6


俺は仕事に行った。


その時の俺を言葉で表すなら、正しく幽霊。


あんまり眠れなくてクマは酷いし、気力が湧かなくて髪もボサボサ。

足取りフラフラ。


流石に上司も俺が変なのを察して、「体調管理は社会人の〜」だのくどくど言われた。


もう終わりだ。


でも仕事はキチンとやった。

ミスしたけど……


それが数日続くと、段々職場の人が優しくなっていった。

俺は驚いた。話しかけられる。


きっと……神様が、セイゼイガンバルを心配する俺を労わってくれてんだろうな……ふふ……違うか……うるせえよ……


そう思った。


その日、俺は夜に焼肉を食うことにした。

元気を出そうと思ったのだ。


やっぱ焼肉。元気出る。


牛タン。ホルモン。馬刺し。


俺は泣いた。

馬刺しのメニューを見た瞬間に、セイゼイガンバルの姿が浮かんで泣いた。


しょうがないので、食べ放題で店の牛タンを食いつくし追い出された後


夜の街を、俺はトボトボ歩いていた。


最悪だ……


お腹はパンパンになったし、元気は出た。

けど、何かが満たされない。


タクシーが柵を通り越した先で往来している。

ビルの明かりが向こうに見えた。


「……だから、やめてください」

「いいじゃん。ちょっと飲み直そってだけだよ?」


ふと、言い合う声が聞こえた。


近くだ。

探してみると、黒髪マッシュの男性がスーツ姿の女性の腕を引っ張っている。


引っ張っている。


え、あれ、ダメじゃね?


「ちょっと、離して……!」


ダメなやつだ!


俺は思考を一、二回転させてから急いで止めに入った。


「や、ややっ、や、やめてください!」

「は?誰?」

「そっその人嫌がってますよね!?」

「お前に何カンケーあんの?」

「離してっ!男の人呼びますよ!」

「お前が男だろ」


俺は女性を庇う。

男性と睨み合う形になって、俺はビクビクしながら、目を逸らさない。


男性はチッと舌打ちをして、去っていった。


危なかった。

あれで引かなかったら、俺が絹を裂くような悲鳴を上げなくっちゃならなかった。


大声大会3位の俺が……


「あの……」

「あっ」


女性のつぶやきに、俺は正気に戻る。


「すっ、すみません。勝手なことして……!」

「い、いや大丈夫。ていうか、君……そんなこと出来たんだ……」


君そんなこと出来たんだって言った?


え、知り合い?


俺は恐る恐る女性の顔を見る。


……あっ


「たっ、高嶺さん……!」

「うん」


高嶺さんは、花がほころぶように笑った。

胸がときめく音がする。


「ありがとう。助けてくれて。正直困ってたんだ」

「い、いえいえ!全然滅相もないって言うか!あっ怪我とかないですか?」

「無いよ。おかげさまで」


たぶん、高嶺さんは飲み会とかの帰りなんだろう。

少しばかり、頬が紅葉みたいな色をしている。


偶然だ。今日、良い日かも。


「君は……焼肉?」

「え゛っ。く、臭かったですか!?」

「ふふ、ちょっとね」


う、うわ〜最悪


ファブリーズしてくれば良かった……


「ごめんね、楽しかった帰りに巻き込んじゃって」

「た、高嶺さんが謝ることないです!俺が、その、助けたかったって言うか……」


俺は照れ臭くなって、頬を掻いて、目を逸らす。

どことなく、高嶺さんが微笑んだ気がした。


「高嶺さんは、その、だっ大丈夫……ですか?また巻き込まれたら……」

「うーん……送って貰っちゃおうかな?」


やっぱり、変な人に絡まれるのは怖かったんだ。助けられて良かった。


俺の提案で、高嶺さんを近くの駅まで送ることになった。


ヒールのある高嶺さんの歩幅に合わせて、ゆっくり歩きながら話した。

楽しい一時だった。


少し歩くと、駅に着く。


「……ほんとに送るだけなんだ」

「……え?」

「ううん。良い人だな〜って」


首を傾げた。

褒めてもらったってことで……良いのか?


