第6話~バカナ伯爵の負の遺産~

 震脚がを揺らす。

 その足は厚手の皮をベースにかかととつま先と脛をオリハルコン鋼で作られたアーマーが覆う。

 グリッと地面をねじるように踏みしめ、ブーツの履き心地を確かめる。

 次は足の動きを確かめるために蹴りを放つ。

 そのたびに特徴的な赤い髪がたなびく。

 ローキックから金的、回し蹴りから尻尾、そして、後ろ回し蹴りとカッコよくアクションを決めるのはTシャツ一丁から変わって、新装備に身を包んだクゥである。


 ダビ攻略作戦が提案されてミルが仲間になってから2週間がたった。

 この2週間については主にクゥについてだ。

 流石にシャツ1枚でいつまでもいるわけにはいかないから服を作ろう。から、それならダビ攻略のための装備を作ろう。と言う話になった。

 幸いにも材料になるアイテムはレーヴァテインが持って来た娘入り道具にレアアイテムがわんさか入っていたので、ドワーフのおっちゃんが腕を振るった。


 あと、いくら身体能力がダンテに勝ろうとも、素人に変わりはない訳で、戦術技能の猛勉強が始まった。

 ドラゴンとしての基礎能力訓練の教官にはレーヴァテインが行った。

 いくら子供でもドラゴンの子供はドラゴンだ、とダンテに舌を巻かせたクゥだが、レーヴァテインに言わせるとドラゴンの力を持った人間の子供であるらしい。

 これは孵化するときにダンテを親としてインプリティングされた事によるものだそうで、要はドラゴンを作る材料で人間を作ったということである。

 その為、そのままでは正しくドラゴンの力を使えないというわけだ。

 人間の子供は火を吐かない。だからこのままでは火を吐けない。どうしたら火が吐けるのか?と言うことを教えるのだ。


 そして、人間としての戦い方はダンテが教えている。

 人間の技とドラゴンの力で今後どう昇華させていくかはクゥの経験と努力次第である。

 後、人間の生活面もダンテが教えようとした。が、あの(あの床すらない馬小屋独身貴族のお屋敷)でのダンテの生活を知るエイラ達から反対されて、エイラとマルタが教えることになった。

 何でも、王都の社交界でも通用する宮廷作法を伝授するのだとか。


 加えて魔法の授業もあった。

 とはいえ、魔法と1口に行っても千差万別の流派があり、ダンテも今だ基礎の勉強中で人に教えられるレベルではなかった。

 レーヴァテインは「賢者」と言われるだけのレベルはあった。が、我流でハイエベルな為人に教えるには向いていなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、というかダンテの狙いの1つだったのだが、ミルである。

 ミルは神父の肩書なんて飾りだ。なんて言っていたが、伊達にダンテにダビ攻略のためにヘッドハンティングされてきたわけではない。相応の実力を秘めている。

 ヒーラーと神聖魔術についてはお墨付きでクゥの教官に指名された。


 そして、クゥに1から武器の使い方まで教えるのは多すぎということになって、流石に時間がかかる為、クゥのスタイルはその身体能力を活かした格闘戦に神聖魔法を乗せたモンクとなった。



 クゥは更に空中2弾蹴りを放ち、羽の力を使って急降下して足払いからの正拳突きで決めポーズをとる。

「クゥちゃんカッコイイし可愛い♡」

「ありがとう。ミルママ~」

 この2週間でクゥはミルにすごいなついているし、ミルもまんざらでない可愛がり様だった。

 そしてクゥはそのミルがデザインして聖染した装備に身を包んでいる。

 それはカーキ色の道着のようなモノである。

 動きやすさを重視したデザインで、下はハーフパンツにレッグアーマー。

 上はポーチがいくつか付いている袖なしの首までしっかり止められる服である。

 腕にはガントレットではなくバンテーンという布を巻いている。この布にはミルが1文字1文字聖印を書き込んでいる。そのバンテーンは二の腕迄を覆っている。

 しかし、手の開閉の邪魔にはならないようになっていて手首から先には何もつけてはいない。


 材料はレーヴァテインが用意した最上級品にドワーフのおっちゃんが加工した一級品、そこにミルによって洗礼が加えられたこの装備は、そこらへんの冒険者が全財産をはたいても手が出ない一品に仕上がった。

