第3話 別れの時

 近頃の百円ショップには、『推し活』ブームに乗っかったのかぬいぐるみのための既製服や家具が多数販売されている。


 息も絶え絶え店内に駆け込んだ私は、目ぼしいものを手当たり次第にカゴに放り込んでいった。


 そして帰宅。


「ムム、少しばかり大きいが、悪くはないな。それに靴は初めて履いた」


 ゲームの中では筋骨隆々で二メートル近い大男でも、ぬいぐるみとしてはすこし小柄。既製のぬい服はどれもブカブカだった。


 とりあえず、一番小さいサイズの着物を着てもらって、ブーツも履いてもらった。これは、頭の大きくても自立できるようスタンドも兼ねている、ぬいぐるみ専用のものだ。


 本当はケンゴーの足元は下駄なんだけど、残念ながら合うものは見つからず。


「ごめんなさい、服はまた時間ある時に頑張ってちゃんとしたのなの作りますから……でも下駄……下駄ってどうやって作ったらいいの?」


 やっぱり敬語になる私に、ケンゴーは優しく言う。


「いや、別に細かいことを気にすることはない。裸でなければそれでいい。言葉遣いもかように丁寧でなくてもいいぞ」


「わ、わかった」


 なんて懐が深い。そう、ケンゴーは一見無愛想で戦闘狂と見せかけて、こんな寛大で優しい一面も持ち合わせているマジでいい男なのだ。だからこそ推せるのだ。


 王子様みたいにキラキラしてるのがダメだなんて言わないけど、ほんとなんで人気がないのか。キャラを見た目で判断するな、といつも思っている。


「ムム、なるほど。この靴を履けば頭が重くても立てるのだな。うまく動けぬゆえ刀は振るえそうにないが、ここはそのような物が必要な戦世でもないのだろう」


「まあね」


 ケンゴーは手足の短いぬいぐるみの体に慣れたのか、椅子から器用に降りると、ぺこりと頭を下げ……たら転んでしまった。自力では起き上がれずにモコモコと動いているので、椅子に座らせてあげた。


「ああ、かたじけない。しかし、召喚されて以来一日も休むことなく、我々を誰にも負けぬ強き武士モノノフに育て上げてくれたお主に一度相見えてみたいと思っていたのだ。部隊を代表し、礼を言うぞ、カリントウ」


 ええ、確かに七年前のサービス開始以来、ログインやデイリーミッション(このゲームでは日課と呼ぶけど)やイベントの類をサボったことはない。


 たとえインフルエンザで倒れようが、残業続きでふらついたところを車にぶつかられて死にかけようが。


 一日たりとも鍛錬を欠かしたことのない、いわゆる廃人と恐れ慄かれるレベルのプレイヤーでございますとも。


「こっちこそ、ありがとう。いつもすごくカッコいいケンゴーの戦いぶりがいつも励みになってました」


 終わりなき戦いに勇ましく出撃する彼らの背中に私はずっと救われていた。仕事で辛くても、『いざ出撃!』という声を聞けば同じような気持ちで頑張れた。


 一生懸命手をかけてやれば、かならず結果を出して応えてくれる彼らが、攻略が難しくて挫けそうになったプレイヤー(私)に心強い言葉をかけてくれる推しが大好きだった。


 まあ、これは恋愛感情じゃなくて、安心して背中を預けられる戦友という意味でだけど。それでもこんなふうに言葉を交わせる時が来るなんてとても嬉しかった。


「さて、カリントウは今日も本陣へ行くのだろう。拙者もそろそろ『あちら』へ戻るとしよう。待っているぞ」


「だね。これからもよろしく」


「ウム」


 いつものようにゲームにログインした途端、ぬいぐるみからふっと表情が消え失せた。推しへの執念がもたらした夢のような時間は、あっけなく終わってしまったのだ。


 私が作った推しぬいはここにいて、ケンゴーの魂はゲームの中に戻っただけ。別に私のそばからいなくなるわけではないのに、すっかり寂しい気持ちになった。

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