第5話~ダビ攻略準備~

「あら、毎日女を取替えひっかえのスローライフも悪くないんじゃないかしら」

「ふざけんな。それはただのダメ男だろうが」

 ダンテはあきらめたのか、クゥを抱いたまま椅子をエイラの隣まで移動させる。

「まあ、色事も含めて有能な男が貴族の誇りですわよ」

「はいはい。高貴な誇りですこと。———でだ。ダビ攻略に異存はないんだな」

 と、ダンテの顔が今までの呆けたモノと一変して、鋭い眼光でエイラを始め議会の皆を見渡す。

 落ちぶれたとはいえ超が付く一流の冒険者だったりするダンテ、その本領の発揮となればカリスマも出るというもの。

「わたくしめはこれに賛成で御座います」

 ダンテの言葉に答えた声に皆の視線が集まる。そのヒトはフードをかぶったしわくちゃで小柄な老婆で、テーブルの上には水晶玉が置かれていてそれを覗き込んでいる。

「ゴットマザー、そのこころは?」

「僭越ながらこの度の議題、見させていただきました」

 ローゴの町のゴットマザー、その名前はローゴやユール途方に留まらずアフタヌーン王国随一と称される占い師である。

 その彼女が見たというなら、その意見は捨て置けない。

「ダビの瘴気、放置すれば災いの兆し有。しかし、災いを取り除けばこの大地に大吉の流れ在り。と」

 それを聞いていた議会に参加していた者たちが決意を顔に表す。

「どうやら皆ダビ攻略に賛成のようだな。ならばここからは俺が仕切るぞ」

 そう宣言したダンテの顔は10歳は若返ったように生き生きと笑っていた。


 ダンテの家をどうするか、の会議はにわかに領都ダビ攻略作戦の作戦会議となった。

 会議室にはそのためにまずローゴの町にあるダビの地図が用意され、現在のダビの情報を整理する。

「~と、これがダビの観測情報です」

 そう答えたのは王都から派遣されているダビを監視する任務に就いている正規騎士である。

 今のダビはカエサル大陸でも屈指のA級ダンジョンである。

 ゆえに監視のために砦を築いて騎士を派遣しているのだ。

 そこにローゴの町からいきなりダビの攻略をするから情報を寄こせ。と言う無茶な要求が来たのだが、そこには3番姫のエイラの署名もあり無視することも出来ずに若い騎士が使いパシリに出された。

 しかし来てみれば明らかにただ者ではない雰囲気を纏った人物が居り、その者の眼光に当てられた若い騎士は本気でダビを攻略するつもりなのだと理解して、背中に震えを感じながら姿勢を正して報告をした。

 騎士の情報とゴットマザーの占いを聞いたダンテは考え。

「ダビ攻略は少数精鋭の1パーティーでの一点突破で行くぞ」

 このダンテの判断に異議を唱えるものは居なかった。

 そもそもダンジョンとはダンジョンコアにより瘴気がはびこり周囲を魔物や魔石を体内に蓄え魔物化した動物が闊歩する異界のことである。

 そして、ダンジョンに出る魔物は大概がダンジョン外の魔物より強力になる。

 反面良い素材や魔石をドロップするのだが、だがやはり危険が増すのでダンジョン内には自分の身は責任もって守れるくらいの実力者でなければ入らないものだ。

 その指標として冒険者ギルドは冒険者にランク付けを行っており、HからS、そして最高ランクのEXが存在する。

 そしてダンジョンにもランクが付けられ攻略の難易度の参考にされている。

 ダンテは一線から退いて久しく、現役時代よりランクが下がっている。

 にもかかわらずそのランクはBであるのは、蓄積した経験からくる判断能力の高さからくるものだ。

 そのダンテの判断を覆せる意見のある者はここにはいなかった。


 そして、ダンジョンの攻略であるがこの攻略と言っても2つのパターンがある。

 1つはドストレートにダンジョンコアを破壊して瘴気を浄化してダンジョンを消滅させる方法。

 もう1つが、ダンジョンコアを破壊せずにボスなどの強い魔物を倒してしまって安全を保ちながら、湧いてくる魔物の素材集めや駆け出したちの訓練用の牧場にしてしまう方法がある。

