第6話 強者の類い

 俺はぞっとした。目の前に見たことのない異形の化け物がいたからだ。夢の中で見た鯰の怪物も大概だったが、この化け物はそれ以上の存在感があった。


 こいつは鬼のように太く、立派な漆黒の角を携えていた。現実世界にいる動物に例えると、インパラの角が一番近いだろうか。角の根元部分が光っており、ネオンパープルの妖しい光を放っていた。


 顔の輪郭は逆三角形型で口先があり得ないほど尖っていた。その輪郭が、そいつの鬼のような形相を引き立たせているようにも思える。額にはアメジストのような宝石があり、それを中心として周りには黄金色の紋章があった。


 両目には瞳孔など存在せず宇宙人、あるいは仮面ライダーを思わせるような、吊り上がった緋色の巨大な目。ただ、眠っているせいか瞳に光はない。口は意外にも人間サイズで、構造もほぼ同じだ。


 両肩には二つずつ白色の突起があり、そこから伸びた肋骨のようにカーブしたエネルギー状の鎧が鎖骨部分や肩全体を保護していた。体のセンターラインには、一本の白線がへその辺りまで伸びていた。


 両手には異世界の騎士を彷彿とさせるような小手が装着されており、指先が鋭く尖っている。下半身は腰から膝までは流動的な靄で覆われていた。しかし、鯰の怪物と違い色は淡い紫で、所々から紫電が発せられていた。

 両足は手の小手と呼応するように、鎧足状になっていた。


 全身から威圧感という威圧感が尋常じゃない程発せられており、俺はそこはかとない恐怖を感じた。生物として圧倒的格上の存在なのだと認識させられた。


「やばい……、こんなのとずっといたのか、俺は」


 俺は一刻も早くその場から立ち去りたいという衝動に駆られた。鬼のような化け物を起こさないよう、ゆっくりと立ち上がり、物音を立てないようそろりそろりと階段に向かって歩き出す。音を立てないよう抜き足忍び足を心がける。


 ――――頼むから起きないでくれ!


 そう願いながら、ジリジリと階段まで辿り着くことに成功した。


「ふぅー、ここまで来たら後は一気に下るだけ!」


 俺は一呼吸おいて、駆け出す。階段を一段、二段と下っていく。


「よし、上手くいったぞ!」


 と思っていたのだが……。


「あれ?」


 いつの間にか俺は元いた位置に戻されていた。


「え……、ちょっ……、ちょっと待ってどういうこと!?」


 突然、化け物の隣にワープしたような感じがして気味が悪かった。でも、そんなこと考えている暇はなかった。化け物が起きる前に何としてでもこの場から離れたい。もう一度脱出を試みることにした。


 だが……、


「よし、ここまで来……」


 シュババッ!


「ハァー、ハァー、よし今度こそ、ここに……」


 シュババッ!


「ゼェー、ゼェー、も、もうやめ……」


 シュババッ!


 何度やっても、何度やっても、同じ場所に戻される。


「クソッ、何で神社から出られないんだよ!」


 あまりにも腹立たしかったので、横に化け物がいることを忘れてついボヤいてしまった。それがまずかった。


「おい人間、うるせぇぞ!」


 化け物が目を覚ましてしまった。赤黒く光る目で、俺を睨んできた。


「ひぃぃぃ~~、すみません!」


 俺は全身が強張って、一歩も動けなくなった。とりあえず、悪い奴ではないとアピールする以外生き残る道はないだろう。パンチの一発、二発で済むならありがたい。俺は衝撃に備えて、ぎゅっと目を閉じた。


 しかし、化け物から返ってきた言葉は意外なものだった。


「あれ聞こえないと思って言ったのに……、お前……、まさか俺のことが見えるのか!?」


 俺が反応したのがそんなに意外だったのだろうか、化け物は少し拍子抜けしたような表情を見せた。


「え?」


 俺は訳が分からず立ちつくす。化け物は目を輝かせながら、立ち上がった。


「やっぱ見えてるよな!?


 よかったぜ、最初にお前と出会えて!」


 化け物はニコニコしながら右手を差し出してきた。握手を求めているのだろうか。怖いけど、印象が悪くならないようとりあえず握り返しておくことにした。金属のように硬くて刺々しい手だと思った。でも、どこか人肌のような温もりを感じる。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどよぉ」


「な……、なんのことでしょうか?」


「人間がいるっつーことはここはで合ってるよな!」


「は……、はい……、そうですが」


「あーーよかった!


