第12話出会いは魔術師 (8)

マレット②


 俺はミホの後ろを歩いていた。

 今はミホの家がある『練馬』という場所にいる。左右人だらけで、またも酔ってしまった。


 人通りの少ない所に出たので、改めてミホの容姿を見た。ドタバタしていたのでしっかり見ていなかったため、美少女という認識しかなかった。

 ミホは黒髪で、セミ・ショートの髪型だった。顔は周りにいる日本人と同じ作りだが、やはり美人だ。ただ、年上(5万千歳)の俺から見たら、可愛い、という表現がしっくりくる。

 身長は俺のあごに額がくるぐらい。『パーカー』と『ジーンズ』とやらを身に着けている。体は全体的に細いが、胸は……周りの女性よりは……ある(この時代の表現法で言うと、D~Eカップはありそうだ)。俺も男だ。だが、それ以上女性を品定めするのは紳士として失格だ。止めておこう。


 でもそう考えると、さっきから、俺らとすれ違う男性の目線に納得がいく。こんな美人でスレンダーな娘と歩いていたら、妬まれるのも無理はないか。


 『駅』から結構歩いた場所の住宅街にミホの家があった。

 正直、あまり綺麗とは言えなかった。周囲の家は白や黒色だが、ミホの家は…木を組み立てて出来ていた。こう言っては口は悪いが、どこからどう見てもボロ家である。庭は広い。しかし、手入れはされていないようだった。

 一つ驚いたのは、周囲のすべての家が主に木を利用して作られていることだ。俺の時代は石作りだった。


「ごめんなさい、汚くて。」

ミホが家を見ながら言った。

「いや、いや。大丈夫です。」

「でも、ボロ家ですし。」

たしかにその通りだが、本人の口から直接聞いて俺は自分を恥じた。

「こ、こちらはお邪魔させて貰う身ですから。」

俺がそう言うと、

「ぷっハハハハハ。」

ミホが急に笑い出した。

「さっきからマレットさん、敬語使いすぎですよ!私は17歳ですけど、絶対年上ですよね。何歳ですか?」

そうか。堅苦しかったか。

しかし、ミホの質問にどう答えようか迷った。俺は5万千歳だ、なんて正直に言えるわけがない。冗談にもならない。ただ頭のおかしい奴、と思われるだけだ。

「えーっと、25、6歳くらい…かな。」

怪しまれないか?不安だが、そう答えた。

「え~!もっと若く見えました。『社会人』ですか?」

ミホが言った。人と会話するには、まだ、あまりにこの世界の情報が少なすぎた。俺は質問に曖昧に答えたが、それ以上追及されることはなかった。

「じゃあ、家に入りましょうか。どうぞ。」

ミホが玄関を開けながら言った。

「本当にいいんですか?」

「いいから、いいから。入ってください。家に人を招くなんて、ほんと久しぶりなんです!」

遠慮している俺に、明るくミホは答えた。


 正直、女性が自分の家に彼氏でもない男を招き入れることは不用心すぎやしないか、と思ったが、この世界では普通のことなのか?ただしこの疑問は、まるで俺が一歩女性の家に踏み入ったら襲うことを前提にした考えのように聞こえるな。やましい気持ちは断じて無い。と、俺は俺に弁明した。もう一度、自分に言った。けっっっっっっっっっして、やましい気持ちは無い!本心だ。


「では、お言葉に甘えて。」

そう言って、俺は家の中に入った。ふ~。


 家の中は外観とは異なり、綺麗で広々としていた。さっきはつい、「ボロ家」などと考えてしまい、大変悪うございました!心の中でミホに土下座した。

 ところで驚いたことに、この国では家に入る時、靴を脱ぐ習慣があるらしい。流石に汚い足だと失礼なので、俺は小さな声で魔法を唱えた。

「洗浄ビューティー」

「何か言いました?」

「い、いいえ。何も。」

聞こえるところだった。危ない。

 『洗浄ビューティー』は、俺が作り出したどうでもいい魔法の一つだ。効果は、人の体に付いたゴミや埃を除去するものだ。この上位互換が『洗清ビューティーフラー』である。これは体全体を綺麗にしてくれる魔法だ。女性にとっては憧れの魔法である。体を洗わなくても済むからだ。ただし、この魔法を使えるのは俺を含めて世界に5人ぐらいだ。

「どうぞ。好きにくつろいでください。」

ミホが言った。俺は、とりあえず近くの椅子に座った。

 改めて部屋の中を見渡すと、そこにあるのは薄い四角の黒い箱。それにテーブルと椅子。ぐらいしかない。質素な暮らし。


 ミホと話をしていると突然、低く不気味な、魔物のような声が聞こえてきた。

「グ~ッ。」

……俺の腹の虫だった。

流石に5万年の空腹をショートケーキとミルクティーで満たせるわけがない。

「ハハハ。マレットさん、お腹空いているんですね?」

くそ、恥ずかしいぞ!レディの前でお腹が鳴るとは。何たる不覚!紳士もくそもない奴だ、俺の腹は。うらめしそうな目で自分の腹をにらんだ。

「夕食にしましょうか?」

ミホが言った。

「グ~ッ。グ~ッ。」

タイミングよく、また腹が鳴いた。こいつは俺より素直だった。仕方ない。

「お願いします!」

椅子から立ち上がり、頭を下げた。

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