 今回は前者に当たる。

「ダビのダンジョンは都市が丸ごとダンジョン化している。人海戦術でこのダンジョンを攻略するなら騎士団なら2個師団は必要だ。だがそんな戦力はおいそれと用意できない。出来たらとっくにやってる」

 「そこで」とダンテは机の上の地図を上から目線で見降ろして、ゴッドマザーが占ったダンジョンコアがあるとされる場所をダンジョンの入り口からなぞり進行ルートを示す。

「物資や装備を最大戦力に集中運用して最短で攻略する」

 皆ダンテが描くルートを腕を組んだり髭を掻くなりして伺っていた。

「ダンテの旦那、言うのは易いがこれをする戦力に当てはあるのか?少なくともBランク以上の職業適性と30以上のレベルが無ければダビではまともに探索出来ないと言われてるじゃないか」

 と、町内会の1人にそう言われた。

 職業ランクとは先述の冒険者ランクに端を発して、各職業やアイテムをランク付けするように成ったもので、仕事や売買での価格などの指針に用いられたりする。

 そしてレベルとは、これは古代文明から受け継がれた技術とされているが生物が持つ生命力の位階を数値化したものだ。

 生物は生まれた時から食事、睡眠、性交など生きるのに当たり前の行為として数多くの経験をする。

 この経験で得られた経験値が一定に達するとレベルアップと言う生命としての成長が起こる。

 生命として成長することで生物は強く賢くなる。

 しかしレベルアップには個体ごとの才能で上がりやすさに差があり、さらに高レベルになればなるほど必要な経験値が増えるうえに経験は慣れればなれるほど経験値を得づらくなる。

 そうすると成長が滞る、そうすると生命力は生きるのに必要消費の方が増えていき老化が始まる。

 これを才能限界と言うが、才能が有るものはより強くなるのでより困難な事や自分よりレベルの高い生物を倒すことで大きな経験値を得られるので、長生きして若さを保つことがっできる。

 その為、生きるために生き物はより困難に挑むのだがそれは死のリスクも高くなるというもので、この世界には「生きるということは命を賭けることだ」と言うことわざがあるくらいである。

