第20話 2人、3人、4人?

side吉良聖夜



 鬼頭くんと向かい合わせで座りながら雑誌を覗き込んでいた視線をふと上げて鬼頭くんに向けると、鬼頭くんの切れ長な目はボクを見つめていた。心なしか目尻が下がっているような気がする。甘ったるい眼差しにはまだまだ慣れそうにない。



「あ、あの、鬼頭くん? 雑誌、見ないの?」


「え、ああ、いや、見るよ。でも、楽しそうな聖夜くんを見ているとなんだか嬉しくてね」



 頬を掻きながら視線を外した鬼頭くんの口元が緩んでいる。本人に面と向かっては言えないけど、ボクはこの顔が可愛くて好きだ。


 けど、照れ臭いことに変わりはない。



「あ、ねえねえ! こ、ここ! 綺麗な景色だよ!」



 とりあえず目についたおすすめスポットが綺麗だったから、話を逸らそうと思って指を差すと、その手に鬼頭くんの手が重ねられた。



「くくくっ、そうだね。来年は2人で一緒に行けるといいな」


「へ!?」


「あれ、行かないの?」


「い、行くけどっ!」



 ギュッと握りしめられた手の温もりに戸惑いながら、そっとその手を握り返した。


 いつまでも触れることにも触れられることにも慣れないままじゃ、いけないと思っている。2人と関わることも触れることも、幸せなことなんだって毎回感じていることは嘘じゃないから。だから、頭の片隅、奥の方で飽きることなく警報を鳴らしているあの黒い塊にも少しずつでもそれがボクにとっての幸せなんだってことを理解してもらえるように頑張っていきたい。



「聖夜?」


「あの、さ。来年、楽しみだね」



 見上げると、鬼頭くんは目を見開いて口元を繋いでいなかった手で覆った。夕陽のせいだけじゃない耳の赤さも可愛く見える。



「同じクラスだったらいいなぁ」


「あ、ああ。そうだね。……同じクラス」



 小さい声で反芻してまた口元を緩ませているのが指の隙間から見えている。


 鬼頭くんの顔をじっと見ていると、視線がぶつかった。鬼頭くんが口元を覆っていた手がボクの頬に伸びてきて、ひんやりした手がふわりと触れた。優しすぎて物理的にも精神的にも擽ったい。



「聖夜」



 机1つ分しかない距離。名前を呼ばれながらじっと見つめられて内心ドギマギしていると、鬼頭くんはくくっと笑った。



「可愛い」



 囁くような声に恥ずかしくなって目を閉じると、おでこにふわりと温かいものが触れた。驚いて目を開けると鬼頭くんは何故か、曇りガラスだから外の景色は何も見えないはずの窓を見ている。何があったかは分からない。



「聖夜くん!」



 ドアがガラガラッと勢いよくかつ最後はゴンッとはならないように途中で止められた。パッとそっちを見ると、粋先輩が目をウルウルさせてふらふらとこちらに寄ってくる。



「粋先輩?」


「聖夜くん、なんか、疲れました」



 粋先輩は座っているボクの隣りまで歩いてくると、肩にするりと腕を回されて少しだけ体重がかけられた。青光りしている艶やかな髪を、子どもを宥めるみたいに撫でた。頼られてるみたいで嬉しいなんて思ってることは秘密。



「会長、なんかいつも以上に疲れてんね。なんかあったんすか?」


「武蔵くん、最近崩れていた微妙な敬語すら取れてる気がしますよ?」


「そうっすか?」



 鬼頭くんはすっとぼけた顔をしているけど、粋先輩の言う通りだと思う。かといって粋先輩をなめてるとかいうわけではなさそうで、単純に気が抜けているような気がする。いいこと、なのかな。



「まあ、良いですよ。僕は年上なだけで、聖夜くんの前では武蔵くんと対等でいたいですから。一応他の人たちの前では先輩後輩でいた方が良いとは思いますけど、それ以外は構いませんよ」


「あざっす。じゃあ会長」


「何ですか?」



 机に腕をついて少しこっちに身を乗り出してきた鬼頭くんに、粋先輩は微笑みながら首を傾げてボクの頭にコツンと自分の頭をぶつけてきた。


 近いって。


 ふわふわした声も耳に近すぎて擽ったいし。


 顔に熱が集まるのを感じる。



「いい加減聖夜から離れろや」


「ははっ、手加減なしですか。良いですね、そんな感じです!」


「だから、離れろって」


「あだっ」



 鬼頭くんのデコピンが綺麗に決まって粋先輩はボクから離れておでこを抑えた。フンっとしたり顔をしている鬼頭くんに、粋先輩はあははっとはじけるように笑った。



「なんすか」


「いいえ。さすがの威力だなぁと思いまして」


「え、手加減はしたんすけど、痛かったすか?」



 心配そうに眉を下げた鬼頭くんに、粋先輩は首を横に振った。



「そこまでは。でもあんなに軽い指の動かしで予備動作もなかったのに、ここまでの威力が来るとは思いませんでしたから、少し驚いたんですよ。そうしたらなんだか面白くなってきてしまいまして」



