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セイゼイガンバルが活動休止を発表したニュースを見た後。


「いやぁ、若い子に慰められるなんて情けないね……はは……ぐす……」

「な、泣いた。また泣いた……!」

「ふふ……」


俺は知らないおっさんとバーで呑んでいた。


本当に誰?記憶ない。


いや……微妙に覚えてるな。


ニュースを見たあと、酒を追加注文した俺は……見事に酔いつぶれた。


それでおじさんに肩を支えてもらいながら帰ろうとして……


…………倒れてるおっさんを見つけたんだ。


そう、倒れてるおっさんに「大丈夫ですか!?」って声掛けて、号泣されたのだった。


おっさんはスーツを着込んだ、シワの多くグレイヘアの、上品な紳士だった。


だけど何を言っているのか聞き取れなかった。


何言ってるのか分からない発言の数々に、俺はなんかすごい共感して。


俺はおっさんと一緒に呑むことになったのだった。


おじさんが「野郎二人も介抱出来ねえから!」って言って投げ捨てられたのを覚えている。


「好きなの頼んで良いよ。」


紳士的なおっさんはそう言った。


「え、あ、い、いいんですか……?」

「うん。今日はお財布もってないけど」

「だっダメじゃないですか!?」

「ぼくのお友達のお店だから、後で払わせてくれるんだ。」


遠くのバーテンダーが俺たちを見てウインクした。

愛想が良いけど、あまり関わりたくなさそうに離れている。


あ、山形だしの冷奴がある。

美味しそう。


俺は冷奴を頼んだ。


「最近ほんっとにツイてなくて。」

「は、はい。」

「ぼく、一応馬主なんだけど」

「えっす、凄いですね……」

「別にすごいお金持ちって訳じゃないよ。組合馬主なんだ。……わかる?」

「わっ分からないです。すみません。」

「いいんだ。」


紳士的なおっさんは穏やかに笑って、俺に説明してくれるようだった。


「組合馬主っていうのはね、三人以上、十人以外で一頭の馬を所有する……方式?方法?なんだぁ」

「俺、すごいお金持ちが、馬を所有してるイメージでした。」

「そういうのはね、個人馬主っていうんだよ。ぼくは友達と一緒にやってるんだ。」


俺はへえ〜と言って、一瞬だけ目を合わせて逸らした。


酔いが覚め始めている。

もったりした脳内で、俺が佇んでいる。それのせいで、俺は俺らしくなってしまっていた。


酔いにカマかけて、もっと元気になれたらいいのにな。


そんなこと気にしているのは、俺くらいなのに。

俺はいっつも明るくないのが気になってしまう。


…………ちょっとネガティブになってきたな。


セイゼイガンバルを思い出そう。

リンゴの食い方が尋常ならざる汚さ……かわいい……


「ぼくの馬がね、引退することになったんだ。」

「えっ、そうなんですか……?」


だから泣いていたんだろうか。


「うん。コンドネシアっていう牡馬なんだけど、走るのは向いてなかったみたい。……ギリギリ、殺処分は免れたんだ。欲しいって言ってくれる牧場があってね。」

「それは……良かったですね。」

「うん」


寂しそうな表情だった。

そのコンドネシアという馬に、思い入れがあったのだろう。


「仲間との思い出もあったし、何より、ぼくはコンドネシアが好きだった。」

「……」

「リンゴの食い方が汚いのが可愛くてね……」


俺と同じ感性してるなこの人……


おっさんは一筋涙を零すのを最後に、前を向いて笑った。


「ぼくの話ばかりでつまらないよね。」

「えっあっ、いえ!全然!」

「君の話も聞かせてくれないかな。気分転換になるし」

「え、エット、あー……」


俺は迷った。

初対面の人に話せる事は無い。無いというか、俺の話は面白くない。


「俺、セイゼイガンバルって馬が好きなんです」

「おお、聞いたことがあるよ。」

「へへっ……」


共通の話題があってよかった。


「名前に惹かれてレースを見に行ったら、もう、惚れちゃって。それ以来ずっと追いかけているんです。」

「おお〜」


そうして俺はセイゼイガンバルの話をした。


なんか分からないが紳士的なおっさんは、ニコニコと話を聞いてくれて。


俺はあまり吃ることもなく、楽しく話を出来たのだった。


「姪が見て見て〜」

「スマホ近い〜」

「可愛いでしょ〜これね、節分で、ぼくが鬼やったら攻撃された時の写真。あ、弁慶の泣き所って知ってる?そこを重点的に殴られて」

「あ、本当だ。すごい蹲ってる。」

「「ヤーーー!」って」

「武士みたいですね」

「ぼくは「嫌(ヤ)゛ーーーー!!」ってなったけどね」


写真に映る子どもはクリッとした目の可愛い女の子だった。

物凄い形相で戦っている。


「お名前なんて言うんですか?」

「ああ、夢子って言うんだ。


……ん?


「ちょっ……と、すみませんね」

「あ、うん」


俺はスマホを開いて、LINEで高嶺さんのアカウントを見た。


夢子と書いてある。


高嶺夢子。

俺の憧れの人のフルネームだ。


「この人であってます……?」

「ん?あっ!あれっ知り合い?」


俺は、へっへへ……と笑った。


好きな人の叔父さん、きまじい……


「ああ……ふーん……」


何かを察したように、おっさんは頷いた。目線が厳しい。


「まあ……夢子は可愛いからね……」

「へ、へへ……」

「どういう関係なのかな?」

「あっ、同じ会社の……同僚で……」

「ふーん……部署は」

「あっあっ」


尋問が始まった。


俺は泣いた。

ものすごい色々聞かれたからだ。


「まあ、応援するよ。」

「えっ」

「ちょっと話してるだけでも、君は人が良さそうだしね。」

「あっありがとうございます!」


紳士的なおっさんは、眦を緩ませて優しそうに笑った。


み、認められたってことか……!?

高嶺さんの叔父さんに……!?


なぜ……?


「馬をやってる奴と結婚なんて、言語道断だと思ってたんだが……」

「は、はい……」


あっもしかして叱責……?


「君はギャンブルじゃなくて、馬が好きみたいだ。一頭に健全に入れ込んでる。素晴らしいことだと思うよ。」

「ありがとうございます……」


褒め言葉だった。


「いずれは辞めなくちゃならないことでもね。」

「えっ」


えっ


俺は阿呆っぽい声を出して、少し唖然としてしまった。


辞める。そっか。辞める。


考えてみれば当たり前かもしれない。


いつまでも競馬をやってはいられないから、辞める。


世間的に見ても、競馬というギャンブルは白けた目で見られやすい。

だからみんな辞めるのだ。


理解はできた。

でも納得ができない。


紳士的なおっさんは、どうということも無く酒を飲んでいる。


何の気なしに発した言葉だったのだろう。


だけど俺は考えずにはいられなかった。


俺の最高はセイゼイガンバル。

それは変わらないと思う。


だけど、辞めるとなると、どうしても想像できないのだ。


セイゼイガンバルに、俺の気持ちを燃焼し切れないまま、俺は馬を辞めるのだろうか。


次の日、親と話す機会があった。


『はぁ?アンタ、まだ辞めてなかったんね。』


この言葉が、何となく、俺の現実になったような気がする。


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目指せGI!セイゼイガンバル号(ここで手作りのウチワを振る) お好み焼きごはん @necochan_kawayo

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