第19話 会議


 飴と鞭の使い方が上手な右京くんは、会計局長の甲斐田くんの秘書として働くことが生まれたときから決まっています。父親の招かれる県内の有力者ばかりが集まるパーティーで顔を合わせたことがありましたから、この学校で彼らを見かけたときは驚きました。


 甲斐田くんの実家は全国に名を轟かせる物流企業で、その血筋はこの地を制した城主の血統。甲斐田くん自身は次期当主で、一族として代々甲斐田家に仕えているのが右京家と左京家です。左京くんも来年にはこの学校に入学してくるそうです。


 代々この高校に入学しているのは、この高校が当時の甲斐田家当主が建てた学校だからです。つまり甲斐田くんは創設者の子孫でもあることになりますね。



「この議題の可決次第にはなりますが、第一体育館の使用許可については後ほど僕と聖夜祭実行委員長で校長先生と生徒会顧問の町田先生、体育科の先生方に交渉に行きましょう」


「私も行きましょう」



 スッと手を挙げた天馬さんに僕は頷きました。体育委員長の天馬さんがついてきてきてくれるのであれば、体育科の先生たちの説得においてこれ以上ないほど心強いですから。



「よろしくお願いします。では次、会計局長」


「はい」



 後ろ手に手を組みながら凛とした佇まいで立ち上がった甲斐田くんに、レオが少し眉を下げてゴクリと喉仏が動かしたのが見えました。緊張、してしまいますよね。



「内容についての追及はしませんが、材料費の概算を提示してください」


「え、あ、はい!」



 甲斐田くんが思っていたより穏やかな口調で話したことに驚いたのか、レオは珍しく戸惑ったように視線を彷徨わせましたが、ふうっと息を吐くと机に手をつきました。



「材料には電気と段ボールとガムテープ、暗幕を使いますが、電気と暗幕は元々学校にあるものをお借りしたいと思っています。段ボールは、近所のスーパーさんにお願いして集めさせていただいていたものがあるので、それを使いたいと考えています。なので追加経費としては、電気代とガムテープ代をお願いしたいと考えています」



 いつもの自信ありげな様子で言い切ったレオに、甲斐田くんはフッと表情を緩めました。



「企画と予算案に関しての自信は相当あるようですね。電気代とガムテープ代くらいであれば予備費から捻出できます。副局長と調整しましょう」


「ありがとうございます」



 すっかり自信を取り戻したレオは堂々とした姿勢で頭を下げます。



「では、最後に副生徒会長どうぞ」


「はい」



 すくっと立ち上がった庄司さん。その鋭い瞳がれをを捉えました。



「最終確認です。その企画は全校生徒が楽しめるものですか?」


「はい、もちろん。第一体育館を会場とすることで全員が入ることができますし、自由に見て回るにも十分なスペースの確保ができます。興味の観点にも、対策は練ってあります」


「そうですか。では、内容についてこの場で言う気はありませんか?」


「はい。皆さんにもたまには1人の生徒として楽しんでいただきたいので」



 引く気のないレオに小さくため息を吐いた庄司さんは一瞬呆れたような緩んだ表情を見せましたが、また眉間に皺を寄せました。



「その場合でも、私たちには責任があります」



 低く吐き出された声にレオが何も言えなくなってしまいました。どうしたものかと思いましたが、僕だからできることを思いつきました。


 以前3人でご飯を食べていた日、武蔵くんが前日に耳に挟んだ話について聞いてきたことがありました。それは聖夜祭の企画の話だったと言っていました。その話をしていたのはきっとレオたちでしょうと今は確信があります。


 聞いた限りこの企画は成功の可能性が高いです。それにレオが途中で投げ出さない保証もできます。



「それについては僕から。聖夜祭実行委員長が立案をしているときに近くにいたという人がいまして、詳細な話もその人から教えていただきました。そのため、この企画内容について知ってしまっている僕も実行に参加します。議題の可決に伴って、この事案は生徒会長の管理下で実行することとしましょう」


