4-10 最初の目標

 スキンシップに困惑しているユシャリーノを満喫していたミルトカルド。

 しかし、困らせることが本意ではないので、抱き着きはそのままに、伝えるべきことを伝え始めた。


「なんかね、昔の勇者がマルスロウ王国を助けたことがあったんだって」

「おお、さすが勇者だ」

「と思うでしょ。でもね、やり方がよくなかったみたいなの」

「剣を振るって勇猛果敢に立ち向かったんだろ? 問題なんてあるわけない」

「そこまでは良かったの。問題はそのあと」

「勇者が勝って、丸く収まったんじゃないのか?」


 ミルトカルドは、ユシャリーノが気付かないうちに分身を戻していた。

 顔は至近距離を保ったまま、話を続ける。


「それが……戦いは引き分けに終わったの」

「へ?」


 勇者が動いた後には、困っていた人たちの気が晴れて、心地よい毎日を送ることができている――。

 祖母から聞いていた勇者話では、爽快な結末ばかりだった。

 勇者のようなな人になれたら……。

 尊敬と憧れを持っていたユシャリーノは、驚きを隠すことができずにいた。

 そんなユシャリーノの反応を、つい楽しんでしまうミルトカルドだが、気持ちをグッとこらえて話を続ける。


「勇者と魔王は決着がつかないことに腹を立てて、話し合いをすることになって――」

「なんだか雲行きが怪しくなってきたな」

「そこからが大変なのよ!」


 ミルトカルドは、知った情報を話しながら結末を思い出し、気持ちが高ぶっていく。

 何があったのか気になるユシャリーノは、黙って聞いていた。


 ――突如出現する魔王は、目的は違えど魔族を連れて町を壊滅させたり、悪知恵を働かせて国家間をかき乱したりしていた。

 その度に勇者が召喚され、魔王を捕らえて暴動を抑えるか、討伐をする。

 世界が壊滅しないために、長年行われてきた必要不可欠な戦い。

 先代勇者も慣例に従って魔王を討伐する気でいたが、予想に反し、魔王の戦闘能力が自身と互角であった。

 先代勇者は、いったん休戦にすることを提案する。

 魔王もどうしたものかと困っていたところでの提案に賛成をした。


 休戦後、先代勇者は次の手を考えた。

 まともに戦っても同じ結果が待っているだけ。

 ならば魔王の弱点をつくべきだと思い立って考えた計画は、魔王が恋する女性を誘惑して、魔王を惑わすことだった。

 先代勇者は、計画通り女性を自身へと向けさせて、心が乱れた魔王の隙をついて討伐を成功させた。

 と同時に世界を守ったわけだが、大きな問題が残ってしまう。

 魔王が恋した女性は、先代勇者を召喚した国の王様の婚約者でもあったのだ。

 魔王の思考を乱すよりも、王様と女性の仲を裂いてしまったことの方が問題となる。

 当然王様は憤慨したが、続々と各国から感謝の意が届けられる中で怒り散らかすわけにもいかず……。

 悩みに悩んだ末、愛しい人と離れないで済む方法として、国王専属の秘書とした――。


 ミルトカルドは、先代勇者と魔王にまつわる話を、できる限りざっくりとユシャリーノに話した。

 話の区切りを示すようにミルトカルドは、鼻先をユシャリーノの鼻先にツンと付けて様子を伺ってみた。

 鼻を覆ったくすぐったさで返事を促されたユシャリーノは、ミルトカルドの要望通り答えた。


「ミルト、どこでその話を知ったんだ?」

「私の話は、偶然耳にしたいろんな人からの受け売りよ」

「ふーん。それにしても、千年も前のことをいまだに引きずっているのか。そのせいで千年もの間、勇者が悪く思われているってことだろ?」

「言われてみればひどい話だわ。国は助けられたのにね」


 ユシャリーノは、半身を起こすと目を輝かせて言う。


「勇者が決めたことを守っているってんなら、今の勇者が決めたことも守るってことだよな?」


 目線を外されて残念そうだったミルトカルドだが、ユシャリーノの顔を追いかけた視線がやる気に満ちた表情を捕らえて見惚れた。


「ユシャ……あなたもしかして」

「勇者って何ができるのか、どうすりゃいいのか分からなかったから飯を食うことしか考えられなかった。でもこれでわかったよ。勇者として初めてやる仕事は、王様を助けることだ」


 拳を握って視線を上げるユシャリーノの表情からは、迷いが無くなっていた。

 ユシャリーノと同じく半身を起こしたミルトカルドは、憂いの無いユシャリーノの横顔を静かに見守る。


「ミルト、明日も城へ行くぞ」

「あはっ! ユシャからのお誘いだあ。行きます!」

「王様にひとこと言いに行くだけだから、すぐに終わるけどな。王都の人たちも、明日からは気持ちよく毎日を過ごしてもらえるようになるはずだ」


 ユシャリーノの語気にも覇気が戻り、早口になる。


「そしたら、勇者への誤解も解けるはず。まずは王都での印象を修正するんだ!」


 ユシャリーノは、目標が決まってやる気に満ちた顔をしていた。

 その表情から視線を外さないミルトカルドは、ユシャリーノの手を優しく握る。


「ユシャのお役に立てたのならよかったあ。ねえねえ、私はユシャにとって必要?」

「必要じゃなけりゃ、パーティー作るとかしないだろ。俺より勇者について知ってることが多いしさ」


 ミルトカルドは、ユシャリーノから迷いなく必要と言われて、ニヤニヤが止まらない。

 ユシャリーノは、勇者としての動きが始められる喜びを噛みしめていた。

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