12


ホシゾラカケルが引退してから数日……


「『先行がつまらないとかニワカ乙WWWW』ぜってえ逃さねえからな……!!」


俺はネットでレスバをしていた。


「『いやこっちは感想言ってるだけだが?』くそ……ッ!押されてる……!!」


そしてクソほど負けていた。


俺は言葉が苦手だ。

言葉の裏を無理に読んでしまうし、大概それは間違っている。


特に人に攻撃的な言葉を作るのは、苦手だ。

よくある言葉しか言えない。


でも……そんな俺でも……久しぶりにキレちまったよ……!!


「セイゼイガンバルの走りはつまらなくなんて、無いッ!」


競馬界隈では、先行はつまらない走りだという奴が多いようだった。


確かに逃げや差しは圧倒されるものがあって、見ていてワクワクするのは確かだ。

先行は安全性が高いからつまらない……らしい。


でも!!セイゼイガンバル見ろよ!!


すっげえ良い走りしてるよな!!なぁ!!


「あっ退出した!逃げるなァ!」


そして俺は完全に敗北した。


…………なにやってるんだ?俺。


すっごい勢いで冷静になって、俺は普通にブラウザバックした。

何やってんの?マジで。


ネットでホシゾラカケルについて調べる。

奇跡と言われる生存は、ニュースにだってなった。


今は産まれた牧場でのんびりやっているらしい。


「いや……デブりすぎだな……お腹こんなぽんぽこなることあるか……?」


バナナ食いすぎて太ってた。本当にすごい太ってた。

太りすぎてダイエットさせられてた。


そんな経過報告を聞いていたらしい。


おじさんは最近すごい元気だ。


「おっ、LINE来た。『ほしぞらかけるのタおる勝ったそ』わ〜、ほんとだ可愛い〜」


LINEの頻度も上がったし。

この前階段転げ落ちた後、受け身取ったって聞いた。


自分の一生分みたいな馬似の弟が元気なのが、本当に嬉しいんだろう。


あんな歴史的な大逃げの馬が一線を退いたのは、競馬の損失だと言う人も多い。


俺もぶっちゃけ、走るところは見たい。


でも元気なのが一番だよ。

俺も募金するからさ……


……話は変わるが!


セイゼイガンバル。俺の大好きな馬。


アイツがGIに出るらしい。

らしい、じゃないか。


出る。確定で。 発表されたもん。


「グゥッッッ!!」


不味い。不整脈だ。

嬉しい。でも不安。


GIって分かる?

人生一度と言われる大舞台。


春の3000に、セイゼイガンバルは出る。


正直勝てるかは分からない。

賞金額は割とギリギリだ。


何度も何度も出ることは出来ないだろう。


「勝てるか?セイゼイガンバル……」


強力な他馬を押しのけて、勝てるのか。


──優駿は記憶に残る。


強いというのは、それだけで目立つし、愛される要因だ。

それに面白さ可愛さが加われば、殊更に。


「やっぱ、残って欲しいよなぁ。後世に残って欲しい。」


ぼやく。


セイゼイガンバルに、名馬になって欲しいんだ。










会社で書類を散らばしてしまって、拾い集めていたら、高嶺さんが拾ってくれた。


「ありがとうございます。すみません、お手間かけちゃって……」

「いいよいいよ。私たちの仲じゃん。」


高嶺さんはいつものキレイな笑みで答える。


いつ見てもキレイな人だ。

可愛い。仕事もできる。


……ちょっと変わってるけど、それがまた良い。


「君、今日は定時で上がれそう?」

「難しいそうです。」

「……やっぱあの人?」

「はは。殴り飛ばしてやりますよ」

「こわっ」


あの人、とはクソ上司のことだ。


なんか知らないが、最近めちゃくちゃ当たってくるのだ。


おかげで定時で上がれない。


溜息を吐くと、高嶺さんは気遣わしげに薄く笑った。


「最近、私と目合わせてくれるようになったよね」

「えっ、そ、そうですか?」

「うん。それに……まぁ、色々?心開いてくれたみたいで嬉しいなぁ〜」


からかわれてるのかな?なんて恥ずかしくなる。


でも、ほんとに嬉しそう。


俺はまた別の意味で気恥ずかしくなって、目を逸らした。


「逸らすなよ〜」

「いや、その、はっ恥ずかしくなってきたので……」

「んふふ」


通り過ぎた女の人が生温い目をしていた。


名前を呼ばれて、高嶺さんを見る。

目が合った。……恥ずかしい。


「なんか変わったよね。いい意味で。」

「そうですか?」

「うん。明るくなったし、オシャレになったし……最近、女の子の間で良い感じだって話題なんだよ。」

「そ、そうですか……えへへ……」


嬉しい〜


「……そんなに女の子にモテてるのが嬉しいの?」

「いや、高嶺さんに良い感じって思われてるのが嬉しくって」

「そっ、そっかぁ……ふーん……」


俺は昔から暗い奴だったから、なんか。


変わったって言われるのは嬉しい。

特に、いい感じだってのが。


高嶺さん、俺のことをカッコイイと思ってる……かもしれない。


「何かあった?」


そう言われて思いつくのは、やっぱりセイゼイガンバルだ。


「やっぱり、あの仔のおかげです。」

「……うん。」

「俺、アイツを追いかけて行くって決めたんです。だから、もっと色々頑張りたいなって……」

「うん……」


あっ!自分語りしちまった……


面倒くさい話をしてしまったと、高嶺さんを見る。


…………顔、しおしおじゃないか?


「ごめんね……」

「どうしました?」

「違うの……私の心が荒れてるだけ……」

「大丈夫ですか……?」


しおしおの高嶺さんが心配だが、まぁ、そういうこともあるだろう。


人の心は秋空と同じ、って言うこともある。

海みたいに荒れたりすることもあるだろう。


そこで俺と高嶺さんは別れた。

世間話にしては長く話してたな。


俺が席に着くと、途端、大きな声が響く。

長ったるしく名前が呼ばれ、俺はいやいや立ち上がった。


「遅い!」


それは本当にそう。


俺は「すみません」と言うと、今度は更に長く説教をされる。

最初こそ真実味があったが、途中からは完全に八つ当たりだ。


挨拶する時に、自分だけ声が小さかったってなんだ?全員同じ声だよ。


上司が弁当なのに外で食べるなんて生意気ってなに?

本当に何?


「おい!聞いてんのかって言ってんだ!!」

「はいはい、聞いてます。」

「腑抜けた目だなぁ!!」

「ちょっと部長くん、来て」

「はい……」

「急にごめんね。気にしないで続けててね。ほら、早く」

「はい……………」


誰?


急に出てきたおじさんに、上司は連れていかれた。しおらしく。


誰?本当に。

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