ぬいぐるみの恩返し(KAC20232)

宮草はつか

ぬいぐるみの恩返し

「あら、なにかしら? これ?」


 荒野を進む幌馬車の荷台で、トビが声を出した。彼女の背からは鳥に似た機械の翼が生えており、人々からは鳥機人ちょうきじんと呼ばれている。今は、そばに座っている同じ鳥機人のオオタカとともに、行商人の幌馬車に乗せてもらい、隣町まで行く途中だった。


「ぬいぐるみ?」


 荷物が置かれた荷台の隙間からトビが取り出したのは、猫のぬいぐるみだった。布きれを使って作られたものだろう。いろとりどりの布が組み合わされており、四つ足は人が立っているような形だが、刺繍のほどこされた口とヒゲで猫だとわかる。お世辞にも上手とは言えないが、愛情を込めて手作りされたものだろう。

 前の席で馬にむち打つ行商人の男が振り返り、それは遠くの故郷で暮らす娘が作ってくれたものだと教えてくれる。


「そうなのね。でもこのぬいぐるみ、片目が取れかかってるわ」


 ぬいぐるみの目は、黒い石を削って作られた小さなボタンでできていた。その右目はかろうじて一本の糸に結ばれているだけで、目の位置からは外れ、ぶらんと垂れ下がっている。

 行商人が言うには、商売をしているうちに、どこへ行ったかわからなくなってしまうことがたびたびあったらしい。けれども毎回、このぬいぐるみはどこからともなく出てきて見つかるという。そんなことを何回か繰り返すうちに、片目が取れかかってしまったそうだ。


「そうなのね……。ねぇ、針と糸はない? アタシが直してあげるわ!」


 行商人に教えてもらった箱を開け、トビは中を漁って裁縫箱を取り出した。その場で座って、針に糸を通し、ぬいぐるみの目を付け直し始める。

 その様子を、荷物の隙間に座っているオオタカが、黙って見つめている。彼の足には本物の子猫が一匹いて、ぬいぐるみを見ながら鼻をひくつかせていた。


「できた! どう、オオタカ? 上手く縫えたでしょう?」


 あっというまにトビはぬいぐるみの目を直し、自慢げにオオタカへ見せる。オオタカはなにも言わず、ぬいぐるみを見て、トビへ視線を送る。


「なによ? 『そんなことできたのか?』って顔してるわね? アタシ、こう見えて手先は器用なのよ。人形を手作りしたことだってあるんだから」


 トビはふんっと鼻を鳴らして、得意げに腰へ手を当てる。自慢話を語り始めながら、裁縫箱をもとの箱にしまい、ぬいぐるみをその箱の中へ入れた。

 ぬいぐるみにつけられた黒い二つの目が、一瞬、青く光ったのは、だれの目にもとまることはなかった。



   *   *   *



 その夜。荒野の岩陰に幌馬車は停まり、今日はここで野宿をすることになった。

 オオタカは小ぶりな岩に座り、目の前の焚き火を見つめている。トビは向かい側で体を横にして休んでいる。鳥機人は機械であり、睡眠は必要ないはずだが、ぐーぐーと寝息を立てている。子猫はオオタカの足もとで眠り、行商人も少し離れた岩陰で、寝袋にくるまれて眠っていた。


 ガタガタッ! ガタガタガタッ!


 不意に、幌馬車のほうから物音が聞こえた。オオタカが首をひねり、音のするほうへ目を向ける。箱が激しく揺れるような音は、鳴りやまない。立ち上がり、幌馬車の荷台へ近づき、後ろから中の様子をうかがう。


 ガタガタッ! ガタガタガタッ!


