第4話 帰ってきた推し

 数日後。


「ムムッ!! 拙者を呼んだか!? 共に戦おうぞ!!」


 口に含んだ烏龍茶を噴き出しそうになった。仕事が終わったあと、夕飯そっちのけで熱中していたゲームからはさっき確かにログアウトしたはずだ。


 まさか!! ベッドサイドに飾っていた推しぬいを見ると、やっぱりモコモコと動いている。手に取るとほんのり温かくて、胸が高鳴った。


「ケンゴー!! も、戻ってきたの!?!?」


「ムム、居心地の良さが忘れられなくてな。お主さえ良ければこれからも余暇をここで過ごしたいのだが」


「ええええ? そんな自由な感じなの!?」





――そもそも、これがいったいどういうことなのかと言うと。


 私が自分の手で縫い上げたぬいぐるみは、込められた想いがあまりにも強くて魂の容れ物……いわゆる依代よりしろというものになってしまったらしい。


「待って、手作りのぬいぐるみなんか世の中に溢れてるのに、あっちこっちでしゃべって大変なことになるのでは!?」


「ムム、拙者も他の頭領のもとにいる同志に話を聞いたのだが、ぬいぐるみとやらを介して『外』に出られるという話は聞いたこともないと言っていたな」


 どうやら他のプレイヤーとの対戦モードの時に、キャラたちは『よその自分達』と色々なやり取りをしているらしい。同じキャラでも性格が微妙に違ったりするんだとか。なにそれ、覗かせて欲しい!! 尊いじゃん!!


 公式にその手の何かをアレしてくださいと要望を出してみようかと真剣に考える。ケンゴーはそんな私をじっと見て、


「拙者が思うに、カリントウにはその手の特別な素質があるのではなかろうかと。霊力を持っているとか、そういう」


 さらっと衝撃的なことを口走った。


「えええー!?」


 それは巫女的な何かでしょうか? 私の両親は普通のサラリーマンだし、生まれてこの方、そんな清らかな血筋だなんて話は聞いたこともない。


 ただの欲深くて不器用なオタクなのに、自分でも知らなかった特技を知らされることになった私は、手のひらをじっと見た。


 まあ、特におかしなところはない、と思う。感情線がちょっと長めなくらいだ。


 今まで家庭科や図工でまともなものがひとつも作れなかったのは別に不器用だからではなく、ある種のリミッター的なものが働いていたからなのではないかとケンゴーは語った。今回は推しへの深い愛がそれを打ち破ってしまったということらしい。


 まあ、今後ぬいぐるみを縫うのはここぞという時だけにしようと思う。ハマりそうになってたんだけどね。




――というわけで。ケンゴーは余暇、要するにゲームからログアウトしている間は、このぬいぐるみに乗り移ることで自由にこちらに来ることができるようになったそうだ。


 推しが部屋に通ってくるなんて、そんなバカな! どこのライトノベルですか!? と呆然とする私の前で、推しは百円ショップで買ったミニチュアの畳に転がっている。


 既製の服(今日はバスローブだ)に身を包んだ姿は、やっぱり赤ちゃんのようだ。


「そういえば、早く服を縫ってあげないと。大きいと不便でしょ」


「いや、ここには休みに来ているからな。裸でなければなんでもいいのだぞ」


 刺繍で作った目や口は大きく形は変えていないけど、何となく微笑んでいるように見える。ゲームでは決して笑わないキャラなのに、ギャップがたまらない。


 いらないとは言われるけど、推しに着て欲しい服を作れるようになるのもいいかもしれない。意外とスーツとか似合いそうだし、履き慣れている下駄も工夫して作れないだろうか? ちょっと頑張ってみたい。


 ここで推しがモコモコと動いたので、椅子に座らせた。なんとなくして欲しいことがわかるようになっている。


「すまんな。そうだ、前のように鞄に入れて、いろいろなところへと連れて行ってくれぬか? お主が暮らす世界とやらを見てみたいのだ」


「じゃあ、お腹すいたからご飯買いに行こうかな……冷蔵庫空っぽなんだよね」


「ウム。供するぞ」


――こうして、私と魂を持った推しぬいとの奇妙な共同生活が始まったのだった。


 〈完〉

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推しぬい縫ったら魂が宿っちゃった件 霖しのぐ @nagame_shinogu

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