 そしてダンジョンの瘴気はダンジョンごとに強さや特徴があり、それは多くが生命力に干渉して外敵に不利な働きをするのだ。

 これに抵抗するのには瘴気より強い生命力を纏う、つまりレベルが高くないといけないのである。

 なのだが、人族の一般的な才能限界は25前後で30歳になれば老化が始まる。

 つまり、ダビの探索にはレベル30以上と言う人並外れた才能を持つものが軍団規模で必要だったということだ。

 そりゃあ攻略できずに放置されているだろう。

 しかしダンテは少数精鋭で強行突破しいようと言うのだ。

 ならその人員に求められるレベルはいかほどなのか。

 と、問われたわけだが、これにダンテは親指で自分を指さし。

「パーティーリーダーは俺がやる。俺が強いのはみんな知ってるだろう。で、後はこいつだ」

 首をかしげて後ろに立つ人物を見やる。

 そこには燃えるような赤い長髪に金の瞳をした2メートルくらいの人物が立っていた。

 体格は筋肉質ででありながら全身のバランスがとれており、やや青白い肌をしている。

 服装は古代人みたいに白い布を巻きつけただけで、足元もサンダルの様な皮の靴。

 装飾品も身に着けておらず、まるで彫刻がこんな姿だからこの姿になったというようないで立ちの美しく力強い男だ。

「レーヴァテイン、お前も力を貸してくれるだろう」

「力を貸すのは構わんが、今のワシは協定により力の大半に制限が掛かっているのだな」

「そんなことは知っている」

 そうでなければこいつ1人をダビに送って一暴れさせれば更地の出来上がりだ。

 本来「八大竜王」とはそう言うレベルのものだ。

「それでもロック鳥とタメ張れるだろ」

 ロック鳥。超デッカイ鳥。レベルで言うと50は下らない。特殊能力もいっぱい持っている。それを、それを裸装備で倒したようなものだ。

「それにいざとなったら変身を解いてテメェーの巨体で壁に成れ」

 ダンテは町内会の皆に向き直り告げる。

「正直、俺達だけで行けそうだぜ」

 自信満々に言うダンテ。

 町内会の皆はつばを飲み込む。

 ダンテ達2人からはそれが伊達や酔狂では無いと思わせるオーラのようなモノを感じていたのだ。

 しかし、そんなダンテから余裕を奪う声が響いたのである。


「パパー。私も一緒に行く~~」

「…………」

 石のように固まったダンテはギギギと音がしそうな動きで首を傾け、声の主であるクゥの顔を見る。

「クゥ…………なんだって?」

 ダンテの膝の上でバンザイして。

「パパー。私もそのダビに行く~~~」

 クゥはダンテにそう告げた。

 ダンテは目頭を指で揉み解してから渾身の笑顔でクゥに語って聞かせる。

「クゥ、パパが行くダビってところはとても危険なところなんだ」

「分かってるよ」

「だったらお留守番を―――」

「やだ!パパと一緒がいい」

「クゥ。…………レーヴァテイン、お前もなんか言ってやってくれ」

「ふむ。ワシはクゥに賛成だな」

「なっ!お前、クゥはまだ子供だぞ」

「ダンテ。お前は勘違いしているのだな。クゥ、やってやれ」

「分かった」

 ピョン。とダンテの膝から飛び降りたクゥはその場でトントンとジャンプして―――


 フッ


 と消えた。

「———ッ!」

 ダンテが反応できたのは完全に無意識だった。

 長年の経験からの条件反射で左腕を上げ右手を添えて頭をガードする態勢を取っていた。

 そのガードの上にドン!と重い衝撃が乗って来た。

 ダンテは体を回転させることでその衝撃をいなす。そして振り向いたその先には―――

 遠心力の乗った太い尻尾が迫っていた。

 とっさに腕をクロスしてガードして、後ろに飛んで衝撃を殺そうとするも―――

 ドォン!

 と言う衝撃が真芯を捉えてダンテを吹き飛ばた。

 ダンテは会議室の長テーブルを飛び越えて反対の端っこギリギリに着地した。

 ダンテが顔をあげてさっきまで自分がいた場所を見れば、クゥがトントンとつま先で床を蹴っていた。

「パパすごーい。今の一撃で決めるつもりだったのに」

 と、目にもとまっらぬ速さで背後に回りまわし蹴りを放ち、それが防がれるとためらわず尻尾での連撃に繋げたクゥが明るい笑顔で笑った。

「よーし。次行くよ」

 トン。と言いう軽い踏み込み1つでクゥはダンテの目の前まで飛んでいき蹴りを放つ。

 それをダンテは1歩踏み込んで飛び蹴りのリズムに合わせて手を添えて軌道をずらす。

 「シャツの裾がめくれてはしたない」なんて言う余裕はなくて、せいぜいがエイラ達にでも貰ったのかクゥがスパッツを履いていて、「スパッツってパンもろよりいいよね」って思うくらいだった。

