第2話、神の支配からの脱却と反逆

 其処は、古い神殿しんでんの跡地だった。少女は其処を拠点きょてんとしていた。

 そして現在、神殿の壁を背に少女は血塗ちまみれで倒れ、無表情のオトメが少女に剣を向けている。オトメの背後には殉教者たる神官しんかんたちの姿があった。皆、少女に罵声ばせいを浴びせている。

 背教者を殺せ!我らに神の加護を!そう言って、次々と少女に石のつぶてを投げ掛けて罵声を浴びせている。誰もが勝利にいている。

 そんな中、少女は一粒の涙を流す。

「我らが神の一撃いちげき、受けて消えれ背教者」

「ごめんなさい、貴女をすくう事が出来なくて。貴女を解放出来なくてごめんなさい」

「……消えろ」

 そして、少女はそっと目をじる。涙を一粒流し、その一撃を待つ……

 だが、何時まで待ってもその一撃は来ない。疑問に思い、静かに目を開く少女。その目前もくぜんにあったのは……

 ・・・ ・・・ ・・・

「……何のつもりだ?申しひらきはあるか、シドー」

「別に、気に食わないから邪魔じゃまをしただけだ」

 現在、俺は血塗れの少女を背後に振り下ろされた剣を自身の剣で受けている。不可解そうに顔をゆがめるオトメ。その背後では殉教者たちがざわついている。どうやら彼等の目には神の使徒が自ら神に反逆はんぎゃくしたように見えている事だろう。

 反吐へどが出る。何もかもが気に食わない。

「……やはり、その少女に何かされていたな?神に反逆するか」

「半分違う。俺が神に反逆するのは俺自身の意思いしだ。俺は俺の自由意志で立つ」

「そうか、なら神の反逆者として無様ぶざまに死ね」

「お前がなっ‼」

 それから、俺は少女を背にかばいオトメと剣を交わし合った。俺が少女を背に庇っている分、オトメの方が圧倒的に有利ゆうり

 だが、それでも俺は退くわけにはいかない。俺が退けば、間違いなく少女は死ぬ事になるだろう。なら、尻込しりごみしている暇など一切ない。切り札は此処で切らせてもらうだけだ。

「手をせ、サタン!」

『……良いんだな?これでお前は二度と引きかえせない』

「何を今更いまさら、もうとっくに引き返せねえよ」

『くはっ』

 そうして、周囲をめ上げる火の海と共に奴は現れた。燃え上がる炎のような赤い髪と瞳、夜のような黒衣を纏った憤怒ふんぬの悪魔。サタンが現れた。

 悪魔の出現に、神官たちは恐れおののく。対するオトメは相変わらず無表情で、だが忌々いまいましげにサタンをにらみ付ける。

「おのれ、サタンめ。忌々しい神のてきめ……」

『くはっ、神の人形かいらいに言われたかねえな』

「私は神の力、神の使徒である。愚弄ぐろうは許さん」

『神に自由意志を奪われ今も玩弄がんろうされ続けているお前が言うなよ』

「貴様……」

 瞬間、サタンは俺の剣と同化し周囲にある火の海が剣へと収束しゅうそくしてゆく。

 あつい。まるで、太陽たいようがすぐ傍にあるような熱さだ。だが、それでも俺はこの熱さに耐え真っ直ぐオトメを睨み付ける。

「行くぞ、オトメ……」

「おのれ……っ」

 太陽のような熱量を持つ炎を、やいばへと収束させる。そして、俺はそれをそのまま振り抜いた。その炎は、巨大な斬撃ざんげきとなりオトメを、そして背後の神官たちを薙ぎ払って飛翔ひしょうしてゆく。

 最後、その斬撃を直接食らい命散らしてゆく刹那。オトメはその表情をみへと変えて……

 ・・・ ・・・ ・・・

 炎が静まった神殿跡地。其処には血塗れでその光景こうけいを見ていた少女と、そしてオトメをきかかえる俺が居た。

 オトメは最後の最後で神の支配しはいから解き放たれたのか、笑顔で息絶えている。

 そんな彼女を、俺は強く強く抱きかかえ……

「……きだった。オトメ、お前の事が大好だいすきだった。ごめん、お前を救えなくて」

 何も言わない。もう、其処にオトメは居ない。既に其処にあるのはオトメの形をした抜けがらだけだ。魂なき抜け殻だけ。

 それが、その事実が俺の胸を締め付ける。オトメの遺体いたいを強く抱き締め、滂沱ぼうだの涙を流す。

「う、ぐっ……あああああああああああああああああああああ‼ああっああああああああああああああああああああああああっ‼‼‼」

 慟哭が、神殿跡地にむなしく響き渡る。魂からの絶叫ぜっきょうが、虚空に虚しく響き渡る。

 悲しい。胸の奥をえぐるような痛みが走る。

 そんな俺の背後から、そっと誰かが抱き締める。誰かを確認するほど余裕はない。

 俺は、その場で涙がれるまで泣き続けた。泣き続けた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 また別の場所で、背教者を殲滅せんめつした直後の葛城かつらぎゼンは神の力を通して全ての事態を察した。いや、或いはそんなものがなくとも彼等の事を察せたのかもしれないが。

 そして、それ故に変化へんかが一つあった。小さな変化、それゆえに大きな変化が。

「ぐっ⁉そ、うか……オトメが…………」

 ゼンの頬を、一筋の涙がつたう。

 その変化は、全能なる神ですら予測不可能な事態へと発展はってんしてゆく。

 全ては、此処ここから始まった……

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