本屋のレジにて

夢神 蒼茫

本屋のレジにて

「えっと、『武器辞典』、『吸血鬼辞典』、『世界悪女大全』、『娼婦』、『スターリングラード攻防戦』、『プリニウスの博物誌』、『君主論』、『戦争論』『大遣唐使』、『世界の殺人鬼』、『拷問の歴史』、『ネギの安定収入栽培』、以上、十二点でよろしいでしょうか?」



 よろしくはないが、よろしいと言わざるを得ない。


 おい、新人店員の田中さんよ、なぜに本のタイトル、読み上げちゃうかな~?


 可愛い顔して、なんてえげつない真似をしてくれるんだ。


 君のいるレジに持って来たことを後悔したよ。


 しまったと思っているよ。


 ええい、名札に初心者マークぶら下げおって。


 資料集めやなんかの本を適当に掴んで持って来たが、よもや読み上げられるとは思わなかったぞ。


 若干、周囲の視線が痛いが、まあ、どうせどこの誰とも知れん連中だ。


 気にはすまい。


 それより、さっさと袋に入れてくれや、田中さん。


 脈絡も統一性もない、その本の山は人に晒しておくのは、いささか気が引ける。



「作家さんですか?」



 これまた脈絡のない質問が飛んできた。


 まあ、半分は正解だ(願望込み)。


 作家にはなりたいと思っているが、残念なことに趣味の領域を出ていない。


 全てをなげうって創作活動に身を投じるほど、勇気もなければ、文学的センスもない。


 物書きの真似事をしている、ただの一道楽人だ。



「残念ながら、作家じゃないよ。でも、どうしてそんなことを?」



「いえ、なんとなく。資料集めでもしているのかなと」



 うむ、それも正解だ。


 まあ、単純な知識欲やネタ探しではあるが。



「タイトル的に、若い女性には引いてしまうかな?」


「いいえ、全然。そもそも、本が大量に出回っているのは、印刷術のおかげです。グーテンベルクって人、御存じですか?」


「ああ、知ってる。活版印刷術を作った人だろ? 五、六百年は昔の人だ」



 かの御仁は偉大だ。


 こうして私が本を読めるのも、全ては印刷術のおかげであり、その端緒となったのが、グーテンベルクというドイツ人だ。


 今や紙媒体の本も減り、電子の情報を端末で眺める時代となった。


 印刷どころか、情報と言う数字の羅列に置き換わり、印刷すら必要がなくなってしまった。


 だが、私は古いタイプの人間であり、本を読むなら紙媒体だと今でも考えている。


 こうして本屋に足を運ぶのも、そのためだ。



「印刷術が世に出て数百年になりますが、その最初の百年間は、聖書よりも魔女狩りの手引書の方が印刷量が多かったんですよ」



「マジか~。時代のなせる業だな」



「一冊の本が万単位の人を死に至らしめたんです。でも、そんな危ない本は当店では扱っておりませんので、ご心配なくお買い求めください」



「お、おう」



 なんとも頓珍漢な店員だと、私は思った。


 だが、若さに似合わず博識な事には感心した。


 こういう人と人との繋がりは、ネット注文では味わえない醍醐味だ。



「ありがとうございました~♪ またのお越しを」


 

 随分と眩しい笑顔が向けられ、私も思わず笑って返した。


 言われずとも、また来るぞ。


 私にとっては、本屋は遊園地みたいなものだ。


 本の入った袋を受け取り、私は本屋を後にした。



                  ~ 終 ~

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