第19話 薬屋さんのスランプ⑤

「ん……あれ? ここは?」

「目を覚ましましたか、ポーリさん」

「アキラさん……。ここはどこですか? あれ、私は……」


 寝起きで混乱しているポーリさんに、ここはギルドの医務室で、薬屋で気を失ったことを説明した。


「そうでしたか。ご迷惑をお掛けしました」

「いえ、気にしないでください。それより、どうしてあの薬を、閃き薬を六つを摂取したんですか?」

「…………。効果が出なかったです……自分の奴は」

「効果が出なかった? えっと、つまり、脳が活性化しなかったと言うことですか?」

「……いえ、効果は後から出たんです」


 俺たちが昼ご飯を食べに行った後、ポーリさんは、様々な薬草を用意し、調合を始めようとした。しかし、手は動かなかった。

 ポーリさんは、まだ効果が出ていないだと思い、それから十分ほど飴を舐めていたが、一向に何か閃く様子はなかった。


 一つだけでは効果が薄いのかと思い、ポーリさんはもう一つ口にした。しかし、効果は出なかった。

 そした、また一つ、また一つと口にしていき、自分で作った分の薬は全て飲んだ。だが、効果は出なかった。

 また、失敗したのだと、落胆した。


 半分焼けになったポーリさんは、口に残っている閃く薬を無理矢理歯で砕き飲み込み、優奈が作った方の薬を口にした。

 すると、全身に流れる血が脳へと送られていく感覚がし、脳が活性化していくのが分かった。


 すぐに調合魔術を使い、調合を始めた。すると、ものの十分で出来上がり、鑑定に掛けるとちゃんとした薬であり、約四ヶ月ぶりの成功作だった。

 嬉しくなったポーリさんは、今なら新薬を作れるのではないかと思った。


 早速新薬の調合に取り掛かろうとしたが、何も閃かなかった。ポーリさんは、薬の効果が早めに切れたのだと思い、優奈の薬を追加でもう一つ摂取した。それが、間違いだった。


 後に優奈が調べて分かったことだが、ポーリさんの方の閃き薬は、遅効性であり、数分経ってから効果が出てくるものだった。

 つまり、優奈の薬の効果に加えて、後から先に飲んだ自分の分四つ、二時間分が遅れてやって来た。


 そうすると、脳に一気に二時間半分の刺激を与えることになる。

 脳は異常を起こし、それはポーリさんを襲うのだった。


 それが、俺と優奈が見たあのポーリさんだった。


「つまり、なぜか遅効性の薬になってしまい、それを知らず飲み続け、優奈と薬と合わさり、脳に異常をきたしたと」

「はい。うっ」

「大丈夫ですか!」

「はい……少し、頭が痛いだけなので」

「薬のせいですね」

「はい……」


 ポーリさんは、ボゥーと天井を眺め、ポツリと口を開いた。


「私、やっぱり店を閉じて、故郷に帰ろと思います」

「え!? えっと、薬作りを辞めると言うことですか?」

「いえ、また一から薬学を学びなそうと思います。自分を救えない薬で、人なんて救えないですから。また、一から学び直し、そしてまた薬屋を開こう……いえ、再開させようと思います」

「そうですか……そうですね、それもいいかも知れませんね。もしかしたら、新しい発見をできるかも知れませんし」

「ええ。でも、そうすると一つ気掛かりになることがあるんです」

「もしかして、この街に薬屋さんが一つしかないことですか?」

「はい、そうです。暫く休業していた身で言うのもなんですが、冒険者さんの方や街の人たちは薬を必要とします。それが心配で、中々決断できなかったと言うのもあるんです」


 確かに、少なくとも薬屋は一つはあったほうがいいと思う。

 クエストにも、日常生活にも薬は役に立つ。俺も、薬の便利さを実感した身だ。


「知り合いの方とかにいないんですか?」

「あまり交友が広くないもので……」

「そうですか。適当に誰かがやるわけにもいかないですしね」

「…………」


 悩んでいると、ポーリさんがこちらをじぃーと見ていた。


「どうかしました?」

「いや、アキラさんたちが薬屋を継いでくれたら、安心できるなと」

「俺たちが?」

「はい。優奈さんは調合できますし、アキラさんは薬草を探せる。二人が力を合わせれば、いい薬ができると思うんです。あ、別に無理にと言いませんよ!」


 ポーリさん……違うんです! 二人が力を合わせればと言いますが、全部優奈一人の力なんです!

