第11話 こんなこと考えたくなかった

 店の裏にある、従業員用入り口のドアノブに手をかける。

 ふぅっと一瞬息を吐き、気持ちを決めてガチャリとドアを開けた。


 中に入ってすぐの通路を少し歩いて、この間面接を受けた小さな事務所に入る。

 出迎えてくれたのは店長さん。


「あ、おはよう。2人とも今日からだね。よろしく」

「「よろしくお願いします」」


 息ぴったりに揃って挨拶をして、時間になるまで待機。


 タイムカードを切ったら店長がすっと切り替えて仕事の話になった。


 早速制服のサイズ選びから。

 店長が段ボール箱の中から、ビニールに包まれたまっさらな制服を取り出す。


「うーんと、うちの制服はこんな感じでパティシエ風の服をちょっと可愛くアレンジしたみたいなものになっています。2人とも身長的にサイズはMかSかな?」

「えっと、私が156cmで千賀ちかが154cmです。……だよね?」

「うん、私がSで彩朱花あすかはMでお願いします」


 それぞれ制服を受け取ってロッカーで着替えをする。


「わっ、かわいい!帽子とかワンポイントが青で統一されてるの可愛いね!」

「……えっ?うん、そうだね」

「聞いてる!?めちゃくちゃ生返事だし!勝手に私の写真撮ってないで一緒に写ればいいじゃん!」


 何かあるとすぐに撮りたがる千賀をこっちに寄せて1枚パシャ。


 着替えて事務所に戻ると、そのままホールへ向かうことになり、バイト中の人達に挨拶をする。


「今日からお世話になります!佐倉さくら彩朱花あすかです!よろしくお願いします!」

「同じく、お世話になります。汐留しおどめ千賀ちかです。皆さんよろしくお願いします」


 みんな大学生とかで、私たちより年上の方ばかりだけどちょっとずつ仲良くなれたらいいな。


「みんな先輩って言ってもまだオープンしたばかりだからさ。オープンからいる子でもまだ1カ月も経ってないから、みんなで助け合って覚えていってね」


 店長がまとめてくれて、それに『はーい』と返事をしたあとみんなすっと持ち場に戻る。


「それじゃあ今日はまずメニューをざっくり覚えてもらったり、誰がどこでどんなことしてるか全体を見学して回ろうか」


 メニューの種類は、パンケーキやワッフルにサンドイッチなど軽めのものばかりで、ドリンクもフルーツジュースにコーヒーと紅茶がそれぞれ何種類かずつと少なめだった。


 店長曰く、個人でも緩く長くやれるようにメニューは絞ってあるんだって。


 バイトはそこまでたくさん雇ってないから、最終的にみんな全体の仕事が出来るように。

 その代わり、ホールもキッチンもそれぞれ覚える仕事量自体は少なく出来ていてシンプルだった。


 今日は全体の雰囲気を簡単に覚えて、ちょっとだけ接客したりもした!



 終業後、私たちはすっかり暗くなった夜の街を歩く。


「大変だけど楽しかったね!」

「うん、覚えなくちゃいけないことは色々あるけどみんないい人そうだし、安心して仕事出来そう」

「やっぱ千賀とおなじとこで働くのが正解だったんだろなぁ」


 私がそういうと、千賀は少し考えるように下を向いた。


「……彩朱花、1つ聞いても良い?」

「うん、いいよ」


 なんとなく、千賀の聞きたいことを察した。

 これまで私が避けるように、当たり障りのない答え方でスルーしていたところまで話が繋がりそうだったから。


「別々のバイトにしたかった理由は、私達が普段なんでも一緒すぎるから違うことがしてみたいんだって言ってたよね」

「うん」

「今もそう思ってる?」

「今は同じバイトでよかったなぁって思ってるよ?出勤前にも言ったけど、たまたま同じになってそういう運命かもーって思ったし」

「そうじゃなくて」


 ……いつもみたいに『そっか』って流してくれない。

 私があんまり話を掘り下げたくない時は、いつも千賀は違和感に気付いてスルーしてくれてたと思うけど、流石に千賀の中でも色々と聞きたいことがたまってるのかも。


「これから次に何か新しいことするなら、また別々にやってみたいなって思う?っていう意味」

「それは~……うん、まぁしなきゃいけないかもって……思ってるよ」


 腕を抱えるようなポーズをしながら目を伏せて喋ってしまう。

 ……なんか、問い詰められているみたいな気分。

 いや、千賀が悪いんじゃなくて、私がちゃんと話せてないせいなんだけど……。


「……しなきゃいけない、なんだ。てっきり違うことがしてみたいからだと思ってた」

「うん」

「理由、聞いてもいい?」


 どうせ、きっとどこかのタイミングで話し合わなきゃいけない内容なんだしって思って、私は気持ちを決めることにした。


「……いいよ。じゃあどっか座って話せるところ、いこ」

「ありがとう。それじゃあ」


 そう言って私の手を引く千賀は、本来乗るはずの駅の中をそのまま通り過ぎて南側へ向かう。


 その向こうには海が見えた。


「駅のこっち側ってこんな風になってたんだ」

「うん、ちょっと広場っぽいところがあって、そのまま南は埠頭ふとうになってるみたい。どこかベンチを探して座ろう」


 今日は学校帰りにバイトをしたから流石に日も落ちている。

 埠頭の脇にはおしゃれな街頭が並んでいるから全然明るいけど、気温は流石に夜な上に海が近いだけあって少し肌寒い。


「彩朱花、ごめんね。寒くない?」

「ちょっとだけね。でも全然大丈夫だよ」


 私たちは、埠頭の前にいくつか点在しているベンチに座った。

 駅から南へ5分くらいの場所だけど、平日の夜だからか人通りもほとんどない。


 立ち並ぶ街灯と、対岸に見えるビル群の灯りがきらきらしていて、デートとかで来たらすごく良い雰囲気だったんだろうなぁ。


 でも今からはちょっと重たい話をしなきゃいけないから、あんまり景色を楽しむ余裕がない。


「えっと、別々のことしなきゃいけない理由、だよね」

「……うん、話しても大丈夫なところだけでいいから」


 私が千賀に話したくなかったのは、千賀に知られたくない内容だからとかじゃなくて、こんなこと考えたくなかったからだ。


「……私たちってさ、この先一緒にはいられなくなるでしょ?」

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