4-8 許してあげる

 セレーブから戻るように言われたミルトカルドの分身は、戻ることに了解したものの、結局姉妹話に花を咲かせながら姉から離れなかった。

 一方、ユシャリーノと共にいるミルトカルドは、手をつないだまま終始笑顔を絶やさないでいた。


「なんだか楽しそうだな」

「うん、楽しい」

「勇者認証が城へ出向く必要すらなかったってのには拍子抜けしたけど、ミルトの願いが叶ってよかった」

「すっごくうれしい! ユシャもうれしい?」

「うーん……いつも一人だったし、それで困ったことはあんまりなかったからなあ」

「じゃあ、うれしくないの?」

「いや、それが今までを振り返ってみるとさ、作業そのものは一人でも、作業中は色んな人と協力し合ってたんだ」

「山奥で一人作業なのに?」

「そう思うだろ? それがそうでもなくてね。例えば、山二つ離れたところにいるおじさんと話したり、通りがかった行商の人から美味いものを食べさせてもらったりとかね。森に隠れて見えていないだけで、どこかには人がいて、その中の誰かは俺のことを気にしてくれていたってわけさ」

「ふーん」


 ミルトカルドは、なかなか求めている言葉を出さないユシャリーノに、軽く肩をコンコンとぶつけておねだりを始めた。

 しかしユシャリーノは、ミルトカルドの動きには触れず、話を続ける。


「それを思い出したらさ、これからミルトが一緒にいてくれるってのは、うれしいなって」


 ユシャリーノがおねだりに気付いたかどうかは定かでないが、ミルトカルドの求めていた答えを口にした。


「ユシャ、ほんと? ねえ、ほんとに?」

「嘘をつく必要なんてないだろ? そもそも、ミルトのことが気に入らないなら手をつないだりできないよ」


 ユシャリーノは、つないでいる手を挙げてミルトカルドに微笑んだ。

 ミルトカルドは、ゆっくりとうなずいて頬を赤くする。


「出会ったときから、私のことを悪く思っていないって言ってくれてたものね。これからはもっと安心してユシャに付いていく!」

「安心してくれるのはうれしいけど、なんで……いや、考えちゃいけないことなんだろうな。喜ばれているなら、勇者らしくできてるっつーことでいいや!」


 ユシャリーノが内心で沸いた疑問を自己解決したところで、セレーブが荷車を押す兵士と共に現れた。

 ミルトカルドの分身は、いつの間にかいなくなっていた。


「お待たせしました。こちらがお渡しする武具や材料、それとお金です。大金ではありませんが、危険を鑑みてのことですのでご了承ください。それでも普段の生活で困ることはまずないと思われます」


 麻布を被せられた荷車は、一人で押す大きさとはいえ、荷物が荷台の広さいっぱいに載せられているのが分かる。


「おお! こんなに頂けるなんて、ありがとうございます!」

「事あるごとに対応できればいいのですが、王様が仰っていたように、こちらも手が回りきらないので、ご理解いただけると助かります」

「秘書さんに会えないのは残念……あ、いや、俺も頻繁にお邪魔するのは迷惑になると思っていたので、少しでもお手を煩わせないようにできるのなら俺の方こそ助かります」

「そう言っていただけると幸いです」


 秘書と話している間、終始笑顔を絶やさないユシャリーノを、ミルトカルドは横目でにらんでいた。

 ミルトカルドからの厳しい目線に気付かないユシャリーノは、荷車を押していた兵士と交代した。

 そしてぺこぺこと頭を下げながら城を後にする。

 ムスッとした顔のミルトカルドを連れたユシャリーノは、荷車を押して街道に出ると、ミルトカルドから話を切り出された。


「あの人が秘書だったのね。ユシャがすっごくうれしそうだった」

「うれしいというか、王都に来てからずっとお世話になっているからね」

「ふーん、それだけ?」

「それだけって……ま、まあ、それだけっちゃあそれだけだけど」


 ユシャリーノは、ここでようやくミルトカルドの様子に変化が起きていることに気付いた。


「ミルト、もしかして機嫌悪い?」

「別に。なんでそう思うの?」

「いやさ、秘書さんの話だからもしかしてと思って。なんだか言葉に棘があるように感じたから――」

「あら、ユシャでもわかるのね」

「あー、やっぱ怒らせてるよな。秘書さんと会うのは仕方なくないか? 王様が忙しいから代わりに応対してくれているんだぜ? 秘書さんは城へ俺が行く度に会わなきゃいけないんだから」

「それぐらいわかってるわよ。許してあげてもいいけどお、そうね……今日のところは、私が寝付くまで頭を撫でてくれたら許してあげる」

「はあ!?」

「私のことを気にしてくれたから、結構割引してあげたのよ。ちゃんとやってね」


 ユシャリーノは、口を大きく開けたままミルトカルドの顔を見ている。

 返す言葉がないか考えたが、鼻をツンと上げているミルトカルドの様子から、何を言っても無駄だと悟った。


「……わかったよ。寝るまで頭を撫でてりゃいいんだろ? それぐらいやってやるよ」

「あはっ! じゃあ、約束ね」


 ミルトカルドは険しい顔から一転、満面の笑みに変えて両手をパチンと合わせた。


「なーんかしっくりこないな……あ! これって一緒に寝ることが前提じゃねえか!」

「ぷふふふっ。気づいてなかったの? ユシャってほんとにユシャね」


 クスクスと笑うミルトカルドを、ユシャリーノは恨めしそうに見つつ、荷車を押した。

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