 その出来栄えにはレーヴァテインはもちろんのこと、ミルも大変ご満悦で、ダンテからしたらミルも相当の親バカだな、と思っていた。

(そもそも装備をどうこうより、クゥが頑張ってるところが可愛いんだよ)

「パパ~。似合ってる?似合ってる?」

 クゥはピョンピョン跳ねながらダンテに訊ねる。

 ダンテは拍手をしながら答える。

「似合ってるぞ~。すっごい強そうだ」

「えへへ~」

 笑顔のダンテに満面の笑みのクゥ。その2人を見つめるミルも笑顔で、内心(ダンテさんって親バカだな~)と思っていた。


 どこからどう見ても仲の良い家族の光景だ。

 そこに3人にかけられる声があった。

「仲良く歓談するのは良いのだな。しかしできればワシの背中でドンドンするのはやめてほしい。けっこう痛いのだな」

 と広く覆うようにレーヴァテインの声が響いたのだった。

 視野を3人から広くすれば3人がいるのが翼を広げた竜化したレーヴァテインの背中であることが分かる。

 3人+αは今空路でダビに向かっているところである。



 領都ダビ。

 アフタヌーン王国の東部ユール地方にあるバカナ伯爵領の中心都市。

 旧時代の都市の跡の上に作られた地方領主の領都としては大きな城塞都市。

 旧時代の都市は何のためにここに都市を築いたかは分かっていないが、この都市を土台にする事で大きな都市のインフラを旧時代のそれを利用することで賄っていた。

 領地の奥にあり王都と離れているがそれゆえに便利なものがあった。しかし、それが正しいこととは限らない。



「いいかクゥ。バカナ伯爵は悪い奴だったんだ」

 ローゴの町からレーヴァテインで約1時間。かなりゆっくり飛んだが馬車なら3日はかかるダビの城門前に到着した。

「知ってるよ。オーリョーしてコーテツされたんだよね。それでオーリョーとコーテツってなに?」

 そこでダンテがクゥに今から入るダンジョンの説明をしていた。

「横領ってのは領民から多くお金を取って、王様には少ししか渡さずに残りを勝手に自分のものにしてしまうってことだよ」

「分かった」

「そうか、賢いな」

「コーテツてその罰に身動きできなくしてから棺桶に詰めて溶けた鉄を流し込むんだね」

「えげつな!クゥ流石にえげつな過ぎだぞ。笑顔で言うことか」

「クゥちゃん。流石に人はそんなひどい処刑はしないよ」

 ?と指を頬に当てて首をかしげるクゥ。

「でも、それくらいしないとまた悪いことするよ」

「そりゃぁ、それだと2度と悪さ出来ないだろうけど」

「いいクゥちゃん。アフタヌーン王国では死刑はもっと人道的なのよ」

「?私何かおかしい」

「クックックッ、何もおかしくはないぞクゥ」

 そこに赤い髪の人間体に成ったレーヴァテインが話に入って来た。

「レーヴァテイン、服はちゃんと着ただろうな」

 ダンテはそちらを見ずに尋ねる。

「もちろんである。良いかクゥよ。人間は普通それでは死んでしまう」

「死んじゃうならどんな形でもいいんじゃないの」

「だがな、人間は殺すときはなるべく苦しまないようにするのが良いとされているんだな」

「あっ、そうなんだ」

「あぁ、ドラゴン基準じゃそれでは死なないんですね」

「人間で言うと檻に閉じ込められる程度だな」

「たいがいドラゴンって頑丈だよな」

「そのドラゴンを殺せる奴が何を言う」

 レーヴァテインがダンテに皮肉るように言う。

「それもオリハルコンがあってこそだぞ」

「よく言う」

 とダンテ達2人が話している横でミルがクゥに道徳を教えていた。

「と言う訳で人は簡単に殺しちゃダメだよ」

「うん。分かったミルママ」

「いい子ですね」

