第17話 コイバナ


 朝、2人と別れてからはいつも通り星ちゃんと月ちゃんと話して、授業も真面目に、と言えるかは分からないけど受ける。


 4限終わりのチャイムが鳴る中終わった授業。終わってすぐにお弁当を出した星ちゃんと月ちゃんは椅子に横向きに座る。ボクも今日は教室で食べる日だから、前を向いて座ったままお弁当を取り出した。



「本当に週3回は教室で食べるんだね」



 月ちゃんの言葉に先週もそうだったけど、と思いながらも頷く。粋先輩は会長としての仕事で週1回はお昼休みが潰れるし、教室で友人と食べる時間も大切にしたいしと言っていた。


 鬼頭くんは1人で食べているから毎日でも一緒に食べたいと思っているみたいだけど、ボクも星ちゃんと月ちゃんと一緒に食べたいと伝えたら了承してくれた。寂しそうにしていたけど変化があって、粋先輩が何か言ったみたいで1人でご飯を食べるときは物理講義室以外の場所で食べるようになったらしい。教室だったり中庭だったり。その場所は日によって変わるけど、人がいる近くで食べることが多くなった。粋先輩の意図は分からないけど、鬼頭くんも納得しているならきっといい方向に向かうための提案なんだと思う。


 2人のことを考えていると星ちゃんがニヤニヤしながら顔を近づけてきた。



「ね、毎日会う時間は作ってるの?」


「うん。朝は粋先輩が朝の挨拶の担当じゃない日は駅で粋先輩と待ち合わせして、途中で鬼頭くんとも合流して3人で学校まで来るようにしてる。付き合ってることは月ちゃんと星ちゃんと粋先輩のお友達さんの全部で4人にしか言ってないから距離感は気を付けながらになるでしょ? だから昇降口ですぐバイバイになるから寂しいけど、その時間は大事にしてる」



 ふーん、と言いながら笑った2人はさらに顔を近づけて来て、くいくいっと指でボクにも近づくように示した。



「朝もお昼も会えないときとかは? どうしてるの?」


「そういうときは放課後にここで会ったりとか、帰ってから電話で話してみたりとかしてるよ」


「そっか、セイここに残って勉強してるから」


「うん。鬼頭くんも頭が良いから教え合ったり、粋先輩の課題を一緒に考えたりしてるんだけど、凄く楽しい」



 今度はへぇー、と言って身体を少しのけ反らせながらニヤニヤしている2人。



「なんだよぉ」


「べつにぃ? ねぇ?」


「うん、べつに」



 顔を見合わせてニシシッと笑った2人に頬を膨らませるけど、2人は全く気にしない様子でまた身を乗り出した。



「じゃあさ、2人きりの時間とかは? いつも3人ってわけじゃないでしょ?」


「えぇ、それも話すの?」



 ボクが渋ると、2人はよくドラマで見る典型的な近所のおばさんのように手をパタパタと動かした。やだもう、とか言って欲しい。



「いいから、いいから。それじゃあ不味いよってところがあったら教えるからさ」


「2人も大して恋愛経験ないじゃん」



 ノリノリだった星ちゃんがグッと言葉を詰まらせると、隣で月ちゃんがスッと胸を張った。



「人の恋愛なら腐るほど見てきたよ」


「小説で?」


「当然」


「それなら私も!」


「ボクは漫画もよく読むよ」


「私も私も! セイはどんなの読んだ?」


「きらこ、話の軸を逸らさないで」


「ん? あ、そっか。るなち、ありがと」



 月ちゃんの渾身のネタがあっさり流された挙句に話の軸がずれたから、月ちゃんは不満げに唇を尖らせた。月ちゃんは周りのイメージよりも子どもっぽいところがある。そこが良い感じにギャップになって可愛らしい。


 というか、月ちゃんは自分から恋をした話は聞かなくても、告白された話はかったるそうにしながらも星ちゃんに吐かされているのをよく見るけどね。本当に興味がなさそうで、その話題になるとあからさまに嫌そうな顔をするから今その話を掘り返したりはしないけど。



「さて、セイ」


「はい?」


「2人の時間は取ってるの?」



 まっすぐに聞いてくる月ちゃんの目にランランと光るものがある。思わず苦笑いを浮かべてしまったその頬を、お弁当箱とお箸を置いた月ちゃんに摘まれた。



「わはっはっへ。はにゃひへ」



 月ちゃんが満足げなのはまだいいとして、星ちゃんがケラケラ笑っているのは不服だ。けど、仕方ない。テストの順位で勝てることと口論で勝てることはノットイコールの関係にある。いや、これは口論でもない、のか? まあいいや。


 手を離してもらえたけど、ひりひりする。痛む頬を抑えながら話すことになった。



「粋先輩とは登下校の時間をなるべく合わせるようにしているけど、どっちかが今日は1人が良いときは無理をしないって話はしてる。だから、お互いに毎回今日はどうするって話すようにしているの。今のところ1回だけ粋先輩から断られたくらいかな」


「え、なんで?」


「生徒会で少し揉めたらしくて、癒されたいけど八つ当たりはしたくないからって」



 正直ボクはそういうときこそ傍にいたいと思ったけど、その考え方は人それぞれだと思う。ボクみたいに大事な人の顔を見てもっと頑張ろうって思う人もいるだろうし、粋先輩みたいに1人で考えを整理したい人もいると思う。



