2:幕間 ~繋がれるバトン~

 サクラは、日本支部を離れドイツへと旅立った。そして、ドイツの首都ベルリンのとある教会の地下にフェイクドイツ本部はあった。サクラのドイツ本部訪問はサクラの予想を裏切り歓迎された。


「君がサクラくんか。私は、本部司令官のルイザ・ワーグナー。リュウジから君の話は聞いているよ。我々のクリーガーと同等に優秀なヴァルキリアなんだってね」


ドイツ本部の指令であるルイザ・ワーグナーは、手袋を外して彼女に挨拶の握手を求めた。サクラは暗い顔でそれに応じた。


「ありがとうございます。 ワーグナー指令、あの......」


サクラは、逆にエルマの死をまだ気に病んでいた。

それゆえ、ドイツ本部へいく足取りも重かった。だが、それどころでもないと腹を括り、罵声を浴びる覚悟で来ていた。だが、その様相を


「みなまで言うな。エルマのことは君のせいじゃない。彼女は勇敢な行動によって君は救われた。それでいいじゃないか。君が生きている限り、希望はある。私はそう願っているよ」


ワーグナー指令は手袋をつけ直し、にっこりとサクラに笑顔を見せた。サクラも、その顔に応えるようにぎこちない笑顔を見せた。指令は頷き、サクラの背中を押して基地内を案内していく。


「ここが、これから君が活躍する場所だよ。今はファンタジアの活動はないが、反応があればすぐに君に出動してもらうつもりだよ」


「しばらくは、ないかもしれませんけどね......」


「なぜそう言い切れる?」


「ファンタジアを送り付けている黒幕と、話した感じでと言った感じでしょうか......」


そう言ってサクラは、ファンタジア出現の黒幕ティターンと話した内容をワーグナー指令に伝えた。彼女はサクラの言葉を深くうなずきながら聞き、ため息をついた。


「なるほど、わからん!」


「え?」


「正直、侵略とかわかりやすい目的の方がよかった! これ、どうやって倒すの? ていうか、いままで出てきたファンタジアって別の星の生き物ってことよね? で、それは彼女に操られてるってことでいいの?」


「そこまでは......。でも、あの感じだと多分......」


「かーっ! そういうタイプかぁ~。めんどくさいなぁ......」


「それでも! 彼女らを追い出さない限り、私たちに平和はありません!」



そういうと、指令はサクラの頭に手を置いてなでた。



「ほんと、リュウジくんそっくりだね君。日本人ってみんなそうなの?」


ワーグナー指令のものぐさでフランクな仕草に、サクラは少し困惑した。彼女の手を丁寧に下し、サクラは顔を赤くした。


「ふざけないで下さい! あと、そんな気やすくされるのも......」


「これから仲間になるんだから、もっとフランクに行きましょ。......あなたのおじさんみたいに厳しくはできないけど、訓練はハードよ。ついてこれる?」


「もちろんです! どんな訓練でも耐えてみせます!」


「......わかった。でも、訓練は明日からね。今日はゆっくり休んでドイツの枕と空気になれておきなさい」


「いえ! 今からでも訓練してください! 私の未熟な部分も見てほしいんです!」


サクラは、焦りと自責に駆られていた。ワーグナー指令の優しげな言葉も、周りの雰囲気も全部見えても聞こえてもおらず、ただ自分のことだけしか見えていないようだった。まだ、戦地の中にいるサクラに目を覚まさせるようにワーグナー指令は彼女をビンタした。サクラは突然のことにきょとんとした顔で彼女を見た。


「そんなんじゃあなた、死ぬわよ。何のためにエルマは命を懸けてあなたに託したと思ってんのよ! そんなボロボロな心と体で、一体どうやって戦うっていうのよ!休んでいいの! もう、自分を責めないで......」


指令の必死な言葉も、今のサクラには届いていないようだった。


「はい......。わかりました」


サクラは、少しうつむいて指令の言う通りに自室に入った。


「あれは、重症ね......」


その日、彼女は全く眠れずに朝になるまでボーっとしていたという。その様子を見ていた指令は、次の朝に思い切った行動に出た。


「さて、サクラ君。君に訓練をしたいのだが、今回は荒療治もかねて私が訓練の相手をする。では、道場へ」


そう言うと、サクラを引っ張るように指令は基地内にある道場へと向かった。そこは、日本の畳と武士道と書かれた掛け軸が壁にかかっていた。指令が一礼して中に入り、唐突に道着に着替えて風船のついたヘルメットを頭にかぶり始めた。そして、置かれていた木刀を手に取った。


「さて、私はこの木刀で君に挑む。君はスーツを着用してもらって構わないから、私の頭の上にある風船を割ってみせてくれ」


「スーツ? それじゃ、あなたが......」


「今のあなたじゃ、スーツを着ていても私に近づけない」


その言葉にムッとしたサクラは、スーツを着用してファイティングポーズをとった。次の瞬間、ワーグナー指令がサクラの視界の前から消えていた。後ろに気配を感じ取ったとき、もうその状態で後ろにふりむくには遅く、木刀でサクラの肩は強く叩かれていた。


「うっ......。スーツを着てるのに、痛い!!」


「そりゃ、メンテしてないボロボロのまんまだからでしょ。しかもあなた、昨日寝てないよね。だから私に一本取られんのよ。ほら、立ちなさい! 今のあなたの想いを全部吐き出しなさい!」


