第5話 ヨミガエリ

 霊妖町の一角に、豪勢な屋敷があった。純和風の邸宅で、敷地面積は千坪を超えるという。広大な庭はかつての日本庭園そのものが再現されており、石畳や灯篭などの装飾がより一層優美な雰囲気を引き立てている。


 巨大な母屋はさることながら、離れの作りも美しく、通行人の目を引くには十分な建築技術だった。そう、まさに職人の技術が集結されたような住宅で、売りに出せば数十億は下らないだろう。しかし、ここはとある人物が所有する物件の一つに過ぎなかった。


 神宮寺礼子もとい神宮寺家は平安時代から続く有名な貴族の家系で、現代でも財閥として日本経済の発展に寄与している。彼女は何を隠そうその神宮寺家の初代当主


 莫大な資金を元手に彼女は日本全国あらゆる土地や物件を購入しまくっていた。これは、決して散財ではなくとある重要な目的で使用するためらしいのだが、その真意は明らかになっていないという。


 そんな神宮寺礼子だが、母屋の二階にある彼女の執務室で、二人の少年と対峙していた。


「さて二人を呼んだのは他でもない、そろそろ妖気の扱いに慣れてきた頃かと思ってね。任務を一つこなしてもらおうかと思っている……」


 その言葉を聞いた少年らはそれぞれ違った反応を示した。


「よっしゃぁ、遂にきたか……!


 で、礼子の姐さんよぉ、任務ってのは一体?」


 礼子の言葉に対して喜びを爆発させたこの少年の名は門叶螢とかないけい。訳あって彼女の家に居候している十六歳の少年だ。髪は金髪のツンツン頭で、目付きは鋭く、耳や口にピアスを開けていた。服装は暴走族の特攻服みたいなものを着ており、いわゆる不良と呼ばれる部類に入っていた。


「それは……、先日の殺人事件と関係のある任務ですか?」


 螢に対し、礼子の言葉を冷静に受け止めた少年の名は逆手公麿さかてきみまろ。彼も螢同様十六歳の少年だ。


 まるで、古の「朝廷」を彷彿させるような名前だが、その名の通り彼も平安時代から続く由緒正しい一族だ。神宮寺家とは遠縁の親戚で、彼も螢同様訳あって礼子の家に居候している。


 彼はアッシュグレイの坊主頭にNYニューヨーク・ヤンキースのキャップを被っており、目にはサングラスを首元に金のネックレスをつけていた。顔こそ怖いが、服装は白いクルーネックTシャツに黒いワイドパンツというシンプルな格好をしていた。そんな見た目に反して言葉は丁寧だ。


 礼子は昂る螢を制止しつつ、公麿の質問に答える。


「まあ、大体は合っているが、ちょっとこれを見てもらおうか」


 そう言って礼子は引き出しから石の破片を取り出し、机の上に置いた。


「これは、石……、ですか?


 一体……どこで?」


「公麿の言う先日の事件現場で拾ってきたものだ。これを見て何か気づくことはないかい?」


 螢と公麿は石をじっくりと観察した。しばらく考え込んだ後公麿が何かに気付き、口を開く。


「まさか……、邪石じゃせきですか?」


「邪石?


 何だそれ?」


 螢が尋ねた。


「人間から出る負のオーラ、すなわち邪気や瘴気を多く吸収させた石のことだ。妖魔が好んで食べて、自身をより強力な存在へと肥大・進化させる厄介な物なんだ。昔は日本全国で流通してたが、四家の取り締まりによって流通禁止になった、いわゆる違法薬物みたいなものだ」


 博学な公麿が知識を捕捉し、螢は「おおー、なるほど!」


 と納得した。


 それを受け、礼子は重い口を開くかのように語り始める。


「そう、これは邪石であることは間違いない。ただ、アタシが知っているものとは随分かけ離れた形をしている。邪気や瘴気の成分量も歪だ。一体誰がこの石を何の目的で生み出したのか、定かではない。ただ、先日から霊妖町で発生している妖魔異常発生に関連があるかもしれない」


「俺たちはそれを調べてくればいいのか?」


 螢は直接的に尋ねた。それに礼子は深く頷き、問いに答える。


「そうだ、間違いなく何者かが霊妖町で良からぬことを起こそうとしている。手がかりはこの町にあるはずだ。君たちにはそれを見つけ出してもらいたい」


 任務を与えられた少年達は、それぞれの決意を口にする。


「おっしゃ任せとけ、一日もかからずに見っけてやっからよう!」


「分かりました神宮寺さん。ご期待に添えるよう尽力して参ります」


「うん、頼んだよ」


 二人の少年がドアに手をかけると、礼子はあっと思い出して、二人に語りかけた。


「ああ、そうだ言い忘れてた」


 礼子の言葉に二人は向き直る。


「この件、先の暗殺者も絡んでくるかもしれない。君たちには戦闘の基礎は叩きこんだが、あくまでも自衛の範囲。強力なやつらが出てくるかもしれない。危なくなったら迷わず逃げろ、そしてアタシらを呼べ」


「ああ、分かったよ」


 そう言って二人の少年は出かけて行った。誰もいなくなった居室で礼子は椅子に深くもたれかかった。


「はぁ……、何が何やら……。先日の殺人事件と言い、夕べの流星と言い、一体この町で何が起ころうとしているんだろうね……」




 ◆◇◆◇◆




 深い、深いまどろみの中にいた。まるで、終わりのない永遠と繰り返される時間の一部分にいるみたいだ。瞼が重い。でも……、起きなきゃ……。そうしなければ、本当に目覚めない気がしたのだ。


 俺はどうなったのだろうか。記憶が曖昧だ。何してたんだっけ、俺は。忘れかけていた記憶を辿る。


「ええと……、確か家を出て……、コンビニに行って……、そのあとは……」


 そこまで考えた所で、俺は全てを思い出した。そして沈んでいた意識も完全に覚醒した。


「はっ!


 そうだ、あの人は……?


 それとあの化け物は一体……?」


 俺は起き上がって辺りを見回した。しかし、死んだ女性や化け物の姿はどこにも見当たらなかった。そればかりか、辺りはすっかり明るくなっており、雀の鳴き声が聞こえる。


「まさか……、夢か?」


 俺は少し安心した。それと同時に近所の神社で野宿してしまったことへの恥ずかしさが込み上がってきた。


「やっべー、すっかり朝じゃん。こんなところで寝ちまったのか、俺は……」


 慌てて俺は上体を起こした。


「早く帰らないと……」


 後ろを振り返って、俺は気づいた。


「え……!?」



























 俺の真後ろに、得体の知れない何かが眠っていることを――――

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