「生徒会長の管理下であれば、異論はありません」



 庄司さんは目を閉じたまま頷くと、そのまま席につきました。僕にできる協力なんて微々たるものです。ですがどうしてもこの企画だけは実行させてあげたいと同情するような気持ちと、もちろん全校生徒が聖夜祭をもっと楽しむことができる可能性があるという確信はあります。



「他に質問や意見はありますか? ないようであれば、決議に移ります」



 誰も手を挙げないことを確認して提案者であるレオに視線を送って頷くと、レオは立ち上がって胸を張りました。この会議では僕を含めた14人のうち、10人が立てば承認となります。



「本議題に賛成の方は御起立願います」



 僕を含めた全員が立ち上がったのを確認しました。



「全会一致で可決とします」



 僕は真剣な面構えを崩さないまま言い切って拍手をすると、生徒会室中に拍手が響き渡りました。正直なところレオと同じようにガッツポーズをしたかったですが、さすがに控えておきました。これでも立場がありますから。



「席についてください」



 声を張ると、全員がバラバラと座りました。



「他に議論したいことや連絡はありますか?」



 ぐるりと全員の顔を見回します。今日はないようです。



「では、今日の会議は終了します。お疲れ様でした」



 全員で一礼すると一斉に肩の力が抜けました。ぞろぞろと立ち上がったから帰るのかと思いますが、今日もまだ帰る気はないようです。それぞれ仲の良いメンバーで集まって談笑を始めました。


 腕時計を確認すると、掃除終了時間から1時間が経とうとしていました。そろそろ聖夜くんたちのところに行っても良いころでしょう。普段ならちょうどいい時間になるまではみんなの輪に入りますが、今日は先にお暇します。


 立ち上がってリュックを背負うとドアに手を掛けました。



「先に帰るね。お疲れ様でした。鍵はかけて帰ってね」



 みんなのお疲れ、という声を聞きながら生徒会室を出ると、ピシャリとドアを閉めました。


 今日は見回り当番がなくて良かったです。放課後の夕陽が美しい本棟を歩くことができるから好きな仕事ではありますが、今は聖夜くんと武蔵くんと一緒にいられる時間の方が愛おしいですから。


 本棟と管理棟の間に立つプレハブ小屋を出て管理棟の方に入ります。部活動中の美術部員や茶道部員、棋道部員とすれ違います。



「あれ、会長さん?」



 どこかで聞いたことのある声に後ろから呼ばれて振り向くと、柊さんが立っていました。



「柊さん。部活中かな?」


「はい。棋道部の活動場所は美術倉庫室なので、休憩になるとよくこの辺りを歩いて身体を解しているんです。ずっと座っていると身体が軋みますから」


「なるほど」


「会長さんは、別棟に用事ですか?」



 ニヤリ、と笑った柊さんに思わず身じろぎました。きっと聖夜くんからいろいろ聞いているんだとは思いますが、少し恥ずかしいですね。



「そうだよ、聖夜くんと武蔵くんに会いに」


「会長さん、本当に変わりましたね」



 小さく呟かれた言葉に首を傾げていると、それに気が付いた柊さんは首を振りました。



「いえ、何でも。セイのこと、よろしくお願いしますね」


「はい、もちろん。柊さんも、よろしくお願いします」


「当然です」



 堂々とした立ち振る舞いは庄司さんに似ています。もし柊さん自身にやる気があるのであれば、来年度の生徒会メンバーとして参加してもらいたいくらいです。聖夜くんから聞いた話によれば、柊さんには周りをよく見て話しを聞く才能があるそうです。真面目な人であることも確かですから、適任者であることに間違いありません。



「柊、次の対局始まるぞー」


「はい! 今行きます! じゃあ、会長さん」


「うん。またね」


「失礼します」



 隣のクラスの棋道部員に呼ばれて柊さんが倉庫室に戻っていくのを見送って、僕もまた歩き始めました。


 それにしても柊さんのあの後ろ姿、どこかで見た記憶がある、気がします。


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