3:ドイツ本部 ~初陣~

 翌朝、フレイとサクラは訓練のため早くからフェイク本部に来ていた。二人は、道着姿で戦闘訓練を行っていた。


「ぐわっ!!」


「これで、5戦5勝。これでもまだ挑む気? フレイ」


フレイはサクラに打ちのめされていた。フレイは使ったこともないクリーガーを扱えた天才と言えど、戦いに対しては素人であった。それに対して、サクラは死線をくぐってきたプロである。その経験値の差は誰もが分かりきっていたことだった。


「もちろん! あなたに勝てなくて、ファンタジアに勝てるわけない!」


フレイが立ち上がり、構えたところで運の悪いことに基地全体で警報が鳴り始めた。ファンタジア出現の合図である。その音に、訓練していた二人は隊服に着替えなおして管制室へ走っていった。


「訓練中呼び出すような真似して悪いわね」


管制室中央にいるルイザ・ワーグナー指令がサクラたちに手を挙げて迎え入れた。サクラは即座に敬礼して、襟元を正した。


「いえ、指令。大丈夫です!」


「それで、ファンタジアは?」


フレイが話を進めようと、前へ出ると指令はモニターに対してリモコンを向けた。


「場所は、ミュンヘンのH地区。遠いけど、クリーガーならひと飛びでしょ? サクラ、フレイ。いけるわよね?」


「え? フ、フレイもですか?」


指令の言葉に、サクラは驚きを隠せないでいた。それもそうである。フレイはついさっきフェイク隊員として認定された新人として扱われていたからだ。


「当たり前じゃない。実践訓練よ。大丈夫。対象ファンタジアは小さいカーバンクル型よ。でも、人間を襲ってるって報告もあるから気を付けてね」


だが、事態を軽く見ているルイザ指令は対象であるカーバンクルをモニターに映した。そのファンタジアは、キツネのような見た目でありながら額に宝石のようなものを輝かせていた。一件無害そうなファンタジアだったとしても、サクラは心配が尽きない。


「でも、まだ彼女にはスーツが!」


「分かってる。だから、フレイには一般人の避難や、サクラのサポートを優先してほしい。武器は自分で選んでいってね。オッケー?」


「了解......」


フレイはルイザ指令の言葉通り、武器庫へ行って片手剣を持ってサクラと共にインフェルノブレイカーへ乗り込んだ。


「あんた、剣で戦うつもりなの?」


「銃の扱いとか、よくわからなくて......。こっちの方がなんとなく使えそうだったから」


「ま、いいけど。インフェルノブレイカー サクラ・ヤマモト、フレイ・キールウェイ両名 搭乗完了しました。ブースターパック準備よし!」


インフェルノブレイカーがカタパルトから、射出されていくとそれと共にインフェルノブレイカーの背面についたブースターパックが火を噴く。短時間でドイツ首都から南のミュンヘンへとたどり着いた。胸部と頭部にある操縦席からそれぞれサクラとフレイが降りみると、そこら一体は荒れ果てていてレンガ作りの家々も崩れてしまっていた。


「私はどこに?」


「あんたはあっちで住人の避難! 私は反対方向でファンタジア探し! いい?」


フレイが頷いて、慌てふためく住民の方へ向かったのを見送り、サクラはヴァルキリーブレスにアクセスしてヴァルキリアスーツを着用した。そのまま、スーツによって強化された脚力で街を駆け抜けていく。


「カーバンクルはどこ?」


一方で、フレイはパニック状態の住民を落ち着かせながらフェイクが持つシェルターが隠してある教会へと避難誘導させていた。


「慌てず、騒がずに! 落ち着いてあの協会まで走って! 大丈夫、シェルターは十分に空きがあるわ!」


苦手ながらも、時には慰めを言ったり、気遣いを見せたりとフレイは自分の慣れないことをこなしていった。その時、遠くで小動物のような愛くるしい鳴き声が聞こえてきた。


「なに?」


音の方へ振り向くと、そこには管制室で見た額に宝石の付いたキツネもどき【カーバンクル・ファンタジア】がふらりと現れた。フレイは片手剣を背中の鞘から取り出した。


「ファンタジアを野放しにしたら、人間の尊厳はない......。そうなんだよね」


カーバンクル・ファンタジアはフレイの片手剣に気付くと額の赤い宝石を光らせてきた。瞬間、目が眩むほどの強い光がフレイを襲った。


「うっ!! なに......? どこにいったの? ......探しに行かないと」


フレイが持ち場を離れて走っていく間、サクラもまたカーバンクル・ファンタジア捜索のために奔走していた。いよいよ行き詰って、フレイの持ち場である教会の方へと向かった。すると、当然ながらフレイはいなかった。


「あれ、フレイ? あの子、どこ行ってんのよ......。 管制室? こちら、サクラ・ヤマモト。対象を見失いないました。ついでにフレイもいなくなったんですけど、なにか知りません?」


管制室では、スーツに仕込まれていたGPSや小型カメラ、バイタルメーターを利用して着用者の状況を常に管理している。ただ、通常の隊服にはGPSしかないため管制室もフレイの状況は掴めないでいた。


『サクラさんのいる位置から、北西17km地点にフレイさんの痕跡があります。ついさっき彼女のGPS付近にファンタジアの反応があったので、それを追ったのかと......』


