4:日本支部 ~日本壊滅~

 日本支部に運び込まれたサクラとエルマは、スーツの強固な作りがなければ即死という言葉がよぎるほどの満身創痍ぶりであった。それでも、ファンタジアは待ってくれず、ヒュドラ・ファンタジアは呼称をヤマタノオロチ・ファンタジアへと進化を遂げるほどの凶暴性を持っていた。


「ヤマタノオロチとは、かなり悪い冗談だな......」


リュウジ指令は、オペレーションルームで、ヤマタノオロチ・ファンタジアの映像を見つめ、一人呟いていた。その一方で、医務室で眠っていたサクラは、エルマよりも先に目覚めた。その瞬間、自分の敗北感と、これから先の見えない未来に恐怖していた。


「どうしよう......。私は、どうすれば......。......どうしようもないよ、私なんかじゃ」


彼女の脳内には、かつて自分をあざ笑い、いじめる顔も覚えていない同級生と、それに立ち向かう自分の父親の姿が見えた。彼女の父親が過干渉なほどに正義感の強い人間だった。だからこそ、フェイクを支援していたし弟であるリュウジを応援していた。


「私は役に立ちたい! 私が、私でいるために!!」


サクラは点滴を抜き取り、単独でドイツ本部から送られてきた試作クリーガーである『ファントム・スレイヤー』が整備してある倉庫へ向かった。そこには、一つ目で装甲も少なく駆動部がむき出しな全長20mほどの機体が眠っていた。サクラは未完成品かと疑ったが、残念ながら、他に装甲は見当たらなかった。


「まさか、これで戦ってたの? 彼女は......」


サクラは操作マニュアルもないのに、クリーガーの胸部にあった操縦席に搭乗する。操縦席に座ると、目の前には液晶やボタン、レバーなどがびっしりと並んでいた。その中にあるパソコンと同じ電源ボタンマークがあったので、サクラはそれを押した。


「お、起動した。なんか、家電みたいでロマンないけど、万国共通マークがあって助かった......」


ファントム・スレイヤーの一つ目が光り、操縦席内部の操作パネルが一斉に動作を始める。そして、目の前のメインモニターには、モノアイカメラに倉庫の様子が映った。


「それで、どうやって動かすんだろう......」


思い切って起動したのはいいものの、どのボタンを押せば右足を出したり、右腕を振ったりすることができるのかわからずにいた。困り果てていると、リュウジ指令が倉庫にやってきた。リュウジが耳につけた機械に手を当てると、操縦席に彼の声が届きだす。


『そこに乗っているのは誰だ! 所属と名前を明らかにしろ!』


「ごめんなさい、指令! サクラ・ヤマモトです!」


サクラは、リュウジの荒げる声に反応してすぐさまクリーガーから降りて、指令の元に駆けつけていった。


「サクラ、何をしているんだ。休んでないと......」


リュウジのかけてきた言葉に、サクラは少し動揺した。

てっきり叱責されるかと思って面喰ったが、それでもサクラは自分の心に従っていく。


「ご、ごめんなさい。でも、町にファンタジアが......!」


「わかっている......。それでも、今の君ではクリーガーを操れるか......」


「やらせてあげて。メインの操縦桿は私が握りますから......」


顎に手を当てて悩む指令に、助言をしたのは他でもなくエルマだった。彼女は左腕靭帯を複雑骨折しており、包帯を巻いていた。足もおぼつかなく、点滴を杖代わりに立っていたが、その目はまだ闘いを諦めていなかった。


「エルマ......。君までそんなことを」


「指令。私たちは、ただ交流のために来たのではありません。来たるファンタジア『ティターン』に備えるため、戦力を強化するためなのです」


「ティターン......。確か、初めて出現した巨大な幻影。いわば、ファンタジア第0号ってやつだな。それに備えるためのクリーガー、そしてヴァルキリアスーツだったと?」


突拍子のない言葉に、リュウジ指令は少し戸惑いながらも顎に手を当てて考えていた。自分が今すべきこと、そして自分たちの未来のためにすべきことを......。

彼女らを休ませ機を待つか、今立ち上がり、新たな戦力の礎になるか......。


「指令!」


「君たちを犠牲にしてまで得る未来はない。本部の援助を待つ。援助が来るまで、君たちは待機するんだ」


「無駄です。先ほど私から本部に伝令したのですが、応答がありませんでした。おそらく、応援は厳しいかと」


指令はその場で右往左往した。だが、それで事態はよくならない。ヤマタノオロチ・ファンタジアはその毒液で日本の半分を死滅させていた。そのことはオペレーションルームの財団員と、彼らの会話の聞けるリュウジ指令しか今は知らない。


「......。わかった。だが、今ヤマタノオロチは日本を縦断しながら多くの土地や人類を死滅させている。もはや日本に生き残る術はないかもしれない。それでも、我々は未来のため戦おう。サクラ、エルマの代わりにクリーガーに搭乗し、ファンタジアのいる島根県J90地区へ向かえ。エルマ、君は胸部メイン操縦桿に乗ってマニュアルでやるってことだね?」


「無論、そのつもりです。左手しか使えませんが、この子を知り尽くしているのは他でもない私ですから。やらせてくれますよね?」


リュウジ指令を捕らえて離さないエルマの視線に、指令はため息をつく。


「そう言われては行かせざるをえまい。許可する。だが、二人とも死ぬなよ」


エルマとサクラの二人は、リュウジ指令に敬礼をしてそれぞれクリーガーの胸部と頭部操縦席に搭乗した。


「まさか、クリーガーの搭乗席が二つあるなんて......」


「戦車だって動かすのに4人くらい必要なのよ? こんな巨大人型ロボット、よく二人乗りで済んだわ......」


サクラがメインモニターの確認と、脚部の操縦を担い、エルマが腕部と頭部バルカンユニットの操縦を担い、エルマはある程度の操縦方法を教えた。サクラは座席下に置いていたマニュアルに目を通しつつ、エルマの話を一通り聞いた後、指令に発進の依頼をした。


