第2話 魂が宿っちゃった!?


 すごい、不器用が自慢の私にもちゃんとできた。大きな仕事をやり遂げたのとはまた違う達成感に魂が打ち震えた。


 土曜日の朝。カーテンの隙間から入る光が目に染みた。組み立てを夢中でやっていたらいつの間にやら朝になっていたらしい。


 残り一口だけになっていたエナドリをあおり、ため息をつく。


「はじめまして」


 ああ、ここにあるのはたったひとつの、私だけの小さな命。


 元来の不器用が災いしてだいぶ歪んでるけど、ちゃんと推しっぽい姿をしている。公式グッズじゃないけれど、推しが立体化して私の手のひらの上にいるのだ。


「めちゃくちゃかわいいー!!」


 デフォルメされた丸っこいフォルムに、そんな言葉が出てくる。実際の推しには決して抱かない感情だ。


 ああ、こんなに心躍ったのはいつぶりだろう。熱くなる胸に、ふつふつと込み上げてくる愛しさ。私には推しと付き合いたいとかそんな欲はないけれど、たまらず頬を寄せる。


 ふんわりとあたたかいのは私がずっと握りしめていたからだけども……なんだか本当に命が宿ったみたいだ。ずっと大切にしよう。そう思った時だった。


「ムムッ!! 拙者を呼んだか!? 共に戦おうぞ!!」


 幾度となく聞いたバリトンボイスが耳をつんざいた。立てかけていたスマホを確認したけど、画面は真っ暗。故障かな……。


 いや、手の中のぬいぐるみがモコモコと動いている!?


「ぎゃあああああああ!!!!」


「敵襲ううう!!!!」


「ひええええっ!!!!」


「イテッ!」


 信じがたい事態に思わずぬいぐるみを放り投げると、天井にぶつかって短い悲鳴を上げ、ベッドの上に転がった。


「なっななななななな何が起こったの!?」


 いやまあ何がって、不器用が限界突破してる私が手作りしたぬいぐるみが、なぜかうごいて、しゃべった。


「ムムッ。どうしたのだ、カリントウ」


 もはや魂じゃなくて体が震えていた。私を本名でなく、私しか知らないはずのユーザーネームで呼ぶのは、確かに推しと同じ声。


 ということは待って、本当に推しが乗り移ってるの!?


 背筋を冷たいものが駆け上がっていく。


 猫が十年生きたら化け猫になっちゃうくらいだから、七年全力で推してたら推しを憑依させられちゃうようになるとか? そんなバカな。


 いくら重度のオタクでもそんな奇跡を信じるか。


 きっと寝不足で変な幻覚を見ているだけ!! そう思いたかったけど、


「ムム。カリントウよ。多少の歪みは致し方ないが、もう少ししっかりと首を縫って欲しかったぞ」


 何度目を擦っても、小首をかしげた推しが私に対し不満を訴えている。


 まあ、なんというか、もはや感動よりも恐怖が何倍もでかい。私はちょっと遠巻きに自作の推しぬいを見ていた。


「えっと……お裁縫はあんまり得意じゃなくてですね……ごめんなさい」


 思わず敬語で話しかける。


「なるほど、すまぬ。誰にでも得手不得手はあるものだ。取れなければ別にいい。それはそれとして、なんでもいいから服を着せてくれぬか」


「あわわっ」


 二頭身だから赤ちゃんみたいだとはいえ、服を着ていないということは全裸。


 芯までオタクが染み込んだ頭脳が、即座に公式ビジュアルから服を全て取り去り、生まれたままになったの推しの像を目の前に結ぶ。


――どんだけいいグラボを積んでるんだというほどの高解像度だけど、全年齢のゲームに全裸のビジュアルなど存在しているわけない。


 これはオタクの捏造、公式に怒られる。首を振って妄想を消した。


「どうしたのだ、そんなジロジロと見て。ムム、おなごに裸を見られるというのはどうも落ち着かぬな」


 目の前にはベッドに寝転がったまま、モジモジと恥じらう二頭身の推しがいる。


 その姿たるやまるで赤ちゃん。筋骨隆々のモノノフが今にもバブバブ言いそうだ。


 ああもう、こんなの解釈違いなんだけど――いや、待てよ。アリかもしれんな? 無骨な大男にベタベタに甘えられるというのも――


「カリントウ?」


 名を呼ばれて我にかえる。やばい。新しい扉を開けてしまうところだった!!


「ご、ごめんッ!!」


「うわっ!! 何をするのだっ!!」


 居た堪れなくなって、手近にあったハンカチで推しを固く包んでバッグに突っ込むと、私は百円ショップに猛ダッシュした。

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