第7話 目的

「そうか~、お前は章正って言うのか!


 俺はエンゲ。よろしくな!


 それにしても、今の時代の人間ってのは俺たちのこと何も知らねぇのか。まあ、当然っちゃ、当然だな」


 鬼の化け物改めエンゲはその場に座りこんだ。俺も腰を下ろして、エンゲの目を見る。


「はい……あなたは一体、何者ですか?」


 聞いていいかどうか分からなかったけど、もう聞かずにはいられなかった。


「う~ん、話すと長くなるが、まともに喋れる奴お前しかいないしな……。いいぜ、ちょっと付き合えよ!」


 エンゲは色々と話してくれた。


 その情報を俺なりに整理してみた。


 鬼のような化け物の名前は「エンゲ」と言って、妖鬼と呼ばれる生物らしい。


 彼はとある目的のために地球にやってきたという。


 その事を話す前に、この世界の仕組みや人間と妖鬼の歩みについて話す必要がある。


 この世界、宇宙には三つの特殊なエネルギーがある。


 一つは瘴気。瘴気というのは古代から十九世紀末まで、ある種の病気(感染症)を引き起こすと考えられていた「悪い空気」のことである。気体、またはエアロゾル状の物質で、人の目では視認することのできない負のエネルギーである。これらは社会全体の不安意識の統合により発生するエネルギーである。


 二つ目は邪気。邪気というのは人間の陰の部分を指す。素直でないねじけた気持ち、性質、悪気。そういった心から滲みだす純粋な悪意を総称して邪気と呼ばれている。これは一個人から発せられる微量な負のエネルギーである。


 三つ目は妖気。これは、全人類が潜在的に持っている生命エネルギーの一種だ。特に日本人は古来から妖気の保有量(妖気量)が他国と比べて多いものの、その力を自認する人が現代には極端に少ないらしい。平安時代は多くの人が妖気を使って生活していたが、科学技術の発展とともにその技術の継承は廃れていったという。


 だが、宇宙には生命エネルギーである妖気を保持し、戦闘を行うよう進化してきた生物がいた。その種族を総称して妖鬼と呼ぶ。彼らは地球より遥か遠くの妖化星という惑星で生まれ、人間より莫大な妖気量を持ち、そのエネルギーを高度に利用し、同族同士で戦争を繰り返しながら進化してきた。


 いわば、宇宙人のような存在なのだが、エンゲに言わせればその考えはちょっと違うらしい。何でも、地球と妖化星は同一空間・時間軸状にはなく、違う次元に存在し、互いに影響を及ぼしあっているようだ。


 しかも、妖鬼は普通の人間には視認できないらしい。幽霊が見える人と見えない人がいるように妖鬼が見える人と見えない人がいる。詳しくはお互い分からないけど、異世界からきたかつ幽霊みたいな生物という認識の方がしっくりくるとエンゲは言っていた。


 人間、妖鬼。姿形違えど、長い歴史を同じ生物としてこれまで生きてきた。そんな中、人間と妖鬼にとって脅威となる存在が発現した。


 そう、「妖魔」だ。


 それらは人々の邪気や瘴気に妖気が混ざることによって生まれ、人々の棲家を荒らし、人々の血肉や魂を喰らうことによって成長する。そうやって成長していった妖魔の中にはとんでもなく強くなる奴もいる。そいつは地球に巣食うだけでは飽き足らず、宇宙空間上を自由自在に動き回った。星々を破壊し、その惑星の妖気を吸収して回った。


 しかし、彼らの腹を満たすような惑星はほとんど存在しなかった。そして、何千年も宇宙を飛び回る内に彼らは絶好の餌を見つけた。そう、妖化星だ。


 妖化星は成分のほとんどが純粋な妖気で構成され、莫大なエネルギーを秘めていた。妖鬼達は人間みたいに有性生殖で生まれるのではなく、星が妖鬼を生み出すという。よく分からない話だけど、とどのつまり妖化星とは彼らの生きる源なのだろう。


 それからというもの、妖魔は執拗に妖化星を攻め始めた。もちろん妖鬼達も徹底抗戦する。妖魔と妖鬼。エンゲ曰く妖魔より妖鬼の方が圧倒的に強いらしい。本人的には妖鬼の中でも腕は立つ方だと言う。


 とにかく両者の力の差は歴然で、妖魔はみるみる内に数を減らしていった。このまま妖鬼達が押し切るかのように見えた。しかし、ある事件が発生してしまう。妖化星のエネルギー量がいきなり極端に減少したのだ。