 いつも以上にふわふわしている粋先輩。不安になっておでこに触れてみたけど熱はなさそうだ。



「熱を出したら、聖夜くんが看病してくれますか?」



 こてりと頭を肩に預けてきた粋先輩が妙にあざとく上目遣いに見上げてくる。顔が熱くなってきてスッと視線を逸らすと、鬼頭くんの目がまたギラリと光って不満そうだ。



「そもそも粋先輩の家がどこか知らないんですけど」


「ん-? ここから電車で1時間ぐらいのところですね」


「……頑張ります」


「ふふっ。ありがとうございます」



 小さく呟くような声に粋先輩の顔を見ると、微笑んではいるけどその目がなんだか寂しげな気がした。


 何か言おうとして口を開いた瞬間、ガンっと大きな音が鳴って全員の視線がそちらに向いた。入り口には知らない人が立っていて、驚いた衝撃で何を言おうと思ったのか、記憶が完全に飛んで行った。



「レオ」



 そう呼んだ粋先輩はボクから離れてその人の元に歩いていく。生徒会長として振る舞うときのキリッとした表情としっかりした足取り。その背中を見てボクの背筋も自然と伸びた。



「粋、邪魔してごめんな。そっちはお友達? なんか、めっちゃ仲良さそうだったけど」



 レオさんはニヤニヤと笑いながらボクの方に目を向けた。探るような、嘗め回すような視線に悪寒が走って身震いすると、粋先輩がその視線を遮るように立ち位置を変えた。



「何の用だ?」


「え、いやいや。別に取って食ったりはしないって。ただ、さっきのお礼が言いたかっただけだよ」



 さっきまであんなに飄々としていたレオさん、いや先輩っぽいからレオ先輩かな。彼の顔が明らかに委縮しているように見える。粋先輩、一体どんな顔をしているのやら。



「さっき、俺の企画を通そうとくれてありがとう」


「いや、庄司さんや甲斐田くんも必要最低限の質問や追及しかしなかったでしょ? それは、みんなが聖夜祭を物足りなく感じていたことと、今回のレオの提案に期待を持っている証拠と考えればいいんじゃないかな?」


「いや、庄司は最後潰しにかかってたでしょ、あれ」


「庄司さんにも仕事があるからね。なんでもかんでもオーケーは出せないんだよ」



 ボクたちの他に人がいないから、普通の声量で話をしているはずの粋先輩とレオ先輩の声が凄くよく聞こえる。聖夜祭の企画についての会議で頑張ろうと気を張っていたから、疲れていたのかな。


 ボクにしてあげられることは何だろう。



「君、鬼頭くん?」



 急にレオ先輩の話の矛先が鬼頭くんに向いた。ボクも鬼頭くんの方を見ると、鬼頭くんは苦虫を潰したような顔で俯いていた。鬼頭くんが名前を憶えられているたびにこんな風に苦い顔をするのは悪い噂のせいだということは、最近本人が教えてくれた。



「俯いてないで顔を上げてよ。別に、君のことを非難するつもりはない。1つ聞きたいことがあるだけだよ。君だよね? 聖夜祭の企画を聞いていたのは」


「はい、そうですけど」


「やっぱり。仲間の1人が見た気がするって言ってたから、もしかしたらとは思ったんだよね」



 1度言葉を切ったレオ先輩はニヒルな笑みを浮かべて鬼頭くんに手を差し伸べた。



「実はあれは極秘の計画でね、人手が十分とは言えないんだ。どうだろう、準備を一緒にやってはくれないだろうか?」



 そう言って笑うレオ先輩はエンターテイナーのような不思議な魅力を撒き散らしているように見えるくらいキラキラ輝いている。戸惑った様子の鬼頭くんが助けを求めて粋先輩を見ると、粋先輩は微笑みながら頷いた。



「僕も準備に参加するから一緒にやろうよ。イメージの払拭にもなるだろうし、いい機会じゃないかな」


「そう、っすね」



 うんと1つ頷いた鬼頭くんはレオ先輩に向き直ると立ち上がって一礼した。



「よろしくお願いします」


「よし、じゃあ新メンバー3人でよろしくね?」



 そう言った粋先輩は鬼頭くんとボクの肩に腕を回した。



「はい?」


「3人の思い出、もっと作ろ?」



 耳元で囁かれた少し高くて柔らかい声。ぞくりと身体が熱くなって思わず頷いてしまった。勉強時間の捻出、頑張らないと。


 今までのボクは文化祭の準備だって勉強優先で必要最低限しか参加しなかったのに、昔の自分が想像もしていなかったような変わりようだ。不思議なことに今の方が勉強に集中できているから、この考え方も悪くないと思える。



「君も良いの? ありがとう、助かるよ」



 花が咲いたような笑顔で笑ったレオ先輩は腕を広げてボクの方に来たけど、急に立ち止まると焦ったような怯えたような顔で自分を抱きしめた。その視線の先には粋先輩と鬼頭くんの顔があったはず。


 2人とも、どんな顔してたんだろう。


 苦笑いしながらも、ちょっとだけ心がぽかぽかした。


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