4-9 魅力注入

「腕が疲れてきた……もう寝たよな? 俺ならこれだけ撫でられりゃ、とっくに寝てるぞ」


 ユシャリーノは、『寝付くまで頭を撫でる』という、ミルトカルドとの約束を遂行していた。

 望みが叶ったミルトカルドは、嬉し過ぎてなかなか夢の中に入ることができなかった。

 だがユシャリーノにとって、甘えてくるミルトカルドを拒む理由はない。

 山にいたころ、数は少なかったが、出会う人はみんな好意的に接してくれていた。

 しかしそれは、関わりのある人が喜んでくれるようにがんばった結果として、好感度が上がっていたからだ。

 ところがミルトカルドは、明らかに男性として好意を寄せているのがわかる。

 これまで、自分に甘える女の子がいるなんて状況は考えたこともなく、初めて知った感覚だ。

 心地よさすら感じる今の状況は、不思議と壊したくないという気持ちを湧き上がらせていた。


「気持ちよさそうに寝てるのを見てたら眠気が強くなってきた。俺も寝させてもらおう」


 半身を起こして片腕で支え、もう片方の手で撫でるという厳しい姿勢を続けていたユシャリーノは、限界を迎えた腕に役目を終えさせて床に横たわった。


「おやすみ、ミルト」

「おやすみ、ユシャ」


 目を瞑ったままのミルトカルドから返事を返されたユシャリーノは、わざと大きなため息をついた。


「はあ……寝てくれよお。俺のがんばりが報われないだろ」

「だって……うれしいんだもん。寝たら撫でられているのを実感できないでしょ?」

「言っていることはわかるけど、目的は寝ることだ。俺が撫でることで寝てくれたらめっちゃうれしいぞ」

「そうね。私、ユシャがうれしくなることなら何でもするわ。がんばって寝るっ!」


 ミルトカルドは分身し、ユシャリーノを前後から抱きついて挟み込んだ。


「初めからこれでよかったんじゃないか?」

「頭を撫でて欲しかったの! 抱きついて寝るのは普通のことだから、特別じゃないもん」

「普通ってことは、これからずっとミルトに挟まれて寝るのか!?」

「当たり前でしょ。いつも一緒に寝るんだから」

「今はミルトが落ち着くまでってことで一緒に寝てあげてるだけだ。抱きつくんじゃなくてさ、せめて横で寝るぐらいにしてくれよ」

「やーだ」

「あのなあ、女の子に抱きつかれているこっちの身にもなれって。結構大変なんだから」

「大変?」


 ミルトカルドは、目だけを上に向けて考える仕草をする。


「なんだろ」

「考えるな」

「気になるもん、考えてみる」

「いーや、考えるな!」

「そう言われると考えたくなるじゃない。ドキドキするぐらいならすぐに慣れるって」

「そういうのって、慣れちゃまずい気がするんだよ」

「あはっ! ユシャは私に抱きつかれてドキドキしているのね。それなら答えは簡単。毎日くっついて寝ればいいだけよ」


 困り顔のユシャリーノと笑顔が絶えないミルトカルドの視線が重なる。

 ミルトカルドは、話が途切れて生まれた沈黙がきっかけとなり、ふと湧いてくる気持ちを口にした。


「うーん……言われてみれば、ユシャがドキドキしなくなるのは大問題ね。意識されないってことは、私が必要とされていないのと同じだもん。そんなのいやだ」

「それは考え過ぎだよ。これでもその……一人のときより楽しくなりそうだな、とは思っているんだ。まだ会って間もないんだし、今の俺たちの関係って、他の人でもドキドキしている時期だと思うぞ」

「かんけい……私とユシャの関係かあ。とても大事なことね。時間の速さは人によって違うと聞いたことがあるし……わかった、ユシャが私に追いつくまで待っててあげるね!」


 ミルトカルドのひたすら前向きな考えに圧倒されるユシャリーノは、自分を抱きしめている少女の腕に頬が触れて、鼓動を速くした。

 ミルトカルドのか細く白い腕から漂う独特で甘い匂いは、初めて感じた瞬間はドキドキさせられたが、徐々に心地よさへと変わっていく。


「やばい……これ、病みつきになる予感がする」

「ん? 何て言ったの?」


 思わず口走ったユシャリーノの声は非常に小さかったため、幸いにもミルトカルドの耳には届かなかったようだ。


「いや、何も」

「あ、思い出した。ユシャに伝えなきゃいけないことがあるの」


 ユシャリーノは、口に出してしまったことが聞こえていないことに安心したのも束の間、急に話を切り替えられて頭が付いて行かない。


「なんだよ」

「あのね、王様とか王都の人たちって勇者のことが嫌いかもって話があったでしょ? ユシャリーノの予想は当たりみたいよ」

「え……当たってるのかよ。ならなんで嫌われてる勇者を召喚したんだ?」

「それはね――」


 ユシャリーノが理由を知りたくて待っているのをいいことに、ミルトカルドは腕と脚をスリスリと動かしてスキンシップを楽しみだした。

 ミルトカルドの行動を拒むかと思いきや、すでに頬で感じた腕の感触に気分をよくしていたユシャリーノは、ミルトカルドがしたいようにさせていた。

 次々と刷り込まれるミルトカルドの魅力を拒む術を知らないユシャリーノは、女性への耐性がないことを突かれた形となってしまった。

 病みつきになるかもしれない――口に出てしまうほど危機感にも似た感覚が、怖さと興味を重ね合わせ、ユシャリーノの心に変化をもたらせていく。

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