第35話  魅了された者たち

「――主よ」


 潰して。


「――癒しよ」


 薙ぎ払って。


「――聖女わたしは此処に」


 吹き飛ばして。


「――祈りを想いに」


 全員纏めて。


「――奇跡を彼等に」


 癒しました。

 ふぅ。



「す……っげぇ」

「大丈夫ですかアンドレさん?」

「あ、あぁ……聖女さんのおかげで俺の尻は守られたよ!」

「そんな話をする余裕があるなら、お1人でも助かったのでは?」

「じょ、冗談だってすまねぇ! いつもリリィが笑ってくれたからつい……な?」


 な? と言われましても。

 恋人同士だけが行なう普段のやり取りを当然のように語られても、なんですけど。

 その時でした。


「アンドレェッ!」

「――え?」

「危ないっ!」

「アンドヴェグエェ!?」

「あ」

「うわぁっ!?」


 やってしまいました。殺ってしまいました。

 執拗にアンドレさんを狙っていた中年鉱夫さんが急に起き上がり、彼を背後から襲おうとしていたのでつい、反射的にモーニングスターを投げてしまいました。

 当たり所はまあ顔面なのですが、当たった部分もモーニングスターの頭部なのですが、頭と頭がごっつんこなのですが、はい。

 無数のトゲがついた球体、スパイク部が見事に鉱夫さんの顔面にめり込みました。

 

 ぐちゃぐちゃです。


「あ、あ、あ……」


 返り血を浴びたアンドレさん、原型を留めていない顔の鉱夫さんを見て発狂寸前。

 これはいけません。


「アンドレさん」

「あ、せせ……聖女、さん」

「信じなさい」

「は、え……?」

「モルテラ様を、信じなさい」

「な……でも」

「信じなさい。神は、モルテラ様は全てを許してくれます」

「え……ゆ、許すってこれ聖女さんが」

「私は許されました」

「え、え?」

「許しを得て、救ったのです」

「す、救ったって……」

「あのままでは貴方が襲われていました」

「あ、う……」

「リリィさんに、会いたいのでしょう?」

「あ、あぁ……そ、そうだ。俺は、リリィに会いたい。取り戻したいんだ!」

「ならばこそ、信じなさい。モルテラ様を。神の存在を。それが貴方の助けとなるでしょう」

「お、おうよ! も、モルテラ様だな! な、なんて良い名前なんだ!」

「そうでしょうそうでしょう。モルテラ様もきっと喜んで――下がって」

「せ、聖女さん……? うおわぁっ!?」


 アンドレさんを救うと同時にモルテラ様の素晴らしさを説けました。

 満足したのも束の間の出来事です。


「女……」

「おんな……」

「オンナ……」

「オンナァ……」


 癒した鉱夫さんたちが全員起き上がり、先ほどと同じ……いえ、より狂気的に。

 その瞳は濁りきっていて、顔は蒸気して赤くなっていて、口の端からは涎を垂れ流していて。


「これは、もしや――」


 聞いた事がありました。

 知識だけ、それもテネットお姉様からの又聞きなのですけど。


「――魅了?」

「み、魅了……ってあの、サキュバスのか? どうして親父たちが!」


 そう、淫魔サキュバス

 男性の精を糧にする魔族。

 どうしてかは、私が知りたいぐらいです。


「しかしそうなると、厄介ですね」

「や、厄介って?」

「彼等は人としてのタガが外れてしまっています。意識がある限り死ぬまで襲ってるでしょう」

「そ、そんな……あ、ああっ!?」

「どうしました?」

「せ、せせせ聖女さん! ここにいる親父たち全員行方不明になった奴等だ!!」


 とても重要な情報をこれでもかってぐらい、大きな声で叫びました。

 

「本当ですか?」

「間違いない! 俺だってずっとリリィを探してたんだ! 行方不明になった奴は全員調べたからな!」


 頭の中で、情報が繋がり出した気がしました。

 しかし、そうなると……。


「アンドレさん、強靭な縄はありますか?」

「な、縄? 戻れば仕事用のなら……」

「持ってきてください。リリィさんの手がかりです。全員生け捕りにします」

「わ、わかった! リリィの為なら何だってやるぜ!」


 大急ぎで走っていきました。

 私は思考を巡らせます。

 行方不明になったのは男性がほとんど。唯一の女性、リリィさんは偽教会に消えてしまって。その男性たちはサキュバスに魅了されていて。

 これでは、まるで。


「女……」

「おんな……」

「オンナ……」

「オンナァ……」


「おや?」


 忘れていました。

 魅了された元行方不明の鉱夫さんたちに囲まれてしまっています。

 うーん、タガが外れた方を相手にして殺さずに処理するのは面倒ですけど。


「死ななければ、良いでしょう」


 四肢を潰すぐらいなら、癒せますし。

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聖女ですけど司祭様にデスサイス振り下ろしたら追放されました ゆめいげつ @yumeigetu

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