4-7 姉妹の再会

 ユシャリーノはミルトカルドと共に、要塞化された城の一画にある居住区を見回しながら秘書を待っていた。

 ミルトカルドは、謁見部屋から出るや否や、当然のようにユシャリーノの手を絶妙な力加減で掴んでいる。

 ユシャリーノは、ミルトカルドが傍にいるときは手をつなぐことが当たり前になってきたのか、つないでいることを気にしていない。


「王様も大変な仕事だよな。王都だけじゃなく、国を治めているんだから。勇者としては、何でもいいから手伝いたいな」

「もしかしたら、すでに勇者の出番かもしれないわ」

「それならいいけど……それってミルトの勘?」

「そうかもね。うふふ」


 ユシャリーノが、微笑むミルトカルドを見て首を傾げている頃、勇者の本を戻している秘書の後ろから、一つの影が近寄っていた。

 秘書が、大きい上にとても重い勇者の本を慎重に戻していると、少女の声が耳に入った。


「セレ姉さま」


 静かな部屋の中で声を掛けられた秘書は、驚くかと思いきや、逆に不思議なほど冷静に応対した。


「あら、付いてきたの? よく他の人に見つからなかったわね、カルちゃん」

「なーんだ、驚かないのね。私だって気付いていたの?」

「可愛い妹のことを姉がわからないでどうするの……謁見部屋では声が出そうになって必死に抑えていたのは内緒だけど」


 秘書は、勇者の本を戻し終わると服の埃を軽く払い、ゆっくりとミルトカルド――分身している方のため、秘書はカルド扱いをしている――を抱きしめた。


「元気そうでなにより。会いたかった……あなたたちのことが心配でしかたなかったの」

「それはこっちの台詞よ。お父様がとても心を痛めていたわ。でも、セレ姉さまの方がつらいはずだからって、黙り込んでしまったの。私、そばにいてあげようかと思ったけど、私の心配までさせてしまいそうだから、いつものように城を出て来ちゃった」

「お父様が……。私のわがままを受け入れるために、追放という名目で逃がしてくださったのはわかっているの。できることなら今すぐにでもお父様に会いたい。会って色んなお話がしたいわ」


 ミルトカルドの姉である秘書――セレーブ・デ・マニーフィコは、マルスロウ王国の隣国であるリラ・イアブル王国の第一王女である。

 わけあって国王である父親から国外追放を宣告された。

 行く当てもなく路頭に迷っているところを、当時まだ王子であったマルスロウ王国の国王に助けられて今に至る。

 その妹であるミルトカルドは、第二王女ということになる。


「お父様は、カルちゃんまでいなくなって大丈夫かしら」

「私は元々自由にしていていいし、いつも外へ遊びに行っていたから大丈夫。たまに連絡さえすればいいって言ってた」

「ふふふ。それね、お父様はハラハラしていたのよ。一国の姫が無防備なまま外をうろついているだなんて、王でなくても気が気でないわ。それでも許していたのは、カルちゃんのことをとても愛しているからよ」

「そんなの、ちゃんとわかってるもん。だけど、私が過ごしやすそうにしていた方が、お父様は安心するのかなって。始めは外に出るのがすっごく怖かったから、内緒で一人だけ兵隊さんに付いてきてもらったりしたし。兵隊さんはみんな緊張して身が持たないからって、代わる代わる相手してくれてたから、結局色んな人に構ってもらって迷惑かけちゃってたけど」

「そういえば、小隊の緊急会議が頻繁に行われていたことがあったけど、カルちゃんのことだったのかな。まったく、お父様が初めから指示を出していれば迷惑かけずに済んだのにね」


 抱擁したまま話していた姉妹は、互いの顔が見えるように体を離して目を合わせると、同時に笑い合った。

 セレーブは、久しぶりに身近な人物と触れ合い、いつも抱えていた不安を払拭できたような安堵を感じて喜んだ。

 と同時に、ミルトカルドに素朴な疑問を投げかける。


「それにしても、なぜカルちゃんが勇者認証なんてしに来たの?」

「ユシャと一緒にいるためよ。ただ付いて行くだけなら必要ないけど、同じ立場になった方がお互いに動きやすいから」

「ユシャって……あなたもしかして、あの勇者のことを――」

「さすがお姉さま! その通り、大好きになっちゃった。勇者と仲良くなれたらって思って探していたんだけど、怖い人かもって心配してたの。でも全然そんなことはなくて、とっても素敵な人だから私のものにしちゃう! うふふっ。今は私のことだけ特別扱いしてくれるようにがんばっているところよ」


 セレーブは、ミルトカルドが鼻息荒く話しているのを見て本気であることを察し、ため息をついた。


「そう……あなたが隠していたものを出す時が来てしまったのね。強烈な独占欲の扉を開いたのがあの勇者だとは考え難いのだけど。カルちゃんは私たちが見ることのできない、人の内面を見ることができるから、間違いないのでしょうね」


 セレーブは城を出て行くことになるまで、常日頃から妹たちを支えてきたため、すべてを知り尽くしている。

 どんなことでも優しく受け止めてくれる姉を、妹たちが慕わないわけがない。

 愛情に愛情で返すことで、ミルトカルドの独占欲がより育まれたのかもしれない。


「そういえば、ちゃんは?」

「ナイーブなら、いつも通りお父様に寄り添っているわ」

「ナちゃんらしいわね。でも私たちがいないことに、いつまで我慢できるかが心配」

「リラ国にとって一番心配なことだものね。私が状況報告をしに行ったときに、いっぱい構っておくね。ユシャを紹介したら楽しんでくれそうだし」

「ぜひお願いするわ。あの子がある意味一番心配だから」


 ナイーブ――ナイーブ・デ・マニーフィコは、第二王女であるミルトカルドの妹であり、リラ・イアブル王国の第三王女である。

 ミルトカルドからの話で、セレーブは妹たちの様子を知ることができてホッとした。

 そして、ユシャリーノについてもミルトカルドの気持ちを大事にすると決め、妹の両肩を掴んだ。


「カルちゃん。私ね、勇者が謁見に来たときの対応役になっているの。あの勇者にカルちゃんが関わっているのなら、全面的に協力するわ。とは言っても、私の立場では限界があるのだけど」

「セレ姉さま、ありがと! 私、セレ姉さまの妹で良かった……」


 セレーブは、ミルトカルドの頭を一撫でして、次にするべきことへと動き出す。


「私もカルちゃんの姉でとってもうれしいわ。さあ、そろそろ勇者に渡す物を準備しないといけないから、カルちゃんは戻ってて」


 ミルトカルドはコクンとうなずき、姉と共に書物の間から退出した。

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