第16話 薬屋さんのスランプ②

 俺の魔術は確かに弱い。スライムを倒すことはできたが、同レベルと言ってもいいぐらいのゴブリンは倒せなかった。

 しかし、魔術は応用次第で、弱い魔術でも、ゴブリン程度の敵は倒すことができると思う。


 現に、そうでもしないと、後々この森に生息するゴブリンは一人の女の子によって滅ぶことになるかも知れないからだ。

 というのも、俺は現在、薬草を探していると五体のゴブリンと運悪く遭遇してしまい、割りとピンチに陥っている。


「あの〜、見逃してくれたりしませんか?」

「ごぶごぶっ!!」

「ごぶぅ!」


 手に持つ棍棒を振り上げ、そんなわけあるかと言っている気がした。


「ですよね〜」


 どうするか。一体、二体ならまだしも、五体となると、俺からすれば結構キツい。

 魔術の応用――まだ、金もなく服がこの制服しなかった頃、俺と優奈は、レイラちゃんから洗濯用の桶を借り、そこに水球ウォーターボールで水を溜め、制服を洗い、風球ウィンドボールを使って乾かしていた。


 シャワーはあるが、洗濯機もなければ、乾燥機もない世界では、こうして服を洗って乾かすしかなかった。

 あくまでこれは、魔力を持て余した俺の方法で、普通は水道や井戸などで水を溜め、そこで洗って太陽の下に干すのが一般的だ。


 つまり、魔術の使い方次第で、生活においても戦いにおいてもどうにでもなるということだ。優奈のチートを除いての話だが。あれは、常識をぶっ壊す。


「だから、一つの魔術で倒せないなら、二つ合わせては使えばいい。滴れろ――ウォーターボール」

『ごぶっ!?』


 ウォーターボールによるダメージは然程なく、ゴブリンはびしょ濡れになった程度だ。しかし、これは、想定内だ。なぜなら、本命はこの次の魔術なのだから。


「ごぶごぶっ!」

『ごぶぅーっ!!』


 チームのリーダーなのか、一体のゴブリンが合図らしき声を上げると、他のゴブリンたちも一緒になって襲い掛かってきた。


 ――バチッ。


「なあ、ゴブリンよ……、水によく効く属性って何か知ってるか? 答えわな、骨の髄まで痺れろ――雷球サンダーボール


 電気を纏った球が、びしょ濡れになったゴブリンたちに向かって飛んでいく。

 濡れた皮膚と電気が合わさり、ゴブリンは断末魔を上げた。


「ごぶぅぅぅうううっっっっ!?!?」


 秘技――感電死、だ。

 電気に痺れ、倒れるゴブリン仲間を見て、逃げる残りのゴブリンたち。

 そいつらに向かって、雷球の追撃を御見舞する。


「ごぶぅぅぅ!?!!」


 あっという間に五体のゴブリンは感電死し、冒険者証に討伐の証が記録された。


「水球、雷球両方連続で五発撃ったけど、全く魔力が減った感じがしないな」


 魔力消費量がそんなにも少ないのか、魔力回復が早いのか。まぁ、どっちでもいいけど。


 空を見ると夕方になりかけていた。クエストに出たのが、昼頃だったのもあり、一日が短く感じる。


「今日は、もう帰るか」


 今日の成果は、薬草ゼロ本、ゴブリン五体を倒したことだけだ。

 はは……、これ、本当に薬草採取できるのか。


 街に向かって森の中を歩いていると、女性らしき悲鳴が聞こえた。

 悲鳴に駆けつけると、三体の狼型魔物に襲われ掛けていた。


「離れろ――火球ファイアーボール

「キャインっ!」


 火にビビった狼たちは逃げていき、俺は女性に駆け寄る。


「大丈夫ですか!」

「あ、はい、大丈夫です。助けていただきありがとうございます」


 女性の顔をよく見ると――乱れた髪に眼鏡、疲れたような顔をした――薬屋さんだった。


「あ、もしかして、薬屋さんですか?」

「え? あ、はい。薬屋のポーリです……?」

「あ、えっと、俺は、冒険者をしているアキラと言います」

「アキラさん……どこかで、聞いた名前……あっ! あの高品質の薬草を取ってきてくれた冒険者さん!」

「たぶん、そうです」


 お互い、ギルドを通して間接的に知っていた。


♡ ♡ ♡


 ポーリさんと街に戻ってき、ずっと休業中の薬屋で、助けたお礼とお茶をご馳走になっていた。


「すみません、こんなものしかありませんが」

「いえいえ、こちらこそ、お茶をご馳走になってしまって」