「そういうとき、セイはどうするの?」



 月ちゃんに聞かれて、ボクはうーん、と声を漏らした。



「どうもできないじゃん? その嫌なことを解決してあげることもできないし、気持ちの整理を手伝う方法も分からないし。いつも通り、ただ笑ってることしかできてない。ちょっと悔しいけどね」


「ふーん。まあ、いいんじゃない?外野が変にあーだこーだ言わないで、息抜きできる場所になってあげれば」


「かなぁ?」


「最悪聞いてみたら?」


「そうじゃん。いつもみたいにさ、こういうときはこうしたいけど、どう? って」



 あまり定型を作って解決するようなことでもない気がするけど、粋先輩がどう思っているのかは気になるところ。



「それで? 鬼頭くんの方はどうしてるの?」



 粋先輩の方は解決したから、とでも言わんばかりの切り替え。いつの間にかお弁当を食べ終わっていた星ちゃんがお弁当箱を袋に仕舞いながら聞いてきた。チラッと時計を確認するとそろそろ食べ切りたいところ。


 夕凪姉ちゃんがせっかく早く起きて作ってくれたお弁当を味わうことなく飲み込むなんて勿体なくてできない。残っていた唐揚げだけ口に放り込んでもぐもぐ噛んでいると、星ちゃんが早く早くと急かしてくるから手を合わせて謝っておいた。


 ごくん、と飲み込んでから水筒の麦茶を飲んで、口の中を流した。ボクがご馳走様をしてお弁当箱を仕舞ったころには月ちゃんも食べ終わって片付けていた。



「ごめんね」


「全然。逆に急かしてごめんね」



 ヒラヒラと手を振った星ちゃんはずいっと顔を近づけてきて、月ちゃんは足を組んで座り直した。



「えっと、鬼頭くんは通学路が違うから放課後にここで残る時間の前半は2人きりになるようにって、粋先輩が時間を合わせてくれてる」


「その間会長は?」


「教室でお友達さんと話してたり、生徒会室で仕事してたりしてるらしいよ。普通に忙しそう」


「まあ、生徒会長様だもんね」



 納得したように頷いた星ちゃんは、まったりと水筒に口をつけた。



「今日は何ティー?」


「今日はダージリン」



 星ちゃんはお茶が好きで、朝から自分で丁寧にいれているという水筒の中身は日替わりで変わる。その日の気分や体調に合わせていれているらしくて、漂う香りが毎日違うのが楽しい。



「セイ」


「ん?」


「私もきらこも、何があってもセイの味方だからね」



 月ちゃんが急に真面目な顔とトーンで話し始めると、星ちゃんもゴクリとダージリンティーを飲み込んで水筒を置いた。2人の様子にボクもつられて背筋を伸ばした。



「実はね、セイが会長と鬼頭くんと付き合うことになった次の日に、2人が私たちを呼び出したの」



 月ちゃんに言われて思い出す。そういえばあの日、2人がスマホ片手にどこかに出て行った。星ちゃんはお友達さんに会いに行くこともあるから不思議じゃなかったけど、月ちゃんも一緒に行ったから珍しいとは思ったんだった。



「セイのことを精一杯大切にするけど、きっと間違うことがある。セイが泣くようなことがあったら絶対にセイの味方でいてあげて欲しいってさ。ね、るなち」



 月ちゃんが言おうとしていたことを代弁した星ちゃんが同意を求めると、月ちゃんは少し頬を膨らませながらも頷いた。星ちゃんは本当に月ちゃんの機微を気にしない。だからこそ月ちゃんも安心できるんだろうけど。



「あの人たちに言われなくてもセイの味方でいるつもりだったけどね」



 ニヤリと片方の口元を持ち上げた月ちゃんは、ボクの頭に右手を置くと髪型が崩れない程度の力で撫でた。



「二点集中で力になるって言ったでしょ?」


「うん。そうだね」



 星ちゃんも右手を伸ばしてボクの頭をそっと撫でる。



「どうしよ。ぐっちゃぐちゃにしたいけど可愛くてできない」


「3番目の姉ちゃんがやってくれたの」


「谷川高校に通ってるんだったっけ?」


「そうそう。今年3年生」



 月ちゃんにも星ちゃんにも、たまに家族の話をすることがあるから覚えていたらしい。特に1番年が近い夕凪姉ちゃんのことは話すことが多い。



「いいよねぇ、谷川高校。この辺りの公立校じゃ1番制服もオシャレだし、可愛い子多いし!」



 星ちゃんは身体をくねらせたと思ったら、ぐあーっと言いながら机に倒れ込んだ。



「そんなに羨ましいなら行けば良かったのに。ここに入れたなら余裕でしょうよ」


「そうだけどさぁ。毎日山登りはキツイって」



 この城殿高校は駅近だけど、谷川高校はかなり急な坂を登った先にある。夕凪姉ちゃん曰く、あの坂を毎日登ることこそ可愛さを保つ秘訣らしいけど。



「まあまあ。ボクは星ちゃんがここにいてくれて嬉しいよ。2人がボクの味方なんだって思うと、すっごく心強い。ありがとう」



 星ちゃんは頬を掻くと黙って頷いた。月ちゃんはおまけ感が強い、なんて言ってるけど耳の赤さが隠せていない。


 ボクにとって初めての心から信頼できる友達が2人で良かった、なんてことは今は言わない方が良いのかな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る