 調合を始め、薬草を探したのも優奈なんです! 俺は何もしていないです!

 と、今さら言うわけにもいかず、俺は何も言えなかった。


「取り敢えず、なるならないは置いておいて、俺たちでも薬屋ってできるんですか?」

「今すぐ、というわけにはいきませんが、いくつか薬を作り、ギルドに提出し、許可が出れば売ることも店を出すこともできますよ」

「へぇー、街や国とかじゃなくて、ギルドなんですね」

「そうですね。まあ、最終的にギルドを通して街や国に許可を取ることになりますが、面倒な申請などはギルドがしてくれるので、話をして、モノを提出するで済みます」

「面倒な申請がないのはいいですね」


 ポーリさんの提案は一旦保留にし、今日は解散した。ポーリさんは、今日一日はギルドで様子見入院だ。


「それで、どうするの?」

「薬屋のことか?」

「うん」

「そうだなぁー。定期的に薬を売ったりしたら、いいお金稼ぎになりそうだが、そうすると他のことに手が回らなくなりそうだな。主にクエストとか」

「確かにそうだね。代わりに売ってくれる人がいたらいいけどね」

「代行ってわけか。そうだな、そんな人がいればいいけど」


 ポーリさんが代わりに売ってくれたりしないだろうか。まあ、無理な話だけど。故郷に帰るって話だし。


 翌日、ギルドに行くと、何やらポーリさんの元気がなかった。

 まさか、まだ薬の異常が残っていたのだろうか。


「いえ、頭痛は治まり、体も健康そのものです」

「じゃ、どうしたんですか?」

「昨日、故郷に帰ろうかと言う話をしたじゃないですか」

「そうですね?」

「実は、帰れそうにないんです」

「ギルドのお姉さんとか街の人に止められたんですか?」

「いえ……あ、いや、止められはしたんですが、納得はしてくれたんです」

「ん? だったら、なぜ?」

「…………」


 ポーリさんは黙ってしまい。気のせいか、耳が赤い気がする。やはり、体調が悪いのではないか?


「……です」

「すみません、もう一度言ってくれませんか?」

「お金がないんです。ここに来て、店を閉じていた漬けが回ってきたんです」

「おぉぅ……」


 あんなに深刻そうな顔をしながら、店を閉じるしかないなの、故郷に帰るなの、止める手を振り切るなのとした途端に、金がない問題。

 こりゃ、恥ずかしい。耳も赤くなるはずだ。


「どうしましょう」

「どうしましょうって……あ! そうだ! だったら」


 俺は、昨日優奈と話していた、薬売り代行の話をポーリさんにした。


「代行ですか?」

「はい。俺たちで売ってもいいんですが、そうすると、クエストとかを受けられなくなるんで、代わりに売ってくれる人がいないかと話していたんです」

「代わりに売るとなると、お二人に入る利益は減りますよ?」

「それ自体は別にいいですよ。お小遣い稼げたらいいな程度なので」

「あまり強欲じゃないですね。商人としては、ダメですね。商人は、上手く売り込み、どれだけ多くの利益を出せるかが商人の腕の見せどころなので」

「薬屋さん以前にちゃんと商人なんですね」

「ええ、これでも長く薬屋を営んでいるんです」


 でも、今はお金が無くて、故郷に帰れず困っている。商人とは……。なんて、本人には言えない。


「で、話は戻すんですが、引受けてくれますか?」

「まあ、このままスランプを理由に無職という訳にはいかないので、こちららこそお願いしたいところです」

「それは、よかったです。では、詳しい話は後ほど」

「はい。これからもよろしくお願いしますね」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします」


 ということで、まだまだ準備は掛かるが、後にポーリさんに優奈が作った薬を代わりに売ってもらえる事になった。

 そして、その間、ポーリさんは故郷に帰れないので、代行をしながら、薬の勉強をし、一から調合をやっていくらしい。


 こうして、ポーリさんのスランプ問題は幕を閉じた。

 その頃、とある精霊がいる森で問題が起きようとしていることを俺は知らなかった。

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