 妖鬼達は弱体化し、妖魔に敗れる事が増えた。そうしてどんどん妖鬼達の数が減り、星にその毒牙が届きそうな時、救世主が現れた。


 それが人間。人間と妖鬼は契約の儀式により契りを交わし、お互いの魂を共有することによって爆発的な力を得たという。人間と妖鬼が協力することによって妖魔を打ち倒し、平和な時代がやってきた。


 人間と妖鬼の交流は大々的に続いていたものの、ある時をきっかけに全く交流がなくなったらしい。しかし、妖鬼達は地球という惑星がどこにあるのか、そこまでどうやって行けばいいかを分かっていたので、一切の情報がなくなったという訳ではなかった。そうして時間ばかりが過ぎていった。


 最近の話になる。現在の妖化星は星の寿命が尽きようとしていた。実はエネルギーの低下問題は全く解決していなかったらしい。長い間続くエネルギー量の低下と星が妖鬼を生み出すのに必要なエネルギー量の収支が合わなくなってきたのだ。


 それに加え、さらなる厄介事が襲いかかってきた。いなくなったと思った妖魔が近年襲撃してきたらしい。ここのところ妖魔の襲撃も増え、妖化星はかつての危機を迎えようとしていた。


 そんな中、妖鬼達は二つの勢力に分かれた。過激派と穏健派。過激派は妖魔発生の原因は人間にあって、そもそも彼らの存在自体が悪だから地球を滅ぼして第二の妖化星にしようとする勢力。穏健派はその考えに反対し、人間達との友好な関係を取り戻そうとする勢力である。ちなみにエンゲは穏健派らしい。この話を聞いて内心穏やかじゃないなと思った。


 そしてエンゲが地球に来た真の目的。それはガイヤという妖鬼を探すこと。ガイヤは過激派のリーダー格の人物で、つい最近地球にやって来たらしい。目的は不明だが、過激派が何かしでかそうとしているのは確実だとエンゲは言う。それを聞いて俺は震えた。


 ガイヤの行動を止めるため、エンゲ達穏健派の妖鬼が何人地球に派遣された。しかし、彼らは地球に来るのが初めてであったため、行き先で迷いまくった。そしてエンゲは仲間とはぐれ、東京の霊妖神社に落ちてきたらしい。


 そして地球の環境に適応できず、身動き取れなくなっていた。無駄な妖気の消費を避けるために眠っていたところ、大声を出す俺が隣にいたというのが事の顛末だ。


「色々と大変だったんですね。それにしても過激派は穏やかじゃないですね」


「そうなんだよな、そのために俺が来たっつーのに情けない話だぜ!」


 エンゲはため息をついた。余程苦労しているのだろう。さっきの勇ましい姿からは想像できないほど疲れきった顔をしていた。


「エンゲさんはこれからどうするんですか?」


「まぁ……、取りあえずは仲間を探すことにする。あてはないけどな。そういうお前こそどうするんだ?」


「自分は……」


 正直言うと家には当分帰りたくなかった。親に会いたくないので、しばらくはネカフェに泊まろうかとも考えていた。しかし、目の前で苦しんでいるエンゲを放ってはおけなかった。怖いけど、命の恩人なので、何か自分にできることをしてあげたかった。


「家に戻ります……。ここでは何ですのでエンゲさんも僕の家に来ますか?」


「え?


 いいのかよ!」


「はい……、あんまり綺麗な場所ではないですが、良ければ……。多分両親はエンゲさんのこと見えないと思うので……」


「あ~、助かるぜ。実を言うと地球の気温には本当に慣れなくてな。どこか建物の中に入りたいと思ってたところだ。ちょうどいい、しばらく世話になるぜ!」


「じゃあさっそく行きましょう!


 家は近所なのですぐ着きますよ!」


 そうして俺は階段を一歩踏み出した。その瞬間、俺はとある重大なことを思い出した。


 シュババッ!


「あ……、忘れてた」


 そういえば、神社から出れなくなってたんだった。そうしてまたエンゲの隣までやって来てしまった。エンゲと目があった瞬間、俺は恥ずかしくて逃げ出したかった。


 俺が恐る恐るエンゲを見ると、彼は何か言いたげな顔をしていた。


「あのよぉ……、いつ言おうか迷ってたんだけどよぉ……」


 少しもったいぶってエンゲは言う。


「章正……、お前死んでねえか?」

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