第24話 ケカレというもの

 リヒトにそこまで言われてしまってはさすがに逆らうわけにもいかない。つむぎは項垂れながら帰路についた。

 しょんぼりしたつむぎを見て、あまねは慌てて励ました。


『元気出してください、奥様。これで旦那様に料理を作らない言い訳できますよ!それに旦那様のことですからすぐに事件解決です!何も悲しむことないですよ!』


明るく励ましてくれるあまねが何だか可笑しくて、つむぎはつい笑みを溢した。


「ありがとうございます、あまねさん」


 くよくよしたって仕方ない。

 そう思う事にした。

 だが、それでもやはり残念な事には変わりない。リヒトのために作ってあげたかったし、リヒトのためにできることは何でもしたかった。しかし、それはまた今度の機会となってしまった訳である。


ーー旦那様、どうかご無事で。


術師の仕事は危険と隣り合わせだ。リヒトが怪我する可能性も少なくはない。しかしつむぎは未熟な身代わりの花嫁にすぎない。そんなつむぎに出来ることは、ただ祈る事だけだった。


「帰りましょう、あまねさん」

『はい!』


あまねのほっとした表情に、つむぎもこれが正しい判断だったのだろうと思えた。きっとまた次の機会がある。その時には必ず術師として役に立ってみせる。

 そう信じて、つむぎは一歩を踏み出した。


 その時だった。


『奥様っ!!』


 禍々しい気配を感じた。背筋が凍るような嫌な感覚だ。それに加えてどろっとした粘着質な視線も感じた。

 視線を感じたと思ったその瞬間に、あまねに名前を呼ばれ強引に引っ張られた。

 その瞬間につむぎは「え?」と言葉が漏れた。どうしていいのか戸惑いながらも、視線の正体が知りたくてその方向を向こうとしたが、あまねに遮られた。

 何事かとつむぎが混乱している最中にもあまねは素早く対応していく。


「きゃ」


あまねがつむぎを力強く抱きしめた。そして体がふわっと浮く感覚になる。下を向くと地面が遠い。

 どうやらあまねに抱き抱えられて飛んでいるようだった。

 しかし、その感覚も長くは続かない。

 先程いた場所からかなり離れた場所にあまねとつむぎは降りた。地面に降りた後、つむぎはあまねの後ろに匿われた。


『貴方は何者ですか』

「が……グ……』


あまねが険しい表情で問い詰めるが、相手は話の通じる相手ではなさそうだ。うめき声のようなものしか発さず、おぼつかない足取りで二人に近付いてくる。

 よたよたとした歩き方だが、着実に、一歩ずつ、近寄って来ている。

 目の下には大きなクマを作り、目は虚で焦点が合っていない。口元だけでなく服まで真っ赤に汚れている。


「あまねさん。あれって……」

『ええ』


 あまねは手を強く握りしめた。

 あれはまさしくあやかし。

 否。もはやあやかしではない。


『あれは、吸血鬼……いえ、もうあれはケカレになりかけてる状態ですね』


確かにケカレになりきれてはいない。しかし、ケカレになるのも時間の問題であろう。もうほとんど自我なんて残っていない様子だ。

 とてもあまねやつむぎに対処できる状況ではない。

 そう判断したあまねは手に汗滲ませた。


『奥様……逃げてください』

「え。あ、あまねさんは……」

『私の心配は無用です』


きっと、あまね一人ならあの跳躍力ですぐに逃げ切れるのだろう。けれどそれもつむぎがいてはそう上手くはいかない。

 つまりつむぎはお荷物でしかないのだ。

 悔しい、とつむぎは感じる。


ーー私は結局、何も出来ないのだ。


 式町家でも、金城家でも、それは同じ。

 つむぎは式町家でどんなにこき使われようと、黙って従っていた。逆らえばもっと酷い目にあうから逆らわない方が楽だと言い聞かせていた。

 けれどきっと、それはつむぎには変わろうとする勇気がなかったのだ。

 そしてそれは金城家でも一緒なのだ。

 どうしようもない無力感がつむぎを襲ってくる。

 変わりたいと思うのに、結局何もできないから、変われないのだ。

 つむぎが一人もどかしい思いをしていると、あまねが声をかけてきた。


『奥様!』


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