テイク4 クソゲー

『ぷぷぷ。「ここはて、天国?」かだってさ~。ああお腹痛い』

 神が急に話し始めたかと思えば、辺りを転がり回ったり、地面やら机らしき物を叩いたり涙を流してまで大笑いしていた。


「ば、馬鹿にしやがって!」

『そりゃあ馬鹿にしたくもなるわい』

「黙れ!」

『馬鹿とはなんだ! 馬鹿とは! 神じゃぞ!!』


 既に繋がれていた映像にて神の顔を確認する。これで何度奴の忌々しい顔を目にしただろうか。流石に数が増えてきて嗣もいちいちそんなことを憶えていられない。ただ早くクズ神の顔を見ないで良いようにしたいと望むばかりである。

 神の怒りをスルーして実際に現実世界で確かに見た映像を嗣は神に説明した。


「本当に天国に見えたんだ。あれは……あの時見た」

『ああ、お前がそう見える様にわしが施したからな』

「おまっ! ふざっ!」


 実際に嗣が天界で見た世界と似ていた。だから嗣は心奪われてしまったのだ。でもそれは神が創り出した幻想世界らしい。

 女子たちに惚れ薬まで使って、嗣には幻覚の薬を使ったか。何ていう野郎だ。


『くくく、ざまあざまあ』

「クソじゃん」


 嗣は何度かこの罰を受けて分かり始めた。正直このゲームは無理ゲー、クソゲーだと。

 ただ分かってはいるのだけれど、「生きたい」という生に対する欲求が嗣を貪っているのもまた事実なのである。

 もう長いトンネルの奥へと歩を進めてしまったのだ。後ろを振り返っても光は見えない。例え戻ったところで、入り口には重い扉が閉まっていて鍵まで掛かっている可能性だってある。そうして頑丈に閉ざされてすらいるだろう。残されたのは真っ暗な一本道を歩き、生存という途方もない距離を歩くだけである。……とまあ分かりにくい例えは放っておいて……。


「流石に卑怯だ。もう一回だ。やらせてくれるんだろう?」

『あひゃひゃ。いいぞよ。存分にこのゲームの恐ろしさを知るが良いわ』


 神のアホ面を見て、嗣は少し気持ちを落ち着かせる。深呼吸をして、作戦を考えた。

 嗣にとってはもう何度目かも分からないゲームをやらされて、どれだけ難しいことなのかを理解した。簡単には済まされるものではない。だから攻略の為の作戦を打ち立てる。


『お主がどれだけ頑張っても無理よぞ』

「やってみないと分からないだろ。俺はやってやるよ」

『早くも効果が表れているようじゃの~。僥倖、僥倖』

「こんなのに俺は負けない。それに――」

『なんじゃ?』

「――こんなとこで躓いて死ねるものか」


 神はこのゲームが絶対にクリア出来るものではないと、断定する。神がそういうならそうなのかも知れない。が、嗣は既に生きるを一番優先に動く。例え、他人が死んでも自分を優先してしまうかも知れない。以前の嗣では絶対にありえない。しかし、神によって嗣は人格を根本的に変えられてしまったのだ。


『おっほっほほ。良い意気込みじゃの~。精々頑張ってくれたまえ』

「今に見てろよ。クズ神が」


 さっきまでニヤニヤしていた神の表情が一瞬にして赤く染まる。当然ながらそれは照れなどの可愛らしいものではない。神は息をすうーと吸って、


『お主言いやがったな。わしに向かってクズなどとおおお! 一度のみならず二度までも! きさまああああああああああああああああああああああああああああああああああ』

「あはは、神がただ軽く罵られただけでキレてるよ。ばーか、ばーか」

『貴様あああああああああ、本当に許せぬ! 許せぬううううう!!!!!!!! 殺す殺す殺す殺す!』

「やーだね」

『死ね死ね死ね死ね死ね』


 本当に神か一度確かめる必要があるのかも知れない。

 神の気分で簡単に人が、命が、殺せるというのに、こんな神では本当に全てが滅んでしまうだろう。誰か神の近くにいるものなどは果たしていないのだろうか。

 もし神で合っているというのなら、誰かあいつと代われないだろうか。そうすれば嗣だってこの危機的状況から脱却出来るかも知れないのだ。それが一番の近道になると言えよう。

 まあ地上にいる嗣では天にいる神について調べようもないと分かっているのだが。


『さっさと死んで来い』

 神が願うのは嗣の死を見ることだけ。神は吐き捨てるようにきつく言い放った。

「いーや!」

 神が望むものは嗣にとっては望まないもの。当然否定する。

(とは言っても、どう切り抜けようか。本当に困った)

 

 生きたいと願って生きられるなら何も苦労などしない。それが出来ないからこそ、嗣は既に何度も破裂までして死んでいるのだ。現実でもそう簡単に思うように事が運ばないのに、もっと難しい無理ゲー世界なんかどうしたら良いのか分かるはずもなかった。

 カチカチ、と時計が再び動き出す。


———



「ぐがっ」

 嗣は変ないびきを立てて情けない顔をしながら起きた。

「「「「可愛い~」」」」


 クラス中の女子全員がそんな嗣の一部を見て、同じ意見を口にした。やっぱり嗣に対しハートの目から変わることはないようだ。嗣としては気持ちが変わってくれるとありがたいのだが。だがそんな楽に攻略は出来ないと嗣も知っている。

 嗣の事情を知らない男連中は相変わらず嗣に冷たい視線を向けていた。

 嗣が神と前までかなり慕っていたはずなのに、一瞬で友情と呼べるものは消えてしまったのだ。なんて悲しいことなのだろうか。

 何なら今の状況を変わりたいくらいだ。でもそれは叶わない。自分が生き抜くしか残されていないのだ。

 

 嗣が親友と呼べた畔戸雄介くろとゆうすけさえ蔑んだ目で一直線に嗣を捉えている。何か突っ込まれるより冷たい視線を向けられる方がきつかった。そのことに触れてくれた方が嗣としても言いやすかっただろうに。残念ながら嗣に仲間と呼べる存在は少なくとも教室には存在しなくなった。

 嗣に生存の欲求があると言えど、その事実はまだ自我がしっかりと残っている嗣には厳しいものだ。精神的にも追い込まれる。しかしそれについてはもう割り切るしかないだろう。生きたいのなら他人を気遣う余裕などない。

 


 嗣は深呼吸をした。今度は息を名一杯に吸い込んだ。その間に告白されても良い覚悟で。ただ女子は嗣が何をしているのか知りたいようで、目をハートにして静かに様子を見守っている。


「お前らあああああああよく聞けえええええええええええええええ」


 大声で以てその場を支配する力技に出る。

 呪文のような数式を黙々と描く進めていた教師も肩をビクッと動かして、振り向いた。元々視線は集まっていたし、静かだったんだけど何も言わせないように注目を、意識を集める。

 思惑通り教室はしーんと静まり返った。


(よし、上手くいった。次は――)

「……付き合って下さい」


 クラスの中の誰かがボソッと呟いた。ただただ可愛らしい声が静かだった教室に反響する。死なないと言う条件があったならば嗣はOKだと即答しただろう。

 でも残念ながら今は違う。死んでしまうのだ。


「はにゃ?」

 嗣は自らの死を察して、顔を引きつらせた。


【バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン】


 ――やっぱりこのゲームはクソゲーだ。嗣はまたまたあっさりと死亡した。



 

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