「助けてもらったお礼なので、気にしないでください」


 お茶を飲みながら、店の中を見る。

 机には、様々な薬草やすり潰された薬草、何かの液体が入った瓶などが散らかっていた。


 確か、今、薬屋さんはスランプ中なんだよな? あの机にある薬草や液体は、調合の途中なんだろうか。

 と、少し興味深く見ていると、ポーリさんから話し掛けてきた。


「すみません、散らかっていて」

「あ、いえ、別にそんなつもりで見ていたわけじゃ」

「いえ、いいんです。最近、薬作りが上手くいかず、薬草を無駄にしてばかりで、できた薬も効果の薄いモノばかりで。

 ギルドに依頼するお金もそろそろ無くなってき、もう店を畳み、故郷に帰ろうかと思っているんです」

「そうなんですか。それは大変ですね」

「すいません。突然こんな話をされても、困りますよね。あはは……はぁー」

「ポーリさん……」


 これは、話に聞いていたよりも、深刻そうな問題だな。かれこれ、四ヶ月近くも休業しているらしいし、その間稼ぎもなく、お金は減っていくばかり。

 ギルドに依頼するにはお金を払って依頼願いをするらしい。期間によって、値段は変わる。


 ギルドのお姉さんに聞いた話だが、薬屋さん……ポーリさんは、休業する前からも依頼を出していたみたいだ。


「薬って突然作れなくなったんですか?」

「突然と言うよりは、作り方が分からなくなったって感じです」

「と言うと?」

「実は、スランプになる前、新薬を作ってみようと、様々な薬草や薬を混ぜたりしていたんです」

「へぇー、新薬を」

「はい。もっと回復力が強い薬や早い薬を作ってみようとしたり、状態異常を一つの薬で二つ、三つ治せる薬を作ってみようとしたり、魔力を回復したり、増やしたりする薬を作ってみようとしたり、戦闘に使えそうな薬を作ってみようとしたり――と、しているうちに、元の薬の分量や作り方が分からなくなってきてしまい、段々とスランプ気味に」

「なるほど」


 これは、スランプと言うよりは、感覚を忘れてしまったという感じだな。つまり、前までの薬作りの感覚を思い出せば、また薬を作れるようになるかも知れない。


 と言っても、俺に薬の知識は全くない。調合魔術もないしなぁー。


「そう言えば、ポーリさんは、薬を作る魔術は持っているんですか?」

「あ、はい。調合魔術と一応鑑定魔術を持っていますよ」

「調合魔術を使っても、薬って作れないんですか?」

「はい。調合魔術は、薬草の効果などを教えてくれ、何と混ぜればどんな効果の薬が作れるかを導いてくれるだけ、あくまで結果しか教えてくれないんです。まあ、それでも、普通簡単な薬なら、問題なく作れるんですけどね」


 要するに教科書みたいものか。知識と情報は知れるが、実際の現物は自分の腕次第。

 まあ、確かに、教科書を読んだだけで、頭が良くなれば苦労しないもんな。優奈は、大体は教科書を読めば、内容を理解できるらしいけど。天才様は凡人とは違うのだ。


「調合魔術を使える人がいれば、一緒に作って何かを掴めるかも知れないんですけどね」

「調合魔術か……あ!」

「ん?」


 優奈なら、魔術創作でそれっぽい魔術を創れるのではないだろうか?

 今回に限らず、自分たちで薬草を採り、薬を作れたら色々便利な気もするし。


「あー、そっか、でも、今は魔力を無くて無理なんだ」

「何か魔力で困っているんですか?」

「ええ、実は、俺の彼女がちょっと魔力を使い果たして、体が動かないみたいで」

「それは大変ですね。余り物で良ければ、魔力回復薬を差し上げましょうか?」

「え! あるんですか!」

「はい。元々、魔力回復薬も何本か作って売っていたので、その残りが数本あるんです」

「とても助かります。いくらですか?」

「いえ、タダでいいですよ。どうせ、もう店を閉じて、この薬たちも捨てるから配るかする予定なんで。なので、遠慮なく、一本でも五本でもどうぞ。

 薬たちも、本来の役割を果た方が喜ぶと思うので」

「そうですか、ありがとうございます」


 俺はお礼を言って魔力回復薬を二本貰い、宿に戻った。

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