 ミルがクゥの赤い髪を優しくなでる。

「ふにゃ~~~~~~~~~」

 クゥがとろける様に表情を崩す。

 ミルはクゥを撫でるのが上手でダンテではこうはいかない。

 ひとしきりミルに撫でられてご満悦のクゥは改めてダンテに問うた。

「それでコーテツって何?」

「更迭ってのはな、偉い人から大事な仕事を任された人が失敗や悪いことをした時に、捕まって偉い人のところに連れていかれて罰が与えられることを言うんだよ」

「そうなんだ」


「だが、これらは嘘だ!」


「!パパは私に嘘をついていたの」

 クゥは驚いた顔でエイラのモノマネをする。

「ハハハ、パパは嘘はついていない」

「どういうことかなパパ」

「嘘と言うのは伯爵のことだよ」

「うい?あっ、そうか。伯爵はオウリョーもしてないし、コーテツもされてないんだ」

「そうだ。賢いな」

 うりうりうり~~とダンテがクゥに頬ずりすると、

「パパ、お髭ジョリジョリ」

「うっ、髭そるかな?」

 なんてやり取りをしていた。

「で、何でそんな嘘をついたの」

「建前ってやつさ。こいつの責任をごまかすためのな」

 そう言って背後を振り仰いだダンテの視線の先には高い城壁と、その内側と上空を覆う紫色のドーム状の瘴気があった。


「気持ち悪いね」

「そうだろう。これがバカナ伯爵の罪、負の遺産だ」

 ドーム状の形から壁があるかのように紫色の瘴気は漏れ出てこないが、壁の向こう側では瘴気が渦巻き気色悪い模様を描き、時には苦悶に歪む人の顔のようなモノが遠目にでも見えることもある。

 瘴気の中には町の様子がうかがえるが、不気味に静まり返っていて静まり返っている。

 しかし、よく見ると町の中を歩く人影が見える。

 これが着陸前にレーヴァテインの上から見えた街の様子だ。


「バカナ伯爵は何をやったの?」

「不老不死の研究をして、禁忌に手を出したんだ」

「キンキって何?金剛発破をして来るの」

「それ金鬼な。やっちゃいけないってことだよ」

「わかった~~」

 ダンテはクゥの知識が変な方向に偏っていることに冷や汗をかいていた。

「それで何をしたの?」

「カウント・リッチ。この都市中の命を生贄に自分をアンデットの王であるリッチに変える儀式だ」

「この町?それってどれくらいなの」

「人間だけで3万人以上だ。それに、それ以外の命も取り込んでるはずだ」

「生贄にされちゃった人はどうなっちゃたの」

「命を奪われてアンデットになって王であるリッチのいいなりだ」

「そんなの酷い」

「そうだな。だからこれからリッチになったバカナ伯爵を退治しに行くんだよ」

「……なんでパパたちは今までそれをしなかったの?」

「うぐっ!」

 子供ゆえの無邪気な質問がダンテの胸に突き刺さる。

「くぅ、それには大人の事情が……いや、ここはホントのことを言おう」

 最初は無理くり取り繕ってごまかそうとしたダンテだったが、それを飲み込んで、クゥの両肩に手を置いてしゃがんでクゥと目線を合わせた。

「パパはね、臆病になっていたんだよ」

 と、少し子供ぽい情けない顔で答えた。

「パパ、ビビったの?」

 クゥの問いにダンテは情けない笑顔で返す。

「ああ、パパビビッちまた。昔な嫌なことがあってそれから逃げ出しちゃったんだ。それからはコソコソ隠れて生きてきたら困ってる人が見えなくなっちゃったんだ。情けないよなこんなパパ」

「パパは勇気をなくしちゃったんだ」

「あぁ、パパは勇気をなくしちゃったんだ」

「じゃあ私のをあげる」

 そう言うと真面目な顔でダンテの話を聞いていたクゥの顔が笑顔になり、ガシッ!とダンテの顔を両側から掴んで。


 チュウ!


