


「屈辱的ね……。この私が、立っていることさえままならないなんて……」


 蛇腹剣を構えることさえ難しいのか、杖代わりにしてどうにか姿勢を保っているありさまだ。


 満足に蛇腹剣が使えない今のレティシアであれば、接近はたやすい。


 “影の手”の連撃が続く中、俺は一歩一歩歩みを進めた。


 迫りくる“影の手”に剣を突き立て、斬り裂き、避けられないものはその身で受け止める。


『おい! なにをやっている!』


 頭の中でベリアルが叫ぶ。


「なにって……決まってるだろ」


 先ほどの重力でも防戦で精いっぱいだったというのに、<超重領域>の出力を上げたのだ。


 ただでさえ<超重領域>の影響を受けない“影の手”を、この超超重力下で防げるわけがない。


 それならば、攻撃を受ける覚悟を決めて、前進に力を費やした方が、まだ勝機があるというものだ。


『お前バカか! 死ぬぞ!』


「望む、ところだ」


 超超重力で軋む全身を引きずり、歩みを進める。


「どのみち、俺には前に進むことしかできないんだ」


 なにもせずに運命を受け入れてしまえば、主人公アランを引き立てる悪役として生を終える。


 そんなのはまっぴらごめんだ。


 だから俺は決めたのだ。


 誰にも負けない力。誰にも屈さずに済む力を手に入れるのだ、と。


「死ぬほど悔しい思いをするくらいなら、死んだ方がマシだろ!」


『エイル……』


 “影の手”でダメージを受けた身体を奮い立たせ、レティシアとの距離を詰める。


「……正直、見くびっていたわ。貴方あなたのことを……」


 膝をつき、今にも潰れそうな身体を蛇腹剣で支えながら、深紅の双眸がこちらを睨みつける。


「……私も覚悟を決めた方がよさそうね」


 広がっていた“影の手”がレティシアの元に戻ると、幾本もの手が一本に収束し始めた。


 細かった腕が束ねられると、一本の巨大な剛腕となりこちらを見下ろす。


「<邪神撃>、と呼んでいるわ。この超超重力の中、歩くのさえやっとな貴方あなたが、私の<邪神撃>を耐えられるかしら?」


 上空で握られた巨大な拳が、俺の周囲に影をつくる。


『エイル! やばいぞ、あれは……』


「わかってる」


 ただでさえ、気合で立っているような状態だ。


 この超超重力下に<邪神撃>まで受けてしまえば、いよいよタダでは済まないだろう。


『んなら、とっとと逃げ――』


「あれが落ちる前に、レティシアを倒す!」


『バカ野郎!!!!』


 悲鳴を上げる身体でレティシアまで距離を詰めるのと同時に、<邪神撃>が振り下ろされた。


 世界が闇に覆われる中、俺の視界は暗転するのだった。

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