第4話~朝の8時だぜ、全員集合~

 「家を買え」と言われてホイホイ買えないのが家である。

 土地に建物。それらを用意する人手にお金がかかる。中古物件だってお金や条件などなかなかに大変である。

 しかし、その大変な家を買えとドラゴンとお姫様に詰め寄られる男がいる。

 悲しいけどこれ俺なんだよな。

 と、ダンテは思っていた。

 そこに響く声があった。

「その話、ちょっと待った――――――――!」

 その声の方を向くと、町から鍛冶屋のドワーフのおっちゃんを先頭にローゴの町の有力者である町内会の面々がやって来るではないか。

「皆、どうして」

「そりゃぁ、ダンテの旦那を助けに来たんだ」

「そうだ。ダンテさんが王族を避けているのは分かっていた」

「その王族の馬車がダンテさんちに向かった聞いたんでな」

「で、俺らも力に成れねぇかと集まったわけだよ」

 と、おっちゃんを始めダンテに恩のある皆が口々に頼もしいことを言ってくれる。

「皆、こんな朝早くから―――」

 ダンテはみんなの好意に口を押えて震える。

「エイラ姫様。レーヴァテインさま。恐れながら言わせてもらいます」

 ドワーフのおっちゃんが堂々と大きな声で告げる。

「我々もダンテがこんなあばら家に住んでいるのは困っていたんだ。町の皆もその話のらせていただきやす」

 おっちゃんの言葉に皆が「うんうん」と頷く。

「お前らも敵かーーーーーー!」

 残念ながらダンテにはお金はもとより、人望も十分にあったのだった。

 叫ぶダンテの裾をクイクイッと引く手があった。

「クゥ、どうした」

「パパ。わたしはパパと一緒ならどこでもいいけど、流石にこれは無いと思う」

「クゥ、お前もかーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 味方がいないことを悟ったダンテは膝を衝く。

「分かった。———買えばいいんだろう」

 ダンテのこだわりはここに潰えた。


「ところでお前らさぁ」

 ダンテは膝を抱えながら誰が先にエイラとレーヴァテインに挨拶するかでもめてる極楽とんぼなローゴの町の皆に問うた。

「エイラはともかくレーヴァテインはドラゴンだぞ。ドラゴン。怖くねーのかよ」

 実際に戦闘訓練を積んでるはずのエイラの従士たちが一目で腰を抜かしてビビっていたのだ。

「ハハハ、何言ってんですかダンテさん」

 答えたのは手拭いをバンダナみたいに頭に巻いてるエール蔵の1つのせがれの若者だった。

「レーヴァテイン様ですよ。このローゴの守り神様じゃないですか。それを怖がるだなんて」

「へぇ~~~、お前守り神とかやっていたのか」

「やってないのだな」

「……」

「……」

「……」

「まぁ、なんだ」

 沈黙を遮るように首の後ろを掻きながらダンテが提案する。

「この機会に本当の守り神になってやれよ。俺にばかりあれこれやらせずに」

「別に構わんのだな」

「ありがとう御座います。あれ?でも、そうなると今まで祭壇にささげた供物は?」

「祭壇と言うのはウチの山のふもとの森の入り口にあるあの石舞台だな」

「そうです」

「それなら、森のジャイアントコンボイが持って行っているのだな」

「なんと。ジャイアントコンボイと言えば森のボス級モンスターですよ。ダンテさん、退治できませんか?」

「それはやめといたほうがいいのだな。ジャイアントコンボイは文字通りの森のボスだな。それを退治してしまうと森の生態系のバランスがくずれて害獣なんかが町に降りてくるんだな」

「ではどうすればいいのでしょう。供物にはうちのエールも多く出してます」

「供物はそのまま供えるのだな。そして供物を取りに来たジャイアントコンボイにワシがこの町の守り神に、つまり縄張りにしたことを伝える。その上で町とジャイアントコンボイが友好を築けるようにワシが説得しよう」

