第3話、旅のはじまり

 オトメの遺体いたいを地中に埋め、手厚く埋葬まいそうした。俺の心には未だぽっかりと穴が開いたような気分だ。大切なモノをうしなって、それを取り戻す間もなく取りこぼした。そんなどうしようもない気分。

 しばらくはかに手を合わせた後、俺は申し訳なさそうに背後うしろで立っている少女に目を向けた。そう言えば、彼女の名前なまえすら聞いていなかったな。

「……そういえば、君の名前すら聞いていなかったな」

「はい、私の名前はシアンともうします。シアン=トリトニスです」

「そうか、君は俺の名前は志道。凍河原志道いてがわらしどうだ。これから君はどうするんだ?」

「……………………」

 シアンは表情を陰らせ、うつむいた。まるで、何か後ろめたい事を言うような。

 けど、俺が返事へんじを黙って待っているとやがてはなし始めた。

「……私は神に反逆はんぎゃくする為に今まで準備じゅんびしてきました。人が真に自由意志の許で暮らせるように、これからたびに出ます。その旅に……いえ、神を討つ旅にシドーの力がどうしても必要なのです。どうか、勝手は承知でお願いします!」

「分かった」

 申し訳なさそうに頭を下げるシアンに、俺は即答そくとうする。思わずといった様子で、シアンは頭をげた。

 俺は彼女に手を差し伸べ、出来る限りの笑顔をつくる。

「俺からもたのむ。俺は神に反逆はんぎゃくする為にこれから旅に出る、神を討つ為の旅に君の力が必要だシアン。だから、どうか力をして欲しい」

「っ、はい‼」

 シアンは涙をにじませた目で満面の笑みを浮かべ、俺にき付いた。虚を突かれた俺は転びそうになるが、それを何とか寸ででえる。

 ———そう言えば俺、彼女にキスされたんだっけ。

 そんな事を今更ながらに意識いしきしてしまい、思わずシアンから目を逸らした。そんな俺にそれでも感極かんきわまったという風に抱き付く彼女だった。

「そ、そういえば俺はどうしてサタンを手にする事が出来たんだ?あんな都合つごうの良いタイミングで」

「ああ、はい。あれは私が……っ⁉」

 瞬間、シアンが唐突に顔を真っ赤に染めてだまり込んだ。

 思わず俺はシアンの顔をじっと見る。あうあうと奇妙きみょうな声を上げて俯く彼女に俺は怪訝な顔をした。

「えっと、シアン……?」

「あの、その……えっと。私が貴方に口付くちづけをした時に、私があずかっていた大罪の因子を貴方にながし込んだと言いますか……」

「ああ、うん。なるほど?」

 つまり、シアンにキスをされた瞬間に俺はサタンの宿やどる大罪の因子とやらを流し込まれたらしい。

 大罪の因子……つまり憤怒ふんぬか。けど、まさかそれを俺に流し込む為にキスまでしてくるとは。シアンは結構恐ろしいなのかもしれない。

 果たして、これは役得やくとくなのだろうか?

 思考にふけっていると、シアンが唐突に俺からはなれ頭を下げた。

「ごめんなさい」

「……えっと、何が?」

「シドーはきな方が居たんですよね?」

「ああ」

 思わず、目線を墓に向ける。シアンも墓に目を向けた。更に表情がかげる。

「そんな貴方に……えっと、キスをして。そして、その女性と殺し合わせて」

「……なんか誤解ごかいを招きそうな言い方だな。まあ良いけど」

「?」

 俺はそっと溜息を吐いてシアンの頭に手をいた。どうやらシアンは分かっていないようだけど。まあ良い。

「俺は俺の意思いしで神に反逆するんだ。俺は神の奴隷どれいなんかじゃない、そう奴に剣を突き付けてやるんだ。だから、シアンのせいじゃないよ」

「っ、はい‼」

 再び、シアンは感極まったように俺に抱き付いた。いや、抱き付きたがりなのか?

 結構このはスキンシップが激しいのかもしれない。俺は苦笑を浮かべて彼女を抱き返した。うん、やわらかい。あえて何処どこがとは言わないけど。

 ・・・ ・・・ ・・・

 そうして、しばらくした後。ようやく落ち着いたのかシアンが俺から離れた。

「で、これからどう旅をするんだ?サタンの奴は同胞どうほうを集めろと言っていたけど、それって大罪たいざいの因子を集めるで良いのか?」

「はい、その前に少しだけってください」

 そう言って、彼女は神殿の廃墟はいきょを歩き出す。その奥でごそごそと何かを探しているように感じた。

 やがて、シアンはおくから何かを持ってきた。それは、水晶すいしょうの玉に見える。

 思わず、俺は首をかしげた。

「水晶の、玉……」

「はい、大罪の因子はそれぞれ別の世界せかいに散らばっています。それぞれ違う世界に散らばる因子を集めるのは物理的に不可能ふかのう。ですが、それを可能にするのがこのソロモンのかぎになります」

「ソロモンの鍵、ね。それって結構有名な魔導書まどうしょじゃなかったっけ?」

「はい、この水晶は悪魔あくまの力を宿した魔導書であり次元の離れた世界同士を繋ぐもんを開く為の鍵でもあるのです」

 はあ、そうなのか……

 改めて見ても、何の変哲へんてつもないただの水晶玉にしか見えない。だが、彼女がそう言うならまあそうなんだろう。ともかく、重要なのは大罪の因子。サタンの同胞を集める為に必要なのがこの水晶玉という訳だ。

「では、この水晶玉に悪魔の力を流し込んでください。そうすれば鍵は起動きどうします」

「ん、分かった……」

 俺は、獲得かくとくしたばかりのサタンの力を水晶玉へ流し込む。すると、水晶玉が緋色に妖しくかがやき出した。

 次の瞬間、ばちばちっと水晶玉に僅かな放電現象ほうでんげんしょうが発生して俺達の前に黒いうずのような何かが発生した。見た目は極小のブラックホールにも見える。

 しかし、ブラックホールに見えるのは見た目だけで引力いんりょくもなにも感じない。

「これが異世界同士を繋ぐ門です。これをくぐれば、次の世界へ行けます」

「ああ、じゃあまあ……行くか」

「はい」

 こうして、俺達の旅ははじまった。神への反逆、その少しだけ長いプロローグだ。

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