 と、意外と余裕のあるダンテはクゥから目を離さずにバックステップで距離を取る。

 クゥは部屋の壁に着地するとそのまま再度ダンテに突っ込む。

 ダンテは右フックをスウェーで躱し、続く回し蹴りと尻尾のコンボを最初の蹴りを大きくいなすことで軸をぶらしてキャンセルする。

「パパやっぱりすごいね。でもそんな手加減してたら負けちゃうよ」

 テーブルに四つん這いでしゃがみ構えるクゥがいたずらっぽく笑いながら挑発して、また飛びかかって来る。

 流石にカチンッと来たダンテは回避の合間にカウンターを入れる。

 しかし、ダンテのパンチではクゥの硬いガードは崩せない。だが体重差で何とか押し返すことはできる。

 会議室のテーブルは即席の武闘会場になった。皆は壁際によりクゥとダンテの戦いを固唾を飲んで見守る。

 リーチの短いクゥはヒットアンドアウェイ、勢いを乗せ飛び掛かりながら攻勢に出る。

 対してダンテは守りを固める。躱してはいなしてカウンターを混ぜる。

 目まぐるしく動き回るクゥに、盆踊りの様な動きをするダンテ。アンバランスな2人だがどちらかがリズムを崩すと一気に決着がつきかねないような武闘ダンス

「あはははは、本当にすごいよ。パパこんなに強いんだ」

 なめていた。完全になめていた。

 生後2日の子供。

 見た目10歳の子供。

 所詮子供。子供と甘く見いていた。

 けどクゥはドラゴンなのだ。

 しかもレーヴァテインみたいな制約が掛かっているわけでない。どころか訳アリの特別なドラゴン。

 クゥも子供らしく甘えてきていたし、多少元気印だが素直で聞き訳もいい。見た目も羽と尻尾があるくらいで人間の子供と同じと思っていた。

 まさに猛獣、身体能力では今は完全にクゥが勝っていた。

 それを長年の経験で培った技量でダンテは拮抗してみせているのだ。

 そんじょそこらの男どもなら何人束になってもクゥには手も足も出ないだろう。

 低空から足を狙ったタックル。

 これをボールでも蹴るように蹴りを放つダンテ。

 蹴りはダメージにならずにクゥを跳ね飛ばす。

 クゥの御身体能力で組み技を掛けられたらそれで終わる。なりふりなんか構ってられないダンテ。

 また、羽を使った滞空状態から連続蹴りを放つクゥ。

 それを両手でいなすダンテ。

 息もつかせぬ攻防に皆が息をのんでいるととうとつに決着がついた。

 クゥが同じ様に勢いを付けて拳を突き出したら、ダンテの腕がいなすのではなく蛇のように絡みついて、クゥの体が縦にグルンと回って勢いよくテーブルの上に落とされた。

 仰向けに大の字になって倒れたクゥの喉元にはダンテの手刀が添えられていた。

「…………アハハハハハ、負けちゃった。さすがパパ」

 クゥはダメージはないのか暢気に笑いながら負けを認める。

 対してダンテは汗をかき息も少し上がっている。

「フー、子供の遊び相手ってこんなに疲れるのか」

 と、勝ったとはいえ試合に勝っただけのような感じでどっと疲れを感じるダンテは額の汗をぬぐう。

「クックックッ、これでクゥが同行するのに文句はあるまいのだな」

 笑いをこらえながらレーヴァテインが問う。

「ああ。文句はねぇよ。クゥ、ケガはないか」

「うん。何の問題もないよ」

 それはそれでと複雑な顔をしてダンテはクゥを引っぱり起こす。

「それではこの3人で攻略に行くのでいいですか」

 エイラがダンテにそう聞く後ろで散らかった物を町内会の皆が片付けている。

その中でもマルタがすごい手際で動いていた。

「いや、クゥが同行するなら保険にもう1人同行させたい」

「もう1人ですか?」

「ああ、ヒーラーとして神官を入れて4人パーティーだ」

「神官?この町にオジ様たちクラスの神官なんていないはずですけど」