「ジャイアントコンボイとの友好ですか?」

「ジャイアントコンボイは森の賢者とも言われる。友好を築いておいて損はないのだな」

「また賢者か。安いな賢者」

「ダンテ、五月蠅いのだな」

 耳をかっぽじって話を聞いていたダンテが茶々を入れる。

「分かりました。レーヴァテイン様、お任せします」

「まかせるのだな」

 こうしてレーヴァテインは名実ともにローゴの町の守り神となった。

 しかし、ローゴの町とジャイアントコンボイの間でその後、少しお話があったのだが、それはまた機会があれば語らえるだろう。



「やめろーーーーーーーーーーーー!やめてくれーーーーーー!なんで、ぁ~~~~~~~なんでこんな事をするんだーーーーーーーーーーーーー!」

 レーヴァテインの前足で押さえつけられたダンテが悲壮な叫び声をあげていた。

「オジ様、オジ様。オジ様は良い決断をいたしました」

「エイラ?」

 松明のあかりに照らされたエイラの顔はダンテには酷薄で冷徹なものに見えていた。

「しかしオジ様がいけないのです」

「ひどいぞエイラ!」

 ダンテが大人げなく涙を流しながら慟哭する。

「さぁ、皆さん火を放ちなさい」

「や~~め~~ろ~~~~~!お前らには血も涙もないのか~~~~~~~~!あぁ~~~~~~~~、俺の理想郷ユートピアがぁ~~~~~~~~~!」

 レーヴァテインに踏みつけられて身動きできなかったダンテだが、それでも地面を掻きむしり目の前で行われようとする凶行を止めようとあがく。が―――

 しかし、ダンテの目の前で無情にもダンテの住んでいた小屋に火が放たれた。

 火は瞬く間に燃え広がり小屋全体を覆って真っ赤な火柱を上げ黒煙が立ち込める。

 空は太陽が沈み、茜色の濃い紺色を描いているが、地上では小屋を燃やす火が赤々と周囲を照らしていた。

「あぁ~、なんで、……なんでこんなことをするんだ」

 悲しみに打ちひしがれるダンテの傍にエイラが膝を付ける。

「オジ様がいけないんです。新しい家が建つまでこの小屋で生活と強情を張るから」

「それの何が悪いんだ」

「オジ様、オジ様の生活は生活水準というより文明レベル、原始人の生活レベルなのです。オジ様、この機会に現代の生活をしましょう」

 「ねっ」ッと優しくエイラはダンテに笑いかける。

 その背後でガラガラとダンテの小屋が焼け崩れていく。

 ダンテはそれを見ながら涙を流して力なくつぶやく。

「俺が、俺なんかが現代の暮らしなんてしていいのだろうか」

 そんなダンテにエイラは慈しみの笑顔を浮かべて答える。

「いいんですよ。お父様やその派閥がオジ様を傷つけたことは私が代わりに謝ります。オジ様の傷は私が癒します。ですのでオジ様はその様に自分を追い込まないで、堂々と生きてください」

「堂々と――――」

 エイラの言葉を聞きダンテは燃える小屋を見ながらぼんやりと呟いたのだった。



 そして何とかダンテを説得して、新しい家ができるまでエイラが住む王族の別荘に住んでもらえることになった。

 今日はダンテの家をどうするかの話し合い、のための話し合いで終わってダンての引っ越し、引っ越しと言ってもダンテの荷物はほとんどなく、代わりにレーヴァテインが持って来た娘のためのアイテムを運ぶことになった。

