第10話 私たちってそういう運命なんだって

千賀ちか、私今日バイト初日なんだ。だからその、行ってくるね」


 学校からの帰りの電車内。

 私だけが先に受かってちょっと気まずいけど、それでもちゃんと伝えておかなきゃと思った。


「うん、私も今日からだよ」

「うん……うん!?」


 私も今日からって、え?あれ、バイトの話?だよね?


 想定に全くなかった返答を聞いて、私の解釈が間違っているのか何度も考え直す。


「ごめんね、タイミング逃しちゃって言えなかったけど、私も面接受かってるよ」

「え、あ、そうだったの!?」


 てっきりこの間面接から帰って来た時の雰囲気からして、ダメだったのかと思ってたのに。

 ていうか、そのタイミングを意図的に逸らしたのが私なんだけども!


 色々聞きたいことはあったけど、話を切り出したのが遅かったから電車はもうバイト先の最寄り駅についてしまった。


「あ、えっと私この駅で降りるね」

「うん」

「……千賀?」


 普段、家の最寄り駅で降りる時みたいに、千賀がぴったりくっついて一緒に電車を降りる。


「私もこの駅だから」

「あ、そうなんだ」


 改札を出て道を進む。

 でもやっぱり平然と千賀は付いてくる。


「えーっと、ほんとにこっち……?」

「うん」


 せっかく思ったよりも長く居られたんだから、どこのバイトに受かったのかとか、質問の続きをすればいいのにすっかり抜けていた。


 私が思い出したように口を開くよりも、先に千賀が指を差す。


「あのね、あそこのお店」


 指差した先にあったお店は、オシャレなカフェ。

 と言ってもこの間千賀と行った純喫茶な感じのお店じゃなくて、もっと若者向けなところ。


 最近オープンしたばっかりみたいで、パンケーキとか食べに──


「って私とおんなじとこじゃん!?」

「……ちゃんと言おうと思ってたんだけど、嫌がるかなって思ったら言いだしづらくて」


 千賀は申し訳なさそうに、面接に行った日のことを話してくれた。



 今日は私が面接に行く番だ。

 彩朱花あすかが無事に採用を貰えたから、私は既に一安心しているし、来る前にキスもしてもらったからもう面接程度では緊張しないと思う。


 私が応募したのはカフェ。

 オープンしたばかりでそれなりの人数を募集しているらしく、受かりやすいかなと思って受けることにした。

 それに、普段学校から帰る時に乗る電車を途中で降りてすぐの場所にあるから、アクセスも良い。


汐留しおどめ千賀ちかです。よろしくお願いします」

「うん、宜しくお願いします。早速だけど──」


 顔を合わせてすぐ、面接が始まった。

 店長が落ち着いた女性なことも相まって、かなりリラックスして臨めそうだ。


 履歴書を見ながら、志望動機だとか勤務希望などを聞かれる。

 淡々と受け答えが出来ているから、条件が合わないなんてことが無い限りは受かりそうだと、我ながら自信があった。


「そういえばその高校の制服、この間面接に来た子も着てたなぁ」

「そうなんですね」

「えーと……今年入学になってるから汐留さんは1年生か。あれ、中学も確か同じとこじゃなかったかな」


 ……同じ中学の同級生なんて、確かうちの高校にはほとんどいなかったはず。


 なぜなら高校に通うのに、電車に乗っている時間だけでも片道30分もかかるから。


 だとするとまさか……。


「……もしかして、佐倉さくらという名前の子でしたか?」

「あぁそうそう!もしかしてお友達?」

「えぇ、まぁ……そうです」


 やってしまった。彩朱花が別々のバイトにしたいって言っていたのに、まさか1発で同じところを選ぶなんて。


 とにかく断らないと。


「おお良いじゃん!その子は採用したんだけど、もし仲の良い子なら緊張しすぎず仕事が出来ていいかも知れないね」

「あ、えっと、でも……」


 さっきまでのリラックスした気持ちはどこへやら、不意に彩朱花が絡むと一気にしどろもどろな対応になってしまう。


「あぁ、でももし苦手な子とかだったら全然無理しないでいいからね。面接を受けに来てたこととかも言わないし」

「……苦手とかはあり得ません!一番の親友、なので」


 店長が気を使ってくれたおかげで断る口実も出来たけど、『彩朱花が苦手』なんて嘘でも言いたくなくて、柄にもなくつい声まで張って否定してしまった。


「そっかそっか。じゃあ大丈夫だったらこのまま採用にしようかと思うんだけど、どうかな」

「本当ですか」

「汐留さんは受け答えがしっかりしていて、姿勢とか所作も全体的に綺麗だから華があって良いと思ったんだけどさ」

「……ありがとうございます」


 結局、私は断れなかった。

 断って雰囲気を壊したくなかったからなんて言い訳をしたいけど、でも実際は私が彩朱花と同じ場所に居たかっただけ。


 店長の計らいで、初日は彩朱花と同じシフトでの出勤することになった。


 彩朱花の気持ちよりも自分のわがままを通してしまったことを、初出勤までの間にちゃんと彩朱花に伝えなければいけない……。



「……みたいなことがあって、だから彩朱花と同じバイト先だってことは分かってたの」

「あー、それで気まずそうにしてたってことかぁ」


「……ごめんね、別々が良いって言ってたから、断らなきゃ行けなかったのに」

「ううん、せっかく採用されたのに断るなんてもったいないよ」


 初めて応募して、初めて面接して、それで自分が採用された時はすっごく嬉しかったのに、千賀だけが私のわがままで我慢する必要なんてどこにもない。


「それにね、もし私が千賀側の立場だったとしても、むしろ私たちってそういう運命なんだって受け入れてたと思うよ」


 千賀とはそういう運命。

 心からそう思えるかは分からないけど、心からそう思いたいって感じてる。


 千賀と距離を取ろうとしても取ることが出来なかった事実は、ただの偶然にしても私にとってはすごく嬉しかった。


「運命……うん、そうだと思う」

「千賀ってこういう時は自信持って断言するよね!?」

「だって事実だから」


 運命なんて目には見えないし、未来の事なんて分からない。

 ほんとは運命なんて言葉は詭弁だって頭では分かってて言った言葉だったのに、それでもこうしてはっきりと千賀に断言されると、本当にそうかもって思えてくる。


 私はそんな千賀の強さが好き。


「それじゃあまぁ、初出勤がんばろっかー!」


 初仕事に向けて元気よくギアを1段階あげた私は、これから一緒に働く千賀に『がんばろうね』のキスをした。

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