「いるところにはいるんだよな~。つ~訳でちょっと連れてくるわ」

 そう言ってダンテは会議室を出て行った。



 T字教団と言う組織がある。

 カエサル大陸全土に広く布教している宗教で、主に西側に強い力を持つ。

 東側だがアフタヌーン王国にも教会はある。

 T字教団が崇める神は数多いる神の中で太古に文明の火を世界に灯して、生物にレベルと言うものをもたらしたとされる名前を忘れられた神である。

 ただ、古い遺跡に残るTのシンボルマークを崇めT字教団と言う。

 しかし、バカナ伯爵は興味がなかった―――と言うより、今は毛嫌いしていただろうことが伺える。それゆえにこの旧バカナ伯爵領での待遇は良くなかった。

 それに加えて、ローゴの町ではレーヴァテインを守り神として祀っていたので、行事や祭りも独自の風習となっていて、T字教団に町民は興味が無かった。

 その為、東門のすぐそばにある教会の存在を知る者はほとんどいなかった。

 まぁ、その教会も奥まったところにある小さな民家にT字教団のシンボルマークのTが屋根に申し訳程度に立っているだけなのだ。

 その教会に住むのは神父が1人だけだった。

 こんな田舎のこんな教会に派遣される神父など左遷としか言いようがないところだ。

 その神父の名前は「ミル」、17歳である。

 その若さで何をどうしたら左遷されるのかと信者がいたら突っ込まれるところだが、如何せんこの町にそれを気にする信者がいなかった。

 ミルは17歳にしては小柄が線の細い。ブカブカのカソックを着ていて、プリズムのかかった銀髪をショートカットにした中性的な顔立ちの神父だ。

「フンフンフンー。今日は卵で何にしようかなー」

 声は幼めのハスキーボイス。

 リビングの奥に祭壇が無ければただの民家な教会で若い神父が鼻歌を歌いながらお昼ご飯の準備をしていた。


「たのもーう!」


「ふひゃあい!」

 礼拝者なんて来たこともなく、たまにご近所さんがおすそ分けしてくれる程度のミルの家に大きな声をあげてお客がやってきた。

 突然のことでミルは手にしていた卵を放り投げていた。

 やってきたのはローゴの町では知らない人はいない人気者のダンテだった。

 2日前、ドラゴンの子供を拾ってパパになったと町がお祭り騒ぎになったばかりだ。

 あの日に振舞われたロック鳥の砂肝のソテー美味しかったな。

 と、ここまでがミルの思考だ。いつもは粗食をむねとするミルにとって祭りで食べたご馳走は幸せな思い出で、それ故に考えがそれで一杯になり、最初の卵が手からすっぽ抜けたことが頭からすっぽ抜けた。

 そして卵の行く先は―――


 グシャリ。


 ダンテの顔面だった。

「あっ」

「…………」

 顔面が卵の内容物でドロドロになったダンテを見て、ミルは現実に返って来た。

「はわわわわわ、ど、どうしましょう。ボクご飯にしようと―――」

 ドンッ!とダンテが1歩踏みだした。

 ふと、妙な気配を感じたミルは1歩後ずさった。

「あっ、そうですよね。まずは拭く物を。いやいっそお風呂を―――」

 ミルはダンテから顔を逸らし何とか距離を取ろうとするものの。

 ダンテがまた1歩近づいてきて鋭い眼光でミルを見つめながら地の底から響くような声で。

「まずはそれより先に―――


キミが欲しい!」


 大きくハッキリとそう言われた。

「ひゃい‼」

 意味が分からなかった。

 卵をぶつけた相手からいきなりキミが欲しいと言われたけど。

 黄身?

 それならもう顔面にくれてっている。

 つまり自分?

 て言うか、ご飯とかお風呂とか言ってそっれよりボクが欲しい。なんてやり取りはまるで―――し、し、し、新婚の―――

 アレ?

 アレアレ?

 アレ~~~~~~~~~~?