「あ~、これでしばらく暇とはお別れね」

 そう言ってエイラはドレスを脱いで裸になっていく。

 その後をマルタが付いて歩き、服を回収していく。

「え~と、今日の下着はどれにしようかな」

「おや、珍しい。いつもは上にあるやつを適当に履いているだけなのに」

 マルタは引き出しをあさり下着選びをするすっぽんぽんの主に苦笑をする。

「乙女心よ。乙女心。分かるでしょ」

「いえ、姫様にそのような乙女心があり、かつ向ける相手がいるなんて思いもよりませんでした」

 と、皮肉るマルタ。

「そう言うマルタこそ年上好きとは思わなかったわ。会合にいい人がいたって言っていたけど、あれオジ様のことでしょう」

「さぁ、どうでしょう」

「今、勝負下着?」

「秘密です」

 とガールズトークをしながら下着を選び終えたエイラはそれを身に着けていく。

「しかし、町の顔役がオジ様だったなんてめんどくさがらずに出ておくべきだったわね」

「多分読まれていたんでしょうね。これに懲りたら仕事しましょう」

「仕事ね。……悪くない案かもね。それにしても私とオジ様の関係を聞かないのね」

「下手に踏み込むべきではないと思いまして。ですが、やっぱり恋愛感情ですか」

「踏み込まない癖にドストレートね。そうよ。私にとってオジ様は白馬の王子様よ」

「クスッ、白馬の王子様ですか。あの方が」

 エイラが下着を身に着けると部屋着のドレスを選び始める。

「恋する乙女にとってはいくつになってもそう言うモノよ。そう言うマルタはオジ様のどこを気に入ったのよ」

「血―――でしょうかね。わたしの部族は強い男を見るとムラッとくるんですよ」

「ムラッと来ちゃったんだ」

「はい、ムッシュ、ムラムラです」

「はははははははははははははははははは」

「フフフフフフフフフフフフフフフフフフ」

 服を選び終えたエイラはその服に袖を通す。それは薄い青色をした光をかざすと体のシルエットがくっきり見える薄手のワンピースドレスだった。

 申し訳程度のレースのフリルが付いた下着と合わせて清楚系でまとめてある。

 エイラとマルタ、2人は同じ男をネタに恋バナをしているが、2人には争うつもりは毛頭ない。

 アフタヌーン王国では一夫一妻制が普通だが、王侯貴族では側室なんて当たり前だし、2人は英雄色を好むという言葉が好きだ。

 自分の好きな男が女を侍らすのを許せる、というかそう言う甲斐性を自分のことのように誇りに思えるのだ。

 問題はクゥが「ママは1人じゃなきゃヤダ」と言った時だっただろう。その時はお互いに主従の関係でも1歩も相手に譲るつもりはなかった。

 だが、結果はクゥは「ママはいっぱいがいい」という言葉で2人に争う意味はなくなった。むしろ、クゥをてなづけてダンテを落とすために協力するつもりだ。

「それではオジ様のお相手をしに行きましょうか」

「はい姫様」

 獲物を狙う獣が2匹、部屋から解き放たれた。



「あ~~~~、しんど~~~~~~~」

 寝不足のダンテが目の下にクマを作ってテンション低めでイスに座ってうめいていた。

「朝の8時だぞ」

 ダンテは昨日のことを思い出してため息をつく。

 朝、家を買えとドラゴンの訪問販売。

 お姫様がやってきていい女に育ったと思っていたら、家を買えとそれまで住んでいた家を燃やしてくれた。

 助けに来てくれたと思った町の皆は敵だった。

 おかげでいきなり娘と2人で路頭に迷うことになるところだった。

 その拾った娘のクゥは1日共に過ごせば愛着もわく。

 「パパー」と明るいし、聞き訳もいいし元気だし、手間も掛からない。

 ただ、時々ジーとこっちを見てるときがある。まるで何かを知りたがっているように。ジーと。

 あと、家のことで裏切ってくれた。

 今はダンテの膝の上に座って足をブラブラしている。

 クゥに裏切られて大切な家を目の前で燃やされたショックで茫然自失となっていたため、そのままエイラにお持ち帰りされてしまった。

 その後は全く休むことができなかった。

 まるで獣の檻に放り込まれたウサギの様な気分だった。

 与えられた部屋は広い。ベットなんかが置いてあったがこれまたデカい。天蓋なんかも付いていてそれに施された装飾も細かく精緻で豪華すぎた。

 また家具が多くてピカピカしていた。

 何もかもが今まで住んでいた場所と大違いだ。

 分かっている。

 今まで自分がひどい環境を自ら選んでいただけだと。

 でもな、そのギャップの差が大きすぎてビックなものだから文化がカルチャーショックでヤックデカルチャーしたダンテはいっぱいいっぱいのオパイパイになってしまっていたのだ。