「ファントム・スレイヤー、発進OK!」


『了解。ファントム・スレイヤー、発進!』


指令の掛け声により、クリーガーは倉庫から地上へと射出された。そのタイミングと同時にファントム・スレイヤーの背部にあるスラスターが点火して、それは天高く飛び上がった。ファントム・スレイヤーは、そのまま上空で戦闘機のように決戦の地、島根へと向かう。東京の都市的な情景から、二人の眼前に広がっていくのは山と川のようなのどかな自然とそれに溶け込む民家へと変化していく。

そして、クリーガーは島根県J90地区へ到着した。


「あれが、ヤマタノオロチ......。日本古来から伝わる邪神? だっけ」


田畑を穢し、河川を氾濫させていく姿はまさしく古事記のヤマタノオロチであった。

その姿や伝承をあまり知らないサクラは首をかしげてエルマに語るも、エルマも当然知る由もない。


「ドイツ人の私が知ってるわけないでしょ? 他国の神話なんて......。さ、早くドラゴン退治と行くわよ!」


エルマは、サクラに移動するよう指示する。サクラは、その言葉にそのまま従ってレバーを前に出す。その動作によって、クリーガーは前進していく。


「今のうちに言っておくわ。さっきは助けてくれてありがとう」


「え、なに? 急に新たまって......」


「いや。この戦いが終わるとすぐに私は、ドイツに戻されるから。それに、きっとあなたとの接触も許されなくなる。だから、改めて......。あと、始めは態度が悪くてごめんなさい」


クリーガーはゆっくりと対象であるヤマタノオロチへと近づく。その緊張感とは裏腹に、サクラとエルマは和解によって心に平穏を取り戻しつつあった。だが、その平穏はヤマタノオロチを間近で見たことで一瞬にして崩れ去る。


「ぐあああああああああああああああああ!!」


ヤマタノオロチは、彼女らが操縦するクリーガーを見るや否や、咆哮して二人の元へと勢いよくうねうねと体をすばやく動かしていく。前へ前へと近づくヤマタノオロチに、サクラは早速頭部に内蔵された20mmタレットバルカンの引き金を引く。薬莢が田舎道に散乱する中、ヤマタノオロチは全く引かずにファントム・スレイヤーに対してとぐろを巻きだす。


「クリーガーの装甲が悲鳴を上げ始めている!」


その言葉と同時くらいに、クリーガー「ファントム・スレイヤー」の外装から金属の軋む音が響きだす。さらに、操縦席のメインモニターには赤い三角記号にエクスクラメーションマークと共にアラームが鳴りだす。


「エルマ! このままじゃ!」


「わかってる! ......。こうなったら奥の手を使う。私はプログラムを始動させるから、あなたは頭部席にあるモニターにアクセスして、言った通りのコードを打ち込んで」


エルマは自分の手前にあるモニターを、クリーガー頭部にある操縦席に座るサクラは、自分の右側についたモニターから直接コードを打ち込んでいく。この時もなお、ヤマタノオロチ・ファンタジアのしめつけは緩まない。エルマはコードを打ち込みながら、ヤマタノオロチと刺し違える覚悟を決めていた。自らを捨て、サクラを生かして次の世代へ託す覚悟を決めていた。サクラもまた、コードを打ち込んでいる間にうっすらと気づいていた。自分が打ち込んでいるのは脱出コードであると......。


「本当に、やれるの......? これで」


「主動力源を最大出力で回してオーバーヒートを起こす。その後......」


「どうせ、自爆特攻っていうんでしょ......。私をこっそり脱出させて......」


サクラの言葉に、さすがにエルマの手が止まった。彼女は、突然自身をサクラのモニターに映るようにした。


「ファンタジアの侵攻はこれだけにとどまらないと思う。だから、あなたが私の代わりにやるのよ!」


サクラに懇願するように、エルマは視線をかわすもサクラはエルマを睨みつけた。


「勝手に決めッ」


その瞬間、エルマは左手にあった「頭部強制射出」と書かれた赤いレバーを引いた。それによってサクラは頭部ごと外に射出されていった。サクラを乗せた頭部は、空中で分解されて彼女が座っていた座席があらわになる。その後座席についたパラシュートで、戦線を離脱していった。その間もサクラは、エルマの名前を叫んでいた。エルマは、そんなことなど知らずに冷静な面持ちでいた。


「悪いけど、勝手に決めさせてもらうわ。ファントム・スレイヤー! エネルギーコア、最大出力! せめてサクラが無事に帰るまで持ちこたえなさいよ!!」


 ファントム・スレイヤーは、エルマの掛け声にあわせて主動力源であるファンタジア・コアから赤い光を放出しながらヤマタノオロチの胴体を持ちそれを振り破った。そのまま、オロチの顔面にむけてその鉄の拳を振るった。一瞬だが、その威力は音を置いて行くほどであった。そのパンチが強大ゆえか、ヤマタノオロチは脳を揺さぶられて倒れた。


「今だ!!」


一瞬の隙を見て、エルマはファントム・スレイヤーをヤマタノオロチ・ファンタジアに近づけさせていく。そして、ヤマタノオロチの胴体を掴んでクリーガー背部にあるスラスターでもろとも空中に飛ばしていく。その様子をパラシュートに揺られるサクラや、日本支部の全職員は見守るしかなかった。


「エルマ!!!!」


瞬間、空中で爆発が起きた。


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