 とキスをした。

 唇と唇を合わせてクゥがダンテの唇を吸う。

 チュポン!と音がして唇が離れるとクゥは笑顔で訪ねる。

「勇気湧いて来た?」

 ダンテは驚きいと困惑で頭がいっぱいになりながら自分の唇に触れてみた。

 初めてだったのに♡

 そんなダンテをレーヴァテインはジト目で見ており、ミルは口を押えて驚いた顔をして居る。

「それでパパ、勇気は湧いた?」

 再度聞いてくるクゥにダンテは黙って自分の胸に手を当ててみる。

 トクン。

 ダンテの胸の奥で昔に忘れてしまっていた温かいモノが確かに脈打った。

 それを忘れないようにして。

「あぁ、出たぞ勇気。クゥのおかげでな」

「えへへへ~~~~」

 と朗らかに笑うクゥと苦笑を浮かべるダンテだった。

「ありがとうなクゥ。帰ったらお礼を上げるよ」

「わーい」

「でもクゥ、よくこんなおまじない知っていたな」

「うん。ミルママがね、お勉強の合間に絵本とか読んでくれるんだけど、その時に教えてもらったの♪」

「ふ~~ん。ミルが――」

 ダンテがミルを見るとごめんなさいのポーズをとっていた。

「ミルにもお礼をしなくちゃな」

 と、勇気と一緒に若い頃のやんちゃ心をも思い出したダンテは、帰ったらミルをキス責めにしようとたくらむのだった。

「その絵本ではお姫様のキスで勇者様が勇気をもらって悪い神様を倒すの」

「そうか、それならクゥはお姫様だな」

 ダンテはクゥの腋に手を差し込み、グイッと持ち上げてグルグル回る。

「あははははは~。それならパパは勇者だね」

「そうだぞ~。パパは勇者なんだぞ~」

「あはははははは~。パパは勇者だ~」


 クゥとダンテの仲睦まじい光景を少し離れて見ている2人がいる。

「なんだかダンテさんが若返ったように見えますね」

「ああ、昔のヤツが帰って来たようだな」

「昔のダンテさんですか。ボクは覚えてないんですけど、昔会ったことがあるらしいんですよ。それで、その頃から僕の力に目を付けていたと言っていました。その、その頃のダンテさんが何をして何を成し遂げたかは知っています。つまりなんと言いますか、本当のダンテさんの名前などは知ってますけど、何故ダンテさんが今のダンテさんになってしまったのか、本来のダンテさんはどんな人だったのか、そんなことも知らないんです。なのにあのダンテさんの婚約者1号なんて言われて浮かれてなんていられません。ボクは知りたい。本当のダンテさんと言うものを。レーヴァテイン様、どうか教えてくれませんか」

 ミルとレーヴァテインの2人である。

 2人がこうしてちゃんと喋るのは初めてのいろんな意味での凸凹コンビである。

「……意外とよくしゃべるのだな」

「すみません。いきなりまくしたてちゃって」

「フッ、それだけ奴のことが好きだということだな」

「す…………しゅき!ボ、ボ、ボ、ボクが、ボクがダンテさんをす、すすすす、好き。え?え~~~~~~」

「クックッ、やはりお主は自分の立場と利害で婚約したつもりで、自分の気持ちとは向き合ってなかったのだな」

 レーヴァテインの指摘にミルの顔は真っ赤に爆発した。

 それを見て楽しみながらレーヴァテインは告げる。

「ダンテの奴がどうしてああなったかは分からんのだな。そこはエイラ姫にでも聞くのだな。だが、昔の奴がどうだったかは見ていれば分かるのだな」

 そう言ってまだ回ってるダンテ達を見る。

 顔のほてりを手で仰いで冷ましながらミルは答える。

「クゥちゃんのおかげで、ですね」

「そうだな。だがきっかけはお主なのだな。ミル卿」

「はい?ボクが」

「ダンテの奴はクゥが行くならと言って保険としてお主を連れて来たのだな。そこに迷いはなかったのだな。奴は最初からお主に目を付けていたのだな」

「確かにダンテさんもそう言ってましたけど」

「お主が町に来たことを知った奴はダビ攻略ができると考えていたのだろうな。だが奴の心の傷が行動に移させなかったのだろうだな。それがくすぶっていて、エイラ姫の提案を聞いてやる気を出したのだな」

「クゥちゃんのパパになったのも?」

「そのくすぶりだな。そこに今回クゥが火をつけたのだな。その切っ掛けもお主と言えるのだな」

「そっか。そうだと嬉しいな」

 そう話を締めくくって2人はダンテ達を見る。

 ダンテ達は目を回してひっくり返っていた。

 それを見て2人は顔を見合わせて笑い、ダンテ達の元に向かう。

 そしてダビ攻略の話を始めることにした。

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