 なんていうかもうダンテはダメだった。

 風呂にも入ったが広いし無駄に彫刻とかがあってライオンの口からお湯が出ていた。

 そして、フラフラになっていたダンテは足を滑らせて湯船に頭からダーーイブ!———そのまま浮いてこなかった。

 気が付いたらベットの上で夜になっていた。

 そしてふくよかなベットに慣れなくて寝付けなかった。

 まぁ、ダンテは気づいていないが、ダンテがそんなザマなのでケダモノ2匹が企んでいたアレやコラやナニが出来なっかったのだが。

 とりあえず精神的ショックとストレスと寝不足でダンテのコンディションはいまいちだった。

 なのに朝の早ようから町の議事堂に連れてこられて、議場の席はすべて埋まって全員集合状態だった。

 町長から各組合の顔役が出そろっていて、本来は領主が座る席にはエイラが座っていた。

「それではオジ様の家をどうするのかの会議を始めたいと思います。議長は私、エイラ・ハイブロウ・トワイニングが務めさせていただきます」

 と言う宣誓に異議を唱える者はいない。

 唯一異議を唱えたいダンテは部屋の隅に置かれた椅子に座らせられて発言権をもらえなかった。当事者なのに。

 しかし誰もダンテを顧みない。

 ダンテ自身も理想だった家を燃やさた時から諦めていた。

 「もう好きにしろ」が心の声だった。

「まず最初の提案ですが、現在王室直轄領のこの旧バカナ伯爵領を私、王位継承権第8位である3番姫エイラ・ハイブロウ・トワイニングが拝領しようと思います」

 エイラは立ち上がって皆を見渡しながら述べた。

 これにはどよめきが起きた。

 王室直轄領ということは王族の元で王族皆の物と言うことだ。

 だが、王族と言っても人の子である。派閥や地位、役職などがるわけで1枚岩とはいかずそれぞれが力を持ち牽制しあっているのだ。

 これは歴史が古く血族の多い国になればより顕著である。

 そしてアフタヌーン王国はその代表例になるだろう。

 そして王族の中には個別に領地を持ち力を誇示する者もいる。

 だが、バカナ伯爵領の領主になるということは逆で、王室の権力闘争から距離を置き辺境に転封されるようなモノなのだ。

 それを自ら行おうと言うのだ。

 しかもこの旧バカナ伯爵領には問題がある。

 それはこのローゴの町のすぐそばにあるかつては領都だったダビが有るが、これがバカナ伯爵の負の遺産なのである。

 このダビの問題を解決しないと領地として独立できないのである。

「姫様。それはダビを攻略するということでよろしいですか」

「そうです。一度あそこを更地に戻してオジ様の家、つまり領主の家を建てようと思います」

 町長の言葉にエイラは胸を張って答える。

 これをボーとしながら聞いていたダンテは思う。


 エイラって胸でけーな。……と。


 たゆんたゆんと揺れる胸を見ながら遠くへ行っていた意識がようやく会話をとらえ、その意味を理解していく。

「ちょっと待て、俺の家が領主の館ってどういうことだよ」

「簡単なシナリオですわ。私は王都での権力争いに疲れて辺境で療養していたら、一介の冒険者に恋をしてしまった。王都に戻れば政略結婚か権力争い。身分違いの恋を捨てられない私は田舎に引っ込んだ。と言う訳ですわ」

「そんなシナリオが簡単に通るわけないだろう」

「しかし、その冒険者がダビを攻略して領地を正常化したら」

「ぐ―――、確かにその武功ならそのシナリオも通るか」

「でしょう。と言う訳でがんばってねオジ様」

 しかしダンテは血相を変えて言い募る。

「それだと俺とお前が結婚することに―――」

「オジ様、昔言ってくださいましたよね。「大人になっていい女になっていたら嫁にしてやる」って」

「お前、それ本気にしてたのかよ」

「オジ様を見つけた時に決定事項でした。あっ、それとマルタも付いてきますから」

「不束者ですが宜しくお願いします、先輩」

 エイラは腰に手を当て誇らしげに、マルタは目を伏せしずしずと、しかしはっきりとプロポーズをしてのけた。

 ダンテは椅子からずり落ちそうなほど肩を落としつつ苦笑交じりにつぶやく。

「俺のスローライフをどこまで壊せば気が済むんだ」

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