高嶺さんが言った。


「ねえ、何かあった?」

「え?」


俺の驚いた声に、高嶺さんは気まずけに目を逸らして、もう一度合わせた。


「なんか……最近の君、凄くやつれてるよ。」

「……バ、バレてますか?」

「うん。バレバレ。……良かったらさ、話してくれない?」


気遣わしげに俺を見やる高嶺さんに、俺は申し訳なさと嬉しさを感じる。


人にはくだらないと言われてしまう……かも。

けど、高嶺さんなら……


俺は勇気を出して、言った。


「俺……すっげえ好きな仔がいるんです」

「えっ!?す、好きな子!?」

「え、あ、はい。」


急にデカい声出してきたな……


俺が訝しむと、高嶺さんは慌てた。


「う、うん。続けて……!」

「はっはい」


高嶺さん、顔のホリ深くなった?

どうやら俺の知らぬ内に、何かがあったようだ。


俺は戸惑いつつ、続けて話す。


「それで……俺、ずっとその仔のこと応援してて……」

「う、うん」


脳裏に浮かぶのは、ゼイゼイガンバルの姿。

ダートを駆け、砂埃を散らしながら突っ走る、あの勇姿。


ハナを虎視眈々と狙い、騎手と共に、ただ先頭を目指すんだ。


芝生では、太陽の黄色がゼイゼイガンバルの栗毛に光り、オレンジ色に輝いていた。


……負けてしまったが。


「レースを見ると、いつも輝いてて」

「レッ、レース!?有名人……って、こと……!?」

「有名人……はは、そうですね。アイツ、すげえ愛嬌あって可愛いんです。人気者ですよ。」

「そ、そうなんだ……」


まるで女の子……牝馬みたいな顔立ちをしている。


目はクリッと丸いし、口元は白くてマスクをつけてるみたいだ。

それ以外は全身栗色、だけど体は結構でかい。


「でも、ソイツ、死んじゃうかもしれないんです」

「……え?」


唖然と呟いた高嶺さんに、俺は曖昧に微笑んだ。

こんなこと言われても、困ってしまうだけだろう。


俺は少しばかり泣きそうになって、上を向いた。


「俺、なんも出来ないんですよ。ただ見てることしか出来ないんです。」

「そ、そんなことない!」


高嶺さんは大きな声で、俺に言った。


目が合う。

高嶺さんの黒くて艶やかな瞳が、俺を真摯に見つめている。


「確かに、君に出来ることは少ないかもしれない。でも心配する気持ちや、応援する気持ちは、きっとその子の力になる。……そう思うよ。」

「高嶺、さん」


高嶺さんの言葉が、染み入って、俺の心を染め上げる。


青かった気持ちが、今は太陽のような輝かしい色へ変わっていった。


俺に出来ることは少ない。

競馬で応援馬券を買うことくらいしか出来ない。


だけども、応援する気持ちや心配する気持ちは、きっと届く。


そうだな、なんで、気づかなかったんだろう。


「あ、ありがとうございます。俺、なんか視野が狭まってたっていうか、そう言われたら確かにそうだなって思うっていうか。」

「うん。分かったならシャキッとするのが、一番の目標だね。体が悪くなってたら元も子もないよ」

「高嶺さん……」


高嶺さん、なんて良い人なんだ。


俺の視界が潤む。

その中で、しかと立っている高嶺さんだけは鮮明だった。


高嶺さんは微笑んで、俺の背中をバシッと叩いた。痛ぇ……


「じゃ、またね。」

「あっはい!また!」


高嶺さんは駅のホームに入っていった。

俺はそれをただ見つめた。












家に帰って、俺は、ぼんやりしていた。

心ここに在らずといった風体だが、その実、俺の心は踊るように高鳴っている。


そうか。

俺も応援することは、出来るんだな。


なんも出来ない。

バカで、努力も出来ない、怠け者でダメなやつだと思ってたけど。


俺も心配とか、応援することは出来るんだ。


スマホを開いて、Twitterのツイートするを選ぶ。


「『セイゼイガンバル号!応援してます!頑張ってください』……違うな。」


書き直す。


「『セイゼイガンバルの走りで感動しました!これからも応援してます!』……いや負けたから煽ってるみたいな感じになっちゃうな」


何度も書き直す

やっぱり、伝えるって難しい。


「『荒れ果てた大地で、ボクは一人さまよっていた。枯れてしまいそうなほど強い太陽に焼かれそうな日々で、出会ったのはセイゼイガンバル号、君だった。』……うん!いいぞ……!この調子だ……!」


時刻は午前三時半


始まったぜ、俺の物語が……!!



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