「ずっと前から目を付けていたんだ」

 そう言って迫ってくるダンテに。

「ちょっ、ちょっと待って―――」

 ドンッと後ずさろうとしたミルは壁に背中をぶつけた。

 とっさに横に行こうと顔を横に向けると。

 バァーン!顔のすぐそばの壁をダンテの手が叩いて塞ぐ。

 顔を前に向けるとダンテの顔が間近にあった。

「まっ、ボ、ボクは神父であって」

 ミルはなんとか説得しようとするも、ダンテに空いた手であごをクイッと持ち上げられて、吐息が掛かりそうな距離で。

「俺は知ってるんだぜ。お前が身分を偽ってここにいる意味」

「なっ―――」

 ミルの頭が真っ白になる。

 しかしお構いなしにダンテはさらに顔を近付けて耳元でささやく。その際ダンテの唇がミルの耳たぶに触れる。

「なぁ、ミルクセーキ」

「にゃぁ~~~。な、な、なぜ?うそ、うそうそうそ。えっ、でも、ちょっと待って、本当に?いやでも」

 ミルは顔を真っ赤にして湯気を吹き出しそうなくらい目を回して混乱した。

 そんなミルにダンテは強引に手を引く。

「これ以上言わなくても分かるだろう。俺についてこい」

「ひゃ、ひゃい」

 こうしてミルはダンテに連れ去られた。



「———で、ボクの”力”が欲しいと」

 いきなり来てミルがダンテに連れて来られたのは町内議事堂の会議室。

 しかもそこにはエイラ姫を含む町の有力者がそろっていて、えっ、ここでみんなに報告するの?とマジでビビったものの真っ赤な顔で覚悟を決めていた。

 だが今は半眼でジトーとダンテを見ている。

「そうだ。ダビ攻略にキミが欲しい」

 卵まみれの顔をクゥに舐められて「パパおひげジョリジョリ~」って言われてひげをそるかと悩みながら、マルタが用意してくれた濡れタオルで顔を拭いてさっぱりしたダンテが言った。

「あはは~~。馬鹿な期待したボクが悪いんですよね~~」

「なんだ。なんか期待させちまったか?それなら俺に出来ることなら責任もって叶えてやるぞ」

「ひゃい!」

 ダンテの言葉にミルはまた顔を紅潮させて声を上ずらせた。

「い、いえ。ボクが勝手に馬鹿な期待しただけですし」

「何を言う。こっちから話を振って期待させたんなら、それに応えるのが漢ってものなんだよ。責任取らせえてくれよ」

「…………せ、責任取ってくれるんですね」

 ミルは上目使いで前髪の隙間からダンテを見つめる。その瞳には期待の色が揺れている。

「ああ、責任取らせてくれ」

「じ、実はですね」

 ミルは人差し指の先をチョンチョンさせながら続ける。

「ボクの故郷では耳にキスするのはプロポーズを意味するんです」

 そう言われ、ダンテの脳裏に先ほど耳元でささやいた時に唇が触れたことを思い出す。

「あ~~~~、結婚か~~~」

 ダンテは腰に手を当て天井を仰ぐ。

「やっぱりダメですよね」

 と、困った顔をするミルにダンテは。

「いや、俺は構わんぞ」

「ひゃい」

 またミルの顔がボン!と赤くなった。


「ジェンダーーーーーーー!」


 と、突然左手の小指を噛んでのけ反りながらエイラが叫ぶ。

 ミルを始め知らない人は驚いているけど、ダンテ達にとっては最早エイラのお家芸である。

「おい、今度はなんだ」

「オジ様、この方は神父なのですよ。男の人ですよ。オジ様はジェンダーフリーだったのですか。いえ、それが悪いとは言いませんが」

「あっ、ボク神父ですけど女です」

「何でですの!」

 なんでも何も女に生まれたから女なのだが、……いやそうじゃない人もいるけど、ミルは心も体も女である。

 だからエイラの問いに対してこう答えた。

「この町で神父の肩書なんて飾りですから」

 「あ~~」とエイラはうめく。

 確かにこの町の教会事情をかんがみれば当然である。

「もうどっちでもいいですわ。好きにしてください」

「と言う感じで一夫多妻制どんとこいってのが2人いて、子供も1人いる。3つもこぶが付いている男で良ければだが」

 そう言われてミルはダンテを見る。

 条件に文句はない。見た目もOK。(と言うかいぶし銀でむしろタイプ)そして中身だけども、ダンテがミルの本名を知っていたようにミルもダンテの本名を知っている。そしてダンテが立てた伝説も知っている。そして自分の立場を考えると……超優良物件であった。

「責任ちゃんと取ってください♡」

 と笑顔で答えていた。

「分かった。これでミルは婚約者1号だな」

 とダンテが返事した。

「ん?オジ様。1号は私では?」

「お前とはまだ婚約してねぇだろ」


「……ウーリィィィィィィィィィィィィィ!」


 この後、エイラとマルタが婚約者になると大騒ぎしたが下らないので割愛。

「一緒に挙式をあげればまだ1位タイですわ」

 とエイラはあきらめずに今度は逃さないと計画を立てるのだった。

 とりあえずミルが婚約者1号になった。

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