第16話


暗い夜道を康次とふみは、肩を並べて歩んでる…浜へ浜へと歩んでる…。


「なぁふみよ…たとえお前が血繋がり、あった私の姪だとしても、私は後悔してないぞ…」


「それはおらも同じ事、禁忌の子、忌み嫌いの子と蔑まれ、嬲られ生きてきて、最後の最後に康次さんに寄り添いました…」


腹に宿した我が子を知らず、共に死のうと決意を固め、康次とふみは歩んでる…。


浜へ浜へと歩んでる…。


神奈川の浜は、静かに凪いでいる…。


しかし、遠く沖では波は荒く、闇に紛れて白波が、立って幾らの手になって、おいでおいでと誘い出す…。


「さて、ふみよ、心変わりはあるまいか?」


「おらとあなた、この世で添い遂げられない、そうならば、なんの未練がありましょう」


「それではお前と私、ふたり海へ入ろうか…海から地獄へ堕ちようぞ…」


「それなら手に持つこの紐を、互いの右手に括り付け、波で流され離れぬように、固く縛ってくれんかに…」


康次とふみは、紐で繋ぎ、肩抱きあって沖へと進む…。


「ふみよ、星が美しい…あの星明りで最後に顔を見せとくれ…」


「あぁ…嬉しい康次さん、互いの顔を心に刻み、共に逝きましょ地獄の底まで…」


固く握った右手と左、離すまいぞと堕ちて行く…直に虚ろになる前に、康次とふみの心に囁く未だ見ぬ稚児(ややこ)の声がする…。


「おっとう、おっかあ、旅立つならば一緒にあたいもついて行く…あたいも同じ、禁忌の子…地獄で親子3人で炎に焼かれて寄り添い合おう…」


哀れ、康次と女房のふみと腹に宿ったややこと共に、海の藻屑と消えて行く…。


あぁ…なんと悲しい神奈川心中…。


ふみの生い立ち生涯の物語、講釈は一巻の終わりとなりました…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仮題 ふみ ぐり吉たま吉 @samnokaori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