 見える荷台の一番奥にある箱から、物音は聞こえてくるようだった。日中、トビが裁縫箱とぬいぐるみを入れた箱だ。その箱のふたが、内側から押されるようにして揺れている。

 オオタカは荷台にあがり、箱のそばへ近づく。片膝をつき、鍵のかかった金具を外した。

 次の瞬間、箱のふたが大きく開き、中から飛び出してきたぬいぐるみが――。


 もふんっ。


 オオタカの顔面に直撃し、落ちていく。オオタカは両手でそのぬいぐるみをつかんだ。


「……ニャン?」


 手の中にいるぬいぐるみが、唐突に、鳴いた。


「…………」

「う~ら~め~し~や~」

「…………」

「わ・れ・わ・れ・は・ぬ・い・ぐ・る・み・だ」

「…………」

「目が合ったな、これでお前と縁ができた!」

「…………」

「なにか言ってくださいよ! おかしいじゃないですか! 夜中にぬいぐるみが勝手に動き出してしゃべっているんですよ! ちょっとは驚いてくださいよ! なにか反応してくださいよー!!」


 キレたように、ぬいぐるみは両足をばたつかせて叫び出す。

 オオタカは動いてしゃべるぬいぐるみを手に、半目になって一言。


「よくしゃべるな」

「ツッコむところそこですか!?」


 ぬいぐるみのツッコミが、夜の闇に響いた。

 それからぬいぐるみは咳払いをひとつして、勝手に話し出す。


「どうしてボクが突然動き出したのか、不思議ですよね? 実は、ボクの目は魔石でできているんです」


 オオタカはなにか考えるように目をそらし、話を継いだ。


「聞いたことがある。鳥機人が空で造られていた時代、地上は魔力で満たされていたと。その魔力が今も石や土地に、わずかに残っている場合がある」

「そうです! そうです! その、わずかに残った魔力を帯びた石が、ボクの目なんです! だからボクは、この魔力を使って動くことができるんです! すごいでしょう? ちなみにですね――」


 と、話を続けようとするぬいぐるみを無視して、オオタカは立ち上がった。


「それで、お前はなにがしたかったんだ」


 ぬいぐるみは話を止めて、「あっ」と声を出す。


「そうでした! ボクの動ける時間は限られています。お願いです。ボクをトビさんのところへ連れて行ってください。直してくれたお礼がしたいのです!」


 オオタカはぬいぐるみを持ったまま、幌馬車の荷台を飛び降り、寝ているトビのもとへ行った。ぬいぐるみをトビの枕もとへ降ろす。ぬいぐるみは後ろ足で立ち上がり、前足でトビの頭をやさしくなでる。


「ありがとうございます。取れかかっていた片目を直してくれたおかげで、ボクはまた動くことができました。良い夢が見られますように」


 ぬいぐるみは、次に行商人のもとへ行きたいと言いだした。オオタカは再びぬいぐるみを持って、寝ている行商人のそばへ行く。枕もとに置くと、ぬいぐるみはまた頭をなでだした。


「いつもボクを持っていてくれて、ありがとうございます。あんまりボクをなくさないでくださいよ? あなたを探すの、大変なんですから。今日は、娘さんといっしょにいるような、素敵な夢が見られますように」


 そう言うと、ぬいぐるみは糸が切れたように、パタンッと倒れた。オオタカがそれを拾い上げる。


「魔力を使いすぎてしまったようです。ボクはしばらく休みますね」


 ぬいぐるみはそう言ったきり、動かなくなる。

 オオタカはぬいぐるみを両手で持ちながら、なにも言わずにきびすを返す。幌馬車のほうへ行こうとした時、近くで声が聞こえた。


「うぅーん」


 焚き火の前で眠っていたトビが、目をこすって半身を起こす。辺りを見て、オオタカのほうへ目を向けた。


「オオタカ? なにしてるの?」


 立ち止まっているオオタカの手に持っているのは、可愛らしい猫のぬいぐるみ。

 トビは一瞬目を丸くして、なにかを知ったように口角をあげる。


「オオタカって、そんな趣味があったのね」

「どんな趣味だ」

「言わなくてもわかるでしょう? もう、恥ずかしいから夜中にひとりで遊んでたなんて」

「これが連れて行けと言っただけだ」

「ぬいぐるみとおしゃべりしてたの!? もうっ、可愛いところあるんだからー!」

「…………」


 ニヤニヤ笑うトビに閉口し、オオタカは手もとのぬいぐるみに目を落とす。

 黒い目をした猫のぬいぐるみは、少し笑っているように見えたのだった。



   《おしまい》

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ぬいぐるみの恩返し(KAC20232) 宮草はつか @miyakusa

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