第13話出会いは魔術師 (9)


マレット②


 調理場、いや、『台所』と言う場所から、焼魚のにおいが漂ってきた。

焼かれる音が終わると、ミホが料理を持ってきた。

「材料があまりなくて、すごく雑になりました。」

ミホは言うが、腹が空きすぎて耳に入ってこない。

俺は料理名を聞いた。

「え?あ、はい。『ポテトサラダ』と『卵焼き』と『アジの開き』です。」

『ポテトサラダ』と『卵焼き』は、聞いたことがない。ただ、アジはたしか、海の魚だった気がする。もっとも、川育ちの俺にとって海魚は不味い思い出しかない。


 まず、『ポテトサラダ』とやらを食べた。

白やオレンジ、緑といった色とりどりの見た目のサラダだ。食べてみるとサラダとは思えない甘さだった。

ポテトは、俺の時代の『ポテイト』と同じだと思うが、こんな甘さを出すとは。少し辛い玉ねぎと相性が良く、甘辛さを出している。


 『卵焼き』も食べてみると甘かった。

外観からでは分からなかったが、中身のトロトロ、いや、フワフワの食感が口の中で踊っているように感じる。

俺の下手くそな比喩表現で伝わるか分からないが、簡単に言えば、美味しいということだ。

俺の脳に、『ポテトサラダ』と『卵焼き』を刻んだ。


 2皿平らげた俺は、『アジの開き』と向き合った。いや、対峙した。

目をつぶった後、一呼吸入れ、目を開き、頭の中で『アジの開き』にむかってつぶやいた。


「お前がどれ程美味しいか、味わってやる。いざ、勝負!」


ミホの食べ方を参考に、見様見真似で食べた。

『箸』で骨を取りのぞき、中の少し焦げている身を取り出し、口の前に持ってきた。目をつぶり、覚悟を決めて口の中に入れた。

「!!!!、お、美味しい!!!!」

目を大きく見開いて、俺は言った。

うますぎる、という表現は、アジに対して失礼な言葉遣いだととっさに思った俺の理性が、舌先で踏みとどまらせた。

 しかし、これがあの生臭く大量に採れるも使い道があまりなく、すぐに腐って捨てられるあの海魚か...

思わずアジを二度見する。

塩がしみ込んで……、いや、言葉にして表現するのもおこがましい。

 海魚は、全てこんなに美味しいのか。思わず、まだ見ぬ料理を想像して、危うくよだれが出そうになった。

 理性よ!頑張ってくれ!

「そ、そんなに美味しかった?普通に作ったんだけど。」

ミホが困ったように言うが、俺はその発言にまた驚いた。

こ、これが普通だと。だめだ。これを食べていると理性のタガが外れ、感情がむき出しにされていく。

この世界の食はどれだけ進んでいるんだろう。

 よし、決めた。俺は新たな目標を立てた。いつか全世界の料理を食べてやる。

アジの開き、いや、アジの開き様!あなたのお名前を我が心の芯に刻んでおきました。



 美味しい食事を食べ、腹の虫も満足した。

「足りましたか?」

ミホが聞いてきた。

「いえ、大丈夫です。お腹いっぱいになりました。」

いや、腹だけじゃない。心の芯まで満足した。

 ミホが出してくれた紅茶を今飲んでいる。俺がこれまで飲んできた紅茶の中で、1番美味しい。

「安物ですいませんね。」

ミホが微笑する。

なに?これで安物とは!この時代の飲食文化、恐るべし...

  

 しかし、困った。この後どうするか。

野営には慣れているが、ここからどう出ようか。それに、何かお返しをするべきだし...こんな美味しいものたちを出してもらって、お返しをしないのは紳士、いや、男として問題だ。

そうかといって、ミホに魔法をわけにもいかないし。

う~ん、困った。どうしたものか...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る