「吐き出すなんて、できるわけない!」


サクラは、思いきり指令の方に振り向きながら拳を風船の方に撃った。だが、その軌道も読まれており指令に背後を突かれてしまう。サクラは翻弄されるがままに右に左に体を振る。


「はぁ、はぁ......。ちょこまかと!」


「あなたの最大の欠点は、その精神的な弱さにある。だから、生身の人間の速さにさえ遅れをとる。こんなんじゃ、誰一人救えない。エルマのような犠牲を出さざるをえなくなる」


「くっ!! 知った口を!!」


サクラは回し蹴りするも木刀で止められ、さらには叩き落されてしまう。その勢いで、サクラは倒れてしまう。


「立て! サクラ! 歯を食いしばり、過去と決別しろ! 泣いても、倒れてもエルマはヒーローのように戻ってこない!」


「あああああああああああ!!!」


サクラは前も見えないほどに涙を流しながらも、指令に食らいつき突進していく。その突進力はバイクに匹敵するほどであり、指令は血を吹き出しながら倒れていった。その拍子で頭についていた風船が割れた。


「ふふ、やればできるじゃない......。ちょっと、やりすぎな気がするけど......」


そういいながら、指令は気絶した。打ち所が悪ければ死んでいたというものの、彼女の強靭な肉体によって助けられたのである。サクラは、胸を撫でおろし安堵しつつも指令を医務室に運んでいった。


 数時間後、指令は何事もなかったかのように目を覚ました。その回復力にサクラは恐怖と、信頼を同時に感じていた。サクラは医務室の椅子に座り、指令の顔を覗いた。


「無茶しすぎですよ指令。死んだら、ホント居づらくなっちゃうんで......」


「......フフフ。なにそれ、笑えない。でも、冗談言えるくらいには自分を見つめられたかな」


「はい、申し訳ありませんでした......。私、自分が見えてませんでした......」


その後、サクラは30分ほど無言で指令の手を握っていた。指令は特に何かを話すわけでもなく、彼女の手のぬくもりを感じつつサクラの見つめている姿を微笑みで返していた。そして、サクラは椅子から立ち上がり病室から去ろうと指令に声をかけた。


「では、お大事になさって下さい」


「サクラも、今日くらいはちゃんと寝なさいよ」


「......はい」


サクラはその日、指令の言葉通りぐっすりと眠った。というより、以前の寝ずの晩を過ごしたせいか目を閉じた途端に眠っていたのである。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 次の朝、サクラは誰よりも早くに目を覚ました。指令も包帯を巻いていながらも元気に立って歩いていた。その日から、サクラは指令の命令でドイツ本部での訓練を本格的に始めた。クリーガーの操縦や、ヴァルキリアスーツの性能を生かすための組手などハードなスケジュールをこなしていった。そして、1週間の時が過ぎた。


「グーテンモルゲン、サクラ」


司令官は、アラームの発報する管制室で悠々とサクラに挨拶する。


「おはようございます。司令官」


サクラもそれに合わせて真顔でハキハキトした声で返した。


「ドイツでいよいよファンタジアが動き出した。どうやら敵が待ってくれるのもここまでのようね」


管制室内のモニターに映っていたのは、巨大な水の塊のようだった。

オペレーターによると、それはファンタジー作品の序盤に搭乗するスライムだと断定された。それ以降、そのファンタジアを『スライム・ファンタジア』と呼称することにした。


「十分です。これで、私も立派なクリーガー操縦隊員です! 行かせてください」


「スライム・ファンタジアは本部から北東18㎞の位置からこちらへ向かっている模様」


オペレーターの一人が現状を知らせると、指令はサクラに無言でうなずく。それを見たサクラは頷き返し、オペレーションルームからクリーガーの待つハッチへと向かう。クリーガーは前回大破したファントム・スレイヤーの後継である「インフェルノブレイカー」を目の前にサクラは立ち止まる。


「見てて、エルマ。私、絶対に世界を救ってみせるから」


インフェルノブレイカーの胸部操縦席に乗り込み、彼女は操縦席のメインモニターを立ち上げてクリーガー本体を起動させる。インフェルノブレイカーのバイザー型のカメラアイが虹彩に光り出した後、モニターには頭部カメラから見た映像が映る。さらにサブカメラとして、胸部の操縦席に近い場所の映像が映る。この二つのカメラとモニターによって操縦者の死角をなくしている。


「インフェルノブレイカー、発進準備OK!」


 モニター状況が良好であることを管制室に伝えると、インフェルノブレイカーの待機している台座が動き出し、ハッチから射出する準備を始める。その間もサクラはインフェルノブレイカーの各部バランサー・ジャイロを微調整。スラスターの噴射準備を整えた。


「ハッチ上部、オールグリーン。インフェルノブレイカー頭部カメラ感度良好。管制室、共有画面に切り替えます。スラスター噴射速度、基準値オールOK」


オペレーターの言葉に、指令は頷き一言。


「インフェルノブレイカー! 発進!」


その言葉で、オペレーターは射出機構をすべて切り替えていきインフェルノブレイカーを乗せた台座がレールに沿って動き出していく。途中、グリーンのライトが光だすと、サクラは内部のスラスター噴射スイッチをオンに切り替える。それと共に慣性が働いて大きく加速させて空へ飛び立っていくのだった。

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