 てっきり変なとこに落ちちまったかと思ってな」


「は……、はい……??」


「ああ、俺は訳あって妖化星ようかせいから地球に来ててな、っつー奴を探してるんだが……、お前知らないか?」


 訳の分からないことばかり言われてうんざりした俺は、適当にあしらおうと何も知らないアピールをしようとした。会話を切り上げるにはこうればいいということを俺は知っていた


「あの……、知らない単語がいっぱい出てきて何が何のことや……」


「危ない!」


 俺が言葉を言い切ろうとした時、化け物に突然突き飛ばされた。


「うわぁっ!」


 不意に起きた出来事に反応できず、俺は頭から地面に倒れてしまった。


「なっ、何を……」


「動くな!


 下がってろ!」


 すると、何か巨大な影が俺がさっきまでいたところを高速で通過していった。その影は竹を突き破って空高く上昇した。ある程度の高さになった途端、急降下してきて思いっきり神社の地面に激突した。


 物凄い衝撃波とそれに伴う突風が発生し、大量の砂塵が舞った。先程まで、俺がいた場所は跡形もなく抉れていた。それを見て、俺は化け物に命を救われたのだと理解した。


「す……、すみません。助かりました!」


「礼はいらねぇ、また来るぞ!」


 その言葉通り、土煙の奥から巨大な影が正体を現したのだが……、


「えっ……!?」


 俺はその全貌を見て絶句した。姿を現したそいつは、俺が昨日の夜遭遇した、あの鯰の怪物だった。しかも、昨日見た時より明らかに体が大きくなっている。


「夢じゃ……、なかったのか?」


 俺は恐怖に悶え、後ずさった。だとしたら、俺はどうやって助かったのだろうか。最後に覚えているのは鯰の怪物が口を開けて俺に迫ってきたこと。それ以降の記憶はない。だが、不自然だ。記憶が本当なら、なぜ女性の遺体は消えているのだろうか。


 そして、さっき起こった違和感。霊妖神社から出られない。そもそも俺は助かったのだろうか。色々な思考が俺の胸中に渦巻く。しかし、考えている暇などなかった。今はこの危機的状況から脱する方法も模索すべきだ。


 すると、鯰の怪物が咆哮した。その音圧で霊妖神社を取り囲んでいる竹林がメキメキと音を立てて折れていく。


 俺は逃げるのをやめた。いや、絶望したといった方が正しいだろうか。もはや、命のやり取りをするという立場になく、ただ狩られるのを待つ被捕食者に成り下がるしかなかった。


 鯰の怪物は俺とエンゲを見比べた。まるで獲物の品定めをするかのように、じっくりとチェックしていた。どちらを捕食するのか。それが決定されるまでの時間が恐怖を増幅させるものでしかない。やがて、鯰の怪物は獲物が決まったと言わんばかりに俺の方を向いて、ニヤリと笑った。


「ヒィッ!」


 情けない声が出てしまった。


 鯰の怪物が大きな口を開ける。鋭い牙が太陽光に当てられ、キラリと光った。


「ああ……、終わった……」


 鯰の怪物が体を捻って突進する。巨体をうねらせながら、加速し、みるみるうちに俺に迫ってきた。全てを受け入れ、諦めようとした時だった。


 俺の眼前に鬼のような化け物が立ち塞がった。


「あ……、え……?」


 こいつは一体何をしているのか。俺はすぐに理解することができなかった。自分よりも大きい怪物に立ち向かうなんて無謀すぎると感じたからだ。


 鯰の化け物は特に意に介する様子はなく、俺たち二人をまとめて捕食しようとさらに大きな口を広げた。すると、立ち塞がった化け物が口を開いた。


「そうやって、弱い者いじめをして、お前たちは強くなってきたのか……!


 取るに足らんな!」


 自信満々に言うと、化け物は腕を引き、掌底突きの構えを取った。


「教えてやる、本物の強者の一撃を……、数多の猛者と戦い磨き上げてきたこの技をな!」


 鯰の怪物が眼前まで迫ったとき、化け物が動く。


鬼牙掌底きがしょうてい


 刹那、巨大なエネルギーが爆ぜた。周囲一帯に紫電が走り、突風が発生した。竹が根元から剥がれ、一部は上空に舞った。それは鯰の怪物が起こしたものよりはるかに大きかった。


「ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 鯰の怪物は遥か後方に吹っ飛び、断末魔を上げた。そして、鯰の怪物の体は崩壊し、黑い煤になって消滅した。


「す……、すげぇ……!」


 俺は見とれていた。この化け物の圧倒的な力。絶対的自信の裏付け。誰もがかつては切望し、それを諦めた。しかし、化け物はその領域に達している。強者の類いへと……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る