管制室でオペレーターの一人が、サクラにフレイのGPSの教えるとすぐに彼女はその方向へ足を向けて走り出した。


「あのバカ! ありがとうございます! すぐにその現場周辺へ向かいます!」


ヴァルキリアスーツの性能は、基本装着者の身体能力に依存する。通常の人間ならその1.2倍。だが、生まれつき身体能力の高いサクラはヴァルキリアスーツの最大出力である1.8倍の能力向上の恩恵が受けられるのである。つまり、走っても1時間以上かかる10数キロの距離を、彼女は数分でたどり着けることになる。


「こちら、サクラ。現場到着しました。本部、そちらで状況確認できますか?」


『ファンタジア反応、近いです! そこからまっすぐ行った方向です! フレイさんも近くにいる模様!』


管制室の言葉通り、サクラはそのまままっすぐ道なりにすすんだ。すると、カーバンクル・ファンタジアを囲むように人間とフレイが立っていた。


「フレイ、あんた何してんの?」


『これは、ワタシのモノだ』


フレイが口を開き喋りはじめると同時に、別の女性のような声がサクラの脳内に直接響くように聞こえてきた。サクラは、眉を顰めながらも思い当たる節を言う。


「もしかして、カーバンクル・ファンタジアが話してるの?」


『ファンタジア......。我々のこの地に来た時の名か。であれば、そうだ。私がそのカーバンクル・ファンタジアだ。名はラオ。我々は遥か彼方......』


「銀河系からやってきた高次元の生命体ってやつなんでしょ? 前に聞いたわ。それで、ティターンに操られているから見逃してって言うつもり?」


『笑止。我らは望んでティターン様の所有物となった。それにより、長年の戦いが無くなった。お前達も、喜んでその一部となるがいい』



カーバンクル・ファンタジアに操られたフレイは、見慣れない拳法の演舞のような動きをし始めた。瞬間、フレイは軽く飛んでサクラの元へラリアットした。


「残念、選んだ人間が悪かったわね」


サクラは易々と操られたフレイの腕を抑え、その力を遠心力に変えて彼女を引きはがした。フレイの方は地面に足が着いた途端、サクラの方へ瞬時にたどり着き、なんども拳を打つもサクラは小学生を相手しているような振舞で軽く受け流していく。


「あんた、邪魔」


そう言うと、サクラはフレイの背後に回っていった。


『なに? スペックは私の方が上のはず!?』


そして、サクラはそのままフレイを蹴り飛ばしてしまった。


「慣れないことさせてるからよ」


サクラはそのままの勢いで、操っていた本体であるカーバンクル・ファンタジアへ近づいていく。


「王手ね」


しゃがみ込んだ彼女はカーバンクル・ファンタジアの額の宝石めがけてデコピンをした。その衝撃はすさまじく、ヒビを入れて割ってしまうほどであった。宝石が割れた甲斐あってか、フレイは意識を取り戻したようでこちらに駆け寄ってきた。


「いててて。ねえ、どうしてこんなところにあなたがいるの?」


彼女なら、サクラ自身の力を受け止められると信じていたとはいえここまで早く復帰したことにサクラは内心ドン引きしていた。


「あんた、意外とタフね。後、洗脳されるとかマジありえない」


「え? 洗脳? よくわからないけど、その子倒せたの?」


一方、フレイは何ともなしにボケッとした仕草のままカーバンクルの方を見つめる。カーバンクル・ファンタジアの方は沈黙して小さな粒々のようなものへと形状変化していった。


「さあ? あれは、調査班に任せて私たちは帰りましょ」


「そうなの?」


「そうよ。私たちの仕事はあくまでファンタジアの脅威を取り除くこと。それ以外の調査とか清掃は向こうがやってくれるから。あーあ、帰ってお風呂入りたい!!」


「そんなものなのね......」


気味の悪い粒々を残して、若干モヤッとした心情を抱えたままフレイはサクラと共にフェイク本部に戻ることにした。戻るや否や、フレイ達はシャワー室で綺麗に汗を流して管制室に戻った。


「おつかれー」


いつもの拍子で、ルイザ指令が二人を出迎えてくれた。サクラとフレイは、ホッと落ち着いた様子で敬礼した。


「お疲れ様です。ルイザ指令」


「おつかれ、さまです?」


「二人ともよく頑張ったわ。今日はゆっくり休んでね」


「ありがとうございます」


「わかったわ」


二人はルイザ指令が手を振ってくれるのをよそに、会釈で返しながら更衣室へと向かい、私服に着替えてサクラの自宅へと向かった。


「ただいま~」


「そう言えば前も言ってたけど、それ何?」


フレイはサクラの言う『ただいま』という言葉に興味を持ち始めた。


「は? 外国って、そう言う文化ない? 誰もいなくてもここは家なんだし、ただいまっていうのは当たり前でしょ」


早くベッドに入りたい気持ちでいっぱいのサクラは、半ばキレ気味で早口気味に答えた。その回答に、納得したのかフレイは少しの間だまった。


「え?なに?」


「......。そう。なら、そうする。『ただいま?』」


「お、おかえり......」


ぎこちないまま、二人は夕食を食べて就寝していった。




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