5


ま、負けた……


俺のセイゼイガンバルが、大敗した……!!

掲示板に……五着以内にも入らなかった……!!


「おい、元気出せよ」

「む、無理ですぅ……悔しい……」


ギイと歯を食いしばって言うと、うめき声のような言葉が漏れ出た。


セイゼイガンバル……めちゃくちゃ負けた……!


調子乗って千円も賭けちゃった。

千円が、消えた……!


そう考えて、ハッとしておじさんを見る。


「お、おじさん。」

「あ?おじさんじゃねえが?お兄さんだが?」

「おっ、おいくら、お賭けに……?」

「一万。的中。」


そう言ってニイと笑った顔が、悪人面すぎて、俺は泣いた。


……いや、そんなことより!


重要なのはセイゼイガンバルだ!


「なんで……なんで、セイゼイガンバルは勝てなかったんだ……」


前回の出走で、セイゼイガンバルは大差……


……俺の中で!大差で一着だった。


先行からジリジリと這い上がり、イザという時を逃さず掴んで、先頭に躍り出る。


強い馬だろうと思った。

俺は競馬のことなんもわからないけど、そんな俺の胸を打つくらい強かった。


だけど、今回はどうだ。


ハナから沈んでいくセイゼイガンバルの姿が……忘れらんねえよ、俺……!!


「競馬だってスポーツだ。今回は馬場もダートから芝に変わってた。ジョッキーも違うやつだったし、そういうこともあるだろ」


そういうものなのかなぁ……

でも悔しいよ……


そう思っていると、ふと思い出す。


「……そ、そういえば、セイゼイガンバルが芝からダートに転向するってなって、凄い炎上してましたよね。」

「だろうな」

「そっそんなに、変わるってやばいこと何ですか?」


俺がそう言うと、おじさんは眉間を揉んで、鷹揚に頷いた。


覚悟を決めた男の顔だ。


そんなに説明が長いのか……?

ちょっと嫌かも……


「まず、ダートは何だか知ってるか?」

「は、はい。土って意味だけど、日本だと使われてるのは砂なんですよね?」

「よく知ってるな。」


相手がおじさんだと、褒められても嬉しくないな。


「つまり、芝とダートはそもそもの馬場が違うんだ」

「そりゃそうですね。」

「当たり前だよな」

「例えば雨が降ったとする。そうすると芝は全体的に遅く、ダートは速くなりやすい。」


うんうん頷いて、俺は次の言葉を待つ。


「なんで馬場によって違いが出るのかと言うと、求められる馬の能力の違いだ。」

「はい。」

「芝は高速馬場。主に、スピードが必要となる。だがダートではパワーだ。ダートは芝よりも柔らかめだからな。」

「パワー」

「踏み込む力と書いてパワーだ。」


セイゼイガンバルはパワーはあるけど、スピードが足りないのか。


「じゃあ、セイゼイガンバルは、スピードを上げれば勝てるんですか?」

「そう簡単に言うんじゃねえ。アイツは血統的にもスピードは低い。」


血統言われたら何も出来ないよ……


「坂でバテた様子だとスタミナも足りなさそうだなァ。まぁ、逃げやらされたから足んなくなったのかもしれねぇが。」


なんも無くない?

セイゼイガンバル何もなくない?


「次からは芝じゃなくて、ダートですかね?」

「いや、うーん、そうかもな……」

「含みのある言い方やめてください……」


俺は震えた。

え?これで戻らないことあるの?


「じゃ、じゃあ、勝てなかったら牧場に戻るんですね。」

「……」


そうなると、引退して牧場行きだろう。


ん?なら俺、セイゼイガンバルに会えるのか?


引退馬って会えること多いらしいし。


俺がそう考えていると、途端、おじさんは難しい顔をして俺を見た。


「競馬は勝つことが重要だ。」


おじさんは静かに言った。


「勝てなければ……」

「……か、勝てなければ?」


意味深な言い様に、ゴクリと喉がなる。


「…………お前、その、馬刺しって食ったことあるか?」

「う、うわああああああ!!!」


俺は叫んだ。

もう何も聞きたくなくて耳を塞いだ。


勝てなかったら馬刺しって!


え!?!?!?!?


そんなことあるの!?


「えっ、えっ、えっ、えっ!?!?」

「落ち着け」


俺は言葉が止まらなくなって、窘められる。


「じゃあ、なんでダートで勝てたのに、芝に転向しちゃったんですか!?競馬って、せめて掲示板に五着以内なんですよね!?」

「わかんねえよ!これ分かったら俺せどりなんてやってねえわ!」

「今はせどり関係ないじゃないですかぁ!」


俺は泣いた。


めちゃくちゃ怖い未来を聞いてしまって泣いた。


俺は、社畜で気の弱い一般男性である。

何も出来ないから泣いた。


「いや、うーん。馬主の気持ちは結構わかんだ。正直、悲しいが芝はダートより知名度が高い。GIの数だって大分違う。」

「で、でも勝てなかったら……」

「…………」

「だっ黙んないでください!」


つまり、セイゼイガンバルがダートに戻ったとしても。


勝てなかったら……終わりなのである。


競馬ファンって、こんな気持ちと一緒に暮らしてきたのか!?


「その……馬って……すげえ金かかるから……」

「そんなのあんまりだぁ……!!」


俺は泣いた。


馬主になりたくて泣いた。

石油王になりたくて泣いた。


セイゼイガンバルへの応援に、より一層力が入った。







その日はおじさんと連絡先を交換して、別れた。


おじさんは、可哀想なものを見る目で慰めてくれた。

でも、そんなもの雨の日の穴の空いた傘くらいにしかならない。


晴らしてくれよ……この悲しみをよォ…!


俺はポエマーおじさんに進化しそうになって、布団に寝転がってキャンセルした。


危なかった……メモ帳にもう書き始めてた……


寝転がって目を閉じても、俺は何も変わらない。石油は湧いてこないし、地主にはなれない。


ただ悲しくて、ゴロゴロのたうち回っていた。


そうして、俺はスマホを手に取る。


セイゼイガンバルの情報を集め始めた。

無意識に。


あっ、セイゼイガンバルってリンゴ好きなんだ〜可愛い〜


食い方汚ねえ〜

……く、食い方汚ねっ……!!!


ん?厩務員(きゅうむいん)ってなんだ……?


調べてみると、馬のお世話をする人らしい。

優しそうなおじさんだった。


俺のお父さんくらいの年齢で、父さんより心が広くて強そう。


話を戻して。厩務員か

俺がまだ小学生くらいだったら、たぶん目指してたな。


もっと調べる。


……え!?セイゼイガンバルが七色になってる!?皮膚病!?


そう思って説明を読んでみると、どうやら寒い時に着るパジャマのようだった。


そうなんだ。

洋服だと思ったら、なんか可愛い〜


……カラフルすぎて、目ぇ痛てぇ〜


目がチカチカしてきたので、俺はスマホを閉じた。


なんだか、心がポカポカしてる


謎の多幸感に包まれながら、俺は就寝……


……しようとして、眠れなかった。


セイゼイガンバル……勝ってくれ……!




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