13


うおー!GIだっ!


「応援馬券で扇子作れそうだな」

「はい!ありがとうございます!」

「おーんおんおん、そうだな。」


今日に限って最前線は取れなかったので、ちょっと後方で見守ることになる。


にしても、人がギュウギュウだ。

ペッタンコなりそう。


「しまえ。盗まれっから」

「はい。」


応援馬券をしまって、俺は前を見る。


馬がトコトコ歩いたり、走ったりしている。

探す。すぐにセイゼイガンバルは見つかった。


栗毛なのはセイゼイガンバルしかいない。


だから見つけやすいんだ。

芦毛や黒鹿毛、青毛が大半。


「十番人気かぁ……」


呟くように言って、俺は始まるのを待った。


セイゼイガンバルの人気が低い。

今まで目立った戦績が無いからだろう。GI勝ってないからとか。


一番人気はバストロノック。

真っ黒な……青毛の馬だ。


安定してて、差しが強いらしい。


さっき何か、なんか知らんけどすごい跳ねてた。びょんびょんって。

気性が荒いらしい。


あ、始まる。


馬がゲートに入って……


あっ!!

バストロノック、めちゃくちゃ嫌がってる!


ゲート難だ!


馬は何回もゲート入らない!ってしてると、レースに出られなくなる。


気をつけてね……バストロノック……


つられて近くの馬も嫌がり始めた。

やな影響。


セイゼイガンバルはずっと空見てる。何してるんだ?


…………よし、各馬入り切った。


ファンファーレの音が鳴り響く。


一瞬静かになって、すぐにゲートが開いた。


馬が一斉に飛び出す。


勝負服が赤と橙色の横ストライプの馬が先頭でペースを作っている。

その後ろを、黒鹿毛の馬が二頭とセイゼイガンバル。追うように青毛や黒鹿毛の馬が走る。


後方に位置する馬。

真緑の勝負服がバストロノックだ。


セイゼイガンバルとの距離は、五馬身だかそんくらい。

青毛がセイゼイガンバルを追い抜いたり、抜き返したりしていた。


バストロノックは一頭抜かされて、でも自分のペースを守っているように見える。


競馬のレースは短い。

最初の直線から最初のコーナーまでは夢のように長いのに、次のコーナーを曲がってからはあっという間だ。


ふと、馬群全体を見渡す。


そっか。GIを走ってるんだな。

負けられない戦いをみんな走っているんだ。


コーナーを曲がって、バストロノックが上がってきた。一気に。


セイゼイガンバルが抜け出そうとしている間にも、滑るように走る。


セイゼイガンバルが抜けそうとして、青毛に阻まれる。


目と鼻の先の間、二頭の競り合い。

それを振り払うように、大外からバストロノックが先頭に躍り出た。


「セイゼイガンバルー!!行けー!!」


ゴールした。


一着 バストロノック

二着 ミライファンタジス

三着 セイゼイガンバル


大歓声に包まれて、俺はおじさんに寄りかかった。


目を覆う。

頭が痛いポーズをしたから、実際に痛くなってきた。


「ぐ〜〜〜〜!!!」

「あ〜悲しいな。泣かないでくれよ〜……?」

「ぐぅ〜!!」

「……でもまあ……」


俺の呻き声とも悲鳴とも取れない声に、おじさんは哀れみの声をかけようとする。


レース場を見て、俺を見て、レース場を見て、俺を見た。


「……一番悔しいのは、関係者だろうな………」

「く゛や゛し゛い゛〜゛〜゛!!」










俺たちは居酒屋に来ていた。

おじさんと、俺。


おじさんはカクテルを頼み、チビチビ呑んでいる。お酒に弱いらしい。


かく言う俺も酒に強いという訳では無いが……


「あ゛ぁ゛〜!」

「声やば」


今日に限っては酒が進む。

俺はハイボールを呑む。


のどがやけるぅ〜!


「そんなに落ち込むなよ。初めて見たよ」

「まあ確かに俺はいつも明るいですが……」

「お前が落ち込んでる所初めて見た訳じゃなくてな。オメーは常日頃落ち込んでんだろ。負けたことをこんなに悲しんでるヤツをって言ってんの」

「へへっ」

「何照れてんだよキメぇ……じゃなくて。じゃなくてな。」


おじさんは枝豆をかじった。

甘いカクテルとの食い合わせが、絶妙に気持ち悪い。


こういう所あるんだよな。

おじさんの食い方。


「お前マジで馬に入れ込みすぎだよ。いや、別に悪いって訳じゃないんだけどなぁ?」

「はい」

「負ける度に酒を呑む。分かるぜ。俺もそうだった。でもお前は……マジで心を捧げてる感じがする。正直恐怖を感じるぜ」

「ええ〜……?」


そう言われて、俺は考える。

浮かぶのはセイゼイガンバルに出会う以前だ。


…………セイゼイガンバルに出会う前、覚えてないな?


でも確かに、セイゼイガンバルのことを考えすぎて体調悪くなったりしてる。

高嶺さんにも心配されるほどだ。


それに、Twitterでポエムを書いてる……


「確かに俺はセイゼイガンバルに向けたポエムを書いてます。」

「ポエム!?おい!ポエム書いてんのかよ!見せろよ!」

「負ける度に酒を呑むし、勝つ度に嬉しくなって酒を呑む。」

「いやもういい。いいよ。ポエム見せろ!」


でも、それって良い変化なんじゃないだろうか。


俺はセイゼイガンバルに出会ってから、明るくなったと思う。


姉にも「アンタ好きな子でも出来た?」と聞かれるほどだ。


好きな子は元々いる。

俺は高嶺さんが好きだ。


「体調悪くなったり、考えすぎたり、色々な事がありました。」

「ポエム……」

「でも、これは……これは良い変化だと思います。俺はセイゼイガンバルに出会ってから、すごく元気になりました。」

「おう……そうだな……」


俺はハイボールを口に含んで、飲み込んだ。


思えば、すごく長い道のりを歩いてきたような気がする。


気がつけば、自分の自信のなさなんて忘れてしまっていた。


目の前の物事を一生懸命こなす内に、俺は何か成長した気がするんだ。

何がとは言えない。分からないから。


「今の俺はセイゼイガンバルで出来てるんだ……俺の前を走っていて、それを見たいが為に走る内に、こうなったんだ……」

「そりゃお前、オシってことか」

「そうですよ。俺の推しは彼なんです。」


どこか得意げなおじさんを見ながら、俺は頷いた。


まさか競馬にハマるとは思わなかった。


ギャンブルなんてするもんかと思っていたが、節度を守りさえすれば、まあまあ良いものだな。


スマホを開き、なんとなしにTwitterを開いた。


……ニュースが目に入る。


『セイゼイガンバル、無期限休止。怪我の可能性。』


「ワ゛……ワ゛……あ……」

「どうした?」

「ア゛ッ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」

「どうした!?」


俺は叫んだ。


居酒屋とかいう人の溜まり場で叫んだ。


悲鳴は三千里先まで響き、店内のおじさん達は眉をひそめて俺を見て、異様さに目を逸らすと、黙って枝豆を食べた。


丑三つ時よりももっと前、午後十時の酒飲